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【小説7巻12/19発売・コミカライズ2巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第七章 何事も経験(マホロバ国)・買いつけは海を越えて編

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クラーケンをやっつけろ

『あれ~? 何かあったのぉ?』

 寝ぼけまなこをしたラドリが、ジレのポケットから顔を出した。


「ラドリさんはお寝坊さんっすねぇ」


 呆れたようにガイは自分のポケットから顔を出す小鳥を見る。

 一部始終を見ていた鴉と隼がマストの上で鳴き声をあげた。


「……こんなに近くでも海賊っているものなんですね」

「この辺の海域で遭遇したのは初めてですね……どこかへの移動中、商船が見えたので襲って来たのでしょうか……」


 マグノリアの言葉に、アーネストが申し訳なさそうに答える。

 確かに、アーネストの性格からすれば、海賊と遭遇する事があるのならば事前に説明するだろう。それよりも万一を考えて誘わないかもしれない。


 よって、これはかなりのレアケースなのだろう。

 ガイのポケットからラドリが飛び立ち、未だ気絶しているキャプテン・マンティスの頭の上にとまった。


『みんなボロボロ~☆』

「……死んじゃってる人はいない?」

『大丈夫~! みんな生きてる♪』


 ラドリとマグノリアの一見ほのぼのとした、だけど物騒な会話を聞きながら……致命傷な奴はいないとか、身体に穴が開かなくて良かったとか……更に物騒な事を口走っていた。



「流石マグノリア様ですね。海賊も引き寄せるのですわね」

 艶っぽく微笑むコレットの言葉と共に、みんなの視線がマグノリアに飛んで来た。


「…………。私のせいではありませんよ?」

 みんなしてまるで人を、トラブルホイホイの様に言わないで欲しいものである。

 

 

 再び船は進みだす。

 海賊に遭遇した為、見張りを強化しながら船は進んでいた。


 青い海がどこまでも続き、同じ様な青空には、白いウミネコが風に乗って気持ち良さそうに飛んでいる。

 伸びやかな鳴き声と共に聞こえるのは波の音。


 驚くほど穏やかな波に、マグノリアは海面を覗き込む。まるで絵具を溶かしたかのような綺麗な青だ。

 岩があるのか、船底の影が映ったのかは解らないが、時折何か影の様な濃い青が流れるように見える。



「……お嬢、あんまり覗き込むと危ないっすよ」


 護衛であるガイが、やれやれと言った雰囲気で注意を促す。

 セルヴェスはマグノリアの周りであたふたしながら、万一の際に備えて手をワキワキさせている。


「うん。でも万が一落ちても、水に浮く魔道具があるから大丈夫だけどね」


 そう言ってトントンと指で耳を叩くと、クロード様も心配性っすね、とニヤニヤした。


「あと数時間程でマホロバ国に着くと思います」


 そんなやり取りを見て、ニコニコしていたアーネストが進捗状況を教えてくれる。

 到着は夕方に近い時間になるであろう。



「おい! 縄を解け!」

 気がついたキャプテン・マンティスが声を荒げている。


「俺様にこんな仕打ちをして、タダで済むと思っているのか!」

 唾を飛ばしながら大声を出しているが、誰にも相手にされない。


「うるさいっすね」

 ガイがうんざりしたようにため息をつく。


「おいっ!」

 もう一度がなり立てた時ガイが懐から投げナイフを抜き取り、キャプテン・マンティスに向かって御座なりに投げつける。


「……話を……っ!」


 聞け、とでも言おうとしたのか。しかし言葉は続かなかった。

 

 羽飾りのついた臙脂色の帽子が括りつけられている柱に突き刺さり、同時に残っていた半分の髭を別のナイフが剃り落としたからだ。そのままナイフは近くに置いてあった木箱に突き刺さる。

 顎から離れた髭が、音も無くキャプテン・マンティスの膝の上に落ちた。


『マンティス、髭すっきり!』


 ぱたた、とキャプテン・マンティスの前に舞い降りたラドリが、大きく羽を広げてポーズをつけながら茶化す。


 苦々し気にラドリを睨むキャプテン・マンティスの視線に小さな靴が見える。陽の光が遮られた事を感じて顔を上げると、ピンクの髪の少女が、山のような爺さんと、キツネの様に細く鋭い目をした男を従えて立っていた。


「……うるさいよ、静かにして?」


 愛らしい顔に愛らしい声だが……後ろの男たちの顔がヤバい。

 鬼、魔獣、悪魔。


(悪魔! 悪魔がいる!!)


