出発
「……王家の人間が移動されると警護の問題もあるでしょうし、辺境伯家の意向も確認した方が良いのではないですか?」
思い付きで言い出したようなアーノルド王子に、ユリウスが確認を促す。
言いながらその場に一緒にいた同級生の側近に視線を向けるが、困ったような顔をした者と遠出が楽しみなのか嬉しそうな顔が浮かんでいる者がいて。
「なぜだ? 確かに警護の必要はあるだろうが、辺境伯家の意向など必要あるまい? 王家の者がわざわざ出向くのだ。歓迎こそあれ渋る事などあるまいに」
下々の者に気を回し過ぎだと笑う。
全くもって歯に衣着せぬなのか、悪びれないのか……ユリウスとディーンは渋い顔をした。
一体何を考えているのか。何も考えていないのか。
この後親御さん……国王夫妻に言って、却下されると信じたいが、もしかするともしかして、本当にアゼンダに行きかねないという懸念も拭いされない。
こうして再び、ディーンはタウンハウスにひた走る事になったのである。
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七月の声が聞こえるある初夏の日、社交の季節を終えて帰領したセルヴェスが苦虫を噛み潰すような顔でため息をついた。
王都のタウンハウスから、トマスの使う隼がやって来たのだ。
この時期にわざわざあちらから連絡を寄越すなんて、問題である事が殆どである。
執務室の窓をコツコツ、と突いて招き入れられた隼はラドリを見ると大層驚き、羽毛をけば立たせながら、ぴょんと両足を揃えて小さく跳ねた。
ぱたた、とマグノリアの机から飛び立つと、ラドリは隼の頭の上に着地をする。
「……キィ……」
困ったような顔をしながら、隼が小さく鳴いた。
「……王子が今度は、夏の休暇にアゼンダに来ると言っているらしい」
お馴染みの辺境伯家の執務室で、それぞれ執務に精を出していたクロードとマグノリアが顔をあげた。
「えぇ……」
「意味が解りません」
王家の人達というのは暇なのだろうか?
先日も王子はやたらとディーンに絡んでいたらしいし、王妃は王妃でお茶会の招待状を懲りもせずに送り続けて来るし。理解に苦しむ。
「……パレスは大改装中(嘘)で泊まれないと送っておこう」
「館は狭いから無理と言っておいた方が無難でしょう」
セルヴェスの言葉にクロードが続く。
館は決して狭くはないが、領主の屋敷としてはかなりこじんまりしている。王子だけでなく、側近や従者も連れて来ての移動だとするならば、完璧に入りきれないであろう。
それに、夏季休暇で遊びに来るヴァイオレットが宿泊する事になっているのである。
来たら来たで、我儘と面倒しか言わないのは目に見えている為、三人ともノーサンキューだ。
相手をしなければならないのも頭が痛い。
「帝国のユリウス皇子がやんわりと諫めてくれたらしいが、全く聞き入れなかったそうだ」
「「…………」」
ユリウス皇子――名前を聞いて、クロードとマグノリアが微妙な顔をする。
例のおかしな続編のゲームの、メイン攻略対象者のひとり。
もっとも、もうひとりはこの部屋で微妙な顔をしているクロードであるのだが。
どちらもマグノリアのゲーム上のお相手である。
(エロゲーの皇子は、意外にまともな人間なのかな?)
何故か貴賓室を使わず、一般生徒と同じ部屋で生活しているらしい。
……ディーンと同室なのだと彼からの手紙に書いてあった。
折に触れディーンを庇ってくれているらしく、同じ大国の王子様であるものの、常識の通じる人間であるらしい事がディーンのくれた手紙からは察せられた。
その場でさらさらと王家への断りの手紙を書いて早馬に。送った内容を纏めたメモをタウンハウスに送る事にした。
……困って固まった様子の隼の頭の上で、玉乗りよろしく片足でバランスをとるラドリがいる。
「ラドリ、隼が困っている。降りてあげなさい」
『え~、遊んでたのにぃ』
「……キィ!!」
ありがとう、と言わんばかりに隼はクロードに向かって鳴き声をあげた。
ラドリは隼の背中を滑り台代わりに滑り降りると、隼は逃げる様にクロードの元に飛んで行く。避難したようだ。
セルヴェスからメモを受け取り通信管に入れると、そそくさと大急ぎでタウンハウスへ飛んで行ったのであった。
結果から言うと、こちらの意向が汲まれる事は無かった。
どうしても行きたいという王子の願いが採用されたらしい。一応表向きの理由――後学の為に、色々な領地を見て回らせたいという言い訳が添えられていた。
信じられない。
……対応出来ないと言っているのに、意味が解らない。
数日後、辺境伯家の執務室では、大きなため息がみっつ、こぼれた。
「野宿でもするんですかね?」
泊まる場所が無いと言っているのに。ついでに仕事の関連で対応する時間が取れないとも付け加えたのに。
「いや、宿屋に泊まるらしい」
宿屋……一般人に迷惑をかける姿しか想像できないのだが。
それはセルヴェスもクロードも同じだったらしく、少しの間思案して、首を振った。
「それは良くないだろう。来るやつら全員、要塞にぶち込んでおこう」
「無理を言っている手前、警備の問題と安全の為と言えばあちらもあっさり頷くでしょう……騎士達に訓練もつけさせ、体力を潰して置きましょう」
王家の人間に対して言う言葉ではなさそうな単語がチラホラ並んでいるが、概ねマグノリアも賛成である。
「領内に相手にしない様、通達出した方が良くないですかね……無茶振りした挙句、不敬だとか言って領民に迷惑をかける予測しか思い浮かばないのですが」
「こちらに来たら騎士を数名つけて見張らせよう」
三人は顔を見合わせて大きく頷いた。
*****
そうして、今ディーンは悲愴な表情で目の前の光景を丸い瞳に映していた。
久々の実家と思ったら、厄介事を連れて行く羽目になった。
辺境伯家の人々に、とても顔を合わせられない……一応断りを数回申し入れしてくれたらしいが、全くもって聞き届けて貰えなかったのだそうだ。
今更帰らないと言える筈もなく……仮にディーンが帰らないと言った所で、王子の小旅行は止められないであろう。
王子と側近五名、そして彼等のお世話係数名ずつという大所帯の移動に、ディーンは申し訳なくてガックリと頭を垂れた。
更に、王子が行くならと同行を決めたガーディニア御一行もいる。
……婚約が調い、今まで以上に交流をと思ってた矢先に長期不在になると知り、同行する事にしたらしい。
辺境伯家に迷惑をかけない為、ただの観光というテイらしく、親類の屋敷に滞在する事にしたそうだ。
一緒に行く事になったリシュア子爵一家は、ヴァイオレット以外、みなガチガチで死にそうな表情をしている。
――無理もない。
低位貴族が王族と高位貴族に囲まれているのである。心情は想像して余りある。
リシュア家では頻繁にアゼンダに訪れたがる娘の為に、領都のはずれに別荘を購入したらしい。
流石成金、豪気だ。
まあ大都市ではないものの、湖と森の中の静かな湖畔の領地である。避暑地としては最適であろう。
ヴァイオレットはお泊り会と言っており、辺境伯家に宿泊するらしいが。
両親はそちらの別荘に宿泊するとの事だった。
そうして、歓迎されない御一行はアゼンダ辺境伯領へと向かう事になったのであった




