ディーンとヴァイオレット
「ねぇ。もしも上手く行かなかったらどうするつもり?」
昼食を口に運ぼうとしていたディーンだったが、そのまま手を止めた。
こんなに努力している友人に、全くもってズバリと水を差すような事を言う。
「……どうなんだろう。そんな事を考えてたら前に進めないしなぁ」
だいぶ強くなったという自負はある。だがそれはあくまで極狭い範囲での事。
先日お願いして東狼侯に手合わせを願った。
死に物狂いで喰らいついていったが、思ったよりも動けると感じた途端、まるで人が変わったような鋭い剣使いに豹変した。
女性である東狼侯は、どうしたって筋力では男に負ける訳で。
その分巧みな剣さばきと、技、速さでもって翻弄するのだ。
始めは練習用の剣で受け流してくれていたのだろうが、途中獰猛に笑うと、まるで軽業師のように大きく跳び、比べ物にならない速さで切り込まれた。
受けるのに手一杯で、豹変後はあっという間。
実戦だったら間違いなく死んでいただろう。
「良く鍛練したんだね。化け物クラスの人間が出てこなければいい感じなんじゃないかな?」
さわやかに微笑みながらそう言われたが、善戦するというのでは目的は達成出来ないのだ。
……確かに、足りないと自分でも思う。
化け物と言われて思い浮かぶのがギルモア家の面々だ。
マグノリアと一緒に練習を始めたのが六歳だが、それに加えガイに護衛するためのあれこれを教わったが、一度も勝てるとは思えなかった。
セルヴェスやクロードは言うまでもないであろう。
文官であるはずのマグノリアの父、ジェラルドでさえ勝てない。
あの王都での襲撃で見た太刀筋。今思い出しても恐ろしい腕前だった。
――あんなのが文官をしているって、反則だろう? 一体全体ギルモア家の人間ってどうなってるんだよ……
実際に目にした事はないが、マグノリアの兄・ブライアンも、近衛で上位の剣の使い手だと聞く。
武闘会には、外国からも腕に覚えのある人間が立候補していると聞く。
少なくともイグニス国のアーネストは出場する事だろう。
「……ユリウス皇子に剣を習っておくんだった」
「ああ。あれで、皇子も物凄く強いらしいよ?」
ヴァイオレットはおざなりな相槌だが、本当に強いのだ。
供もつけずに留学してくるのは伊達ではない。
実は、一度だけ剣の相手をしてもらった事があるディーンだが、穏やかなユリウスは偽りの姿なのではないかと思う程激しく鋭い剣であった。
「ユリウス皇子がライバルでなくて良かったよ」
「…………」
ヴァイオレットはデザートの焼き菓子を頬張りながら考える。
――ユリウスは、別にマグノリアを何とも思わなかった訳ではないのだ。
平和な国で暮らしていた思考がベースにある人間なので、戦争を回避する事を第一に考えていただけで。
多分、ゲームと同じようにマグノリアが不幸だったのなら、帝国に掻っ攫っていくぐらいの気概はあった筈である。マグノリアが転生なのか転移なのかしているお陰で全く違う性格であり、ディーンを含む周りも安全なため、あえて好きにならないようにしたのだ。
これ以上状況をややこしくしないために。
マグノリアの幸せに関しては、あいつも案外マグノリアファーストなのである。
その証拠に、親友であるディーンがマグノリアに好意を持っている事を知っていながら、別れ際マグノリアを託したのはクロードであった。
……あのふたりはあのふたりで厄介なのである。
血の繋がりはないものの叔父であるクロードは、その立場ゆえに自分の気持ちに戸惑っている事だろう。実際は本人以外何とも思っていないのだが……常識人ゆえの葛藤なのだ。
また、現実的な年齢差の事もある。
中身年齢は多分逆転していると思われるふたりだが、どうみても見た目が違い過ぎた。
何せ初めて会った時は幼児であるため、特殊な趣味・嗜好の持ち主でないクロードには、つい最近まで『可愛らしいちっこい子』という感覚しか持たなかった筈である。
中身が中身であるため、子どもだけど子どもではない、マグノリアの意思を尊重してきたセルヴェスとクロードだ。
その、ある意味一人前と扱ってきた女の子が大人に近づいてきて、非常に困惑している筈なのだ。
昔から姪としても他人……人としても好意は持っていたのだろう。
とても大切に、過保護なぐらいに接してきたのをヴァイオレットは見ている。教育的なところは物凄く厳しいけど、ある意味マグノリアには非常に甘い人だった。