「は、はひぃ!」

 コクコクコク! キャプテン・マンティスは高速で首を縦に振る。


 

 アーネストと侍従が苦笑いをしたところに、鴉と隼がけたたましく鳴き声を上げた。

 ほぼ同時に、見張りの船員が大声を張り上げる。


「魚影接近! かなり大きいです!」


 船に再び緊張が走る。

 対応を取るべくバタバタと動き出す人達。

 セルヴェスがマグノリアを抱え込んだところで、船体が大きく揺れた。


「……なっ!?」


 大きな波。いや、波と言うよりも周囲の海面全てが動いている様な大きなうねりだ。


 船は木の葉のように海面を大きく揺り動かされる。

 甲板を走っていた人達が、いきなりついた傾斜に足を滑らせ転ぶ。別の人は急いで近くの壁などに掴まって体勢を保っている。


 何事かと思っている矢先、大きく海面が割れるように激しく波立ち、水が飛沫を飛び散らせながら大量に流れ落ちている。


 音の方向を見遣れば、大きな大きなタコの様なものが、触手なのか脚なのかをウネウネと動かしながらそびえ立っていた。


 船の上の全員が、瞳を瞠った。


「……クラーケン……」

 全員が絶句する中、誰かの声が力なく耳に届く。



 クラーケン?

 マグノリアは朱鷺色の瞳を瞬かせる。

 

(海賊にクラーケン……海、ヤベェな)


 あまりの続けざまのハプニングに半笑いをする。

 

 クラーケンの横長の瞳と目が合うと、触腕のついた大きな足を船へと伸ばして来た。

 刹那、腰の長剣を勢い良く抜いたセルヴェスが、クラーケンの脚を切り落とす。


 勢いを増した落とされた脚がヌルヌルの液体を纏ったまま、キャプテン・マンティスにヒットした。

 ラドリはすんでのところでぱたた、と羽ばたいて上空へ飛び上がる。


「ぎゃーーー!!」

 全身を粘液塗れにされたキャプテン・マンティスと、一緒に縛られている手下たちが叫ぶ。


 一方、脚を切り落とされて痛いのか怒ったのか、クラーケンが数メートル先の海上で大きくうねっている。


「マズい、全速力で回避を!」

 緊張した声でアーネストが船長に声を荒げる。


「……流石にヤバいっすね。あんな奴に接近して暴れられたらおじゃんっすよ」

 ガイが小さく呟いた。


 確かに。

 体当たりされたらヤバいどころの話ではない。太い脚で叩かれるのも、長い触手で握り締められるのもノーサンキューだ。


 マグノリアはキョロキョロと見渡して何か武器になりそうなものを探す。


「おじい様、あれ!」

 甲板の上、船首近くに置かれているアンカーを指さす。


「解った!」


 そういうや否や、むんずと掴みかかり唸り声を上げ持ち上げ、次の瞬間ハンマー投げの選手宜しく、遠心力を掛けて振り回し始めた。


「……えっ!?」

 信じられない光景に、ギルモアの人間以外が唖然とした表情で固まっている。


 低い音を立てて回転するアンカーが唸る。

 アンカーをブン回すセルヴェスも吠える。


「危ないから離れて!」

 マグノリアが令嬢とは思えない口調で怒鳴りつけると、固まっていた人間が急いで避けて再び固まる。


 クラーケンが海面を大きく波立たせながら近づき、高く立ちはだかるように振りかぶる瞬間、マグノリアが叫ぶ。


「今!」

「ぐぅおぉぉぉぉ!!」

 同時に獣の様な唸り声をあげたセルヴェスが渾身の力でアンカーを放り投げる。


 後ろから助走をつけたガイがアンカーに飛び乗り、剣を構える姿が見えた。

 そしてそのまま、一直線にクラーケンに向かって飛んで行く。


 アンカーがクラーケンに当たる寸前、重さを感じない様にガイが飛んで、両手の剣を大きく左右に開いた。


 頭が真一文字に綺麗にわかれる。

 アンカーがクラーケンの目と目の間に穴を開け、弧を描いて海へ落ちて行く。

 細かいクラーケンの残骸が飛散して辺り一面に飛び散った。

 

 海の中に崩れ落ちるクラーケンを踏み台にガイが空高く飛び上がると、全速力で突っ込んで来たキャンベル商会の船にタイミング良く着地した。


「ふぅ……」

 安堵したマグノリアが大きく息を吐いた。


「やりましたね、おじい様!」


 マグノリアが笑顔で振り返り、セルヴェスにハイタッチする。

 セルヴェスはさっきまでの魔獣も真っ青な姿はどこへやら。にこやかな顔で中腰になると、マグノリアからのタッチを受けていた。


「ガイも、お疲れ~」

 セルヴェスに抱えられ大きく手を振ると、ガイもにこやかに手を振っていた。


 船中クラーケンまみれになりながらも、目の前の状況にアーネスト達も海賊たちも、呆気に取られていた。


「まぁ、魔獣ショーも見れますのね? スリリングですこと」


 面白そうにクスクスと笑うコレットの言葉に、我に返ったキャプテン・マンティスが掠れた声で呟く。


「……ナニ者なんだ、こいつら……」

「ギルモア家の人々ですよ」

「……あ?」


 アーネストの呆れたような笑いを含んだ声に、キャプテン・マンティスが聞き返す。


「悪魔将軍とそのお孫さん、そしてその護衛? ですよ」


 再度説明された言葉を咀嚼して、そこにいた人々は細く深く息を吐いてキャッキャウフフと称え合うセルヴェスとマグノリアを見遣った。



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