忙しいにもかかわらずあれこれと付き添いをし、抱き上げて行動し(歩幅の問題があるのかも知れないが)、諸々を引き受け。阿呆のような金額の武器で守り固めているぐらいなのだから。
最近はほのかに視線に熱が混じり始めたように思う。それに自分で気づいて、戸惑っている事も感じ取れる。
ディーンをはじめ、男性陣は気づいている人といない人と混在しているようだが……親しい女性陣はみんな変化を感じているので、間違いない。
クロードはあの仏頂面と厳しい物言いで損をするタイプだと、しみじみ思う。
下手をすると、気持ちが自分に向けられているとわからない人もいるかもしれない。
ゲームでは、その出自から『家庭』とか『温かい』に惹かれる人な筈であろう。
見知った性格からは、マグノリアの真っ直ぐなところや努力家なところは好ましいだろう。地球で培った感覚から、地位や立場に関係なく思いやり優しいところ、思慮深いところもマストな筈だ。
綺麗な上オカンで、性格も自分好みなのである。長年、自分の弱いところにガンガンと欲しいものをぶつけられてきた訳で。
その上頭が良すぎる彼だが、マグノリアは現代社会の知識と様々な小ネタを持ち合わせており、話していて楽しい事であろう。
……ネックなのは、無鉄砲で、やたらおっさんっぽいところぐらいだ。
そりゃあねぇ、である。
マグノリアはマグノリアで、色々考え過ぎて、そういった事に深入りしないようにしているのだと思っている。
地球では成人していたと言っていたが、多分最初のヴァイオレットの想像よりも年上なのだろうと思う。
大学生だったユリウスが『お姉さん』と言っていたし。今考えれば日本での、すみれの母の年齢を言った時、妙な表情をしていたような気がする。
……多分だが、結構すみれの母と近しい年齢だったのだと思う。
それだからか、ディーンの事をやたら子ども扱いだったし、ユリウスやヴァイオレットの事も、なんだったらクロードの事も子ども扱いする時が見受けられるのだ。
ただクロードは、この世界で出会った時には成人していたため、身体も立場も幼児だったマグノリアからすれば頼れる相手だったのだろう。
他の対象者はまるっきり子どもだったり少年だったりだ。
そんなの関係ないといえば関係ないのだが……これまた特殊な趣味・嗜好の持ち主でない場合、まるっきり子どもというのも、なかなか自分のパートナーとしては見れないのだろうなとは思う。
――話とか食事とか、色々と好みが合うとも言っていたっけ。
食や感覚など、根本的な事が合う事は大事だ。
前世病気ばかりで、全く青春を謳歌しなかったヴァイオレットでもそう思う。
おかしな過去を打ち明けられる程信頼しており、身も心も守ってくれて、自分がする事を陰日向、手厚くサポートしてくれるのである。教育的な事と安全には厳しいけど(二回目)、気が合う上に必要な時は甘やかしてもくれて、どうも貢ぎ癖もあると見た。おまけに物凄いイケメンなのである。
マグノリアは無意識にクロードに惹かれていると思うのだが……こちらの方が自覚するに厄介な気がする。
さて。もうひとりの目の前の親友にはどうしてあげれば良いのだろうか。
ヴァイオレットは食後のお茶を飲みながら考える。
……マグノリアはディーンの事が嫌いな訳ではない。
それどころか大好きである。頑張る男の子を非常に可愛がっていると思う……
ディーンも、自分が好かれている事を感じていると同時に、自分の気持ちとマグノリアの気持ちが違うものである事は感じている筈である。
いまさらアゼンダには帰り難い事だろう。
ヴィクターのように愛する人の幸せのみを願い、見守るという選択もあるが……
お嬢様に好意を持っていると全方向に発信した従者を、そのままお嬢様付きにするとは思えない訳で……
仮に辺境伯家での勤務が許されたとして、自分以外の人間と結婚して仲睦まじく暮らす姿を見るのはどんな苦行だと思ってしまう。よって。
①このまま王都で騎士をする
②ユリウスの伝手で大陸に行き、騎士か別か、とにかく仕事をする
③アスカルド(アゼンダ)で騎士か別か、何か仕事をする
④コレットやアイリスの伝手を使って何か仕事をする
⑤リシュア商会で働いてもらう
「……うーむ……」
「?」
もうじき休憩も終わりであるため、退散の時間である。
王宮の庭の片隅のベンチで、ヴァイオレットはどうしたものなのかと首を傾げてみるのだった。




