そして話は紡がれる
これにて五章完了となります。
お読みいただきましてありがとうございました!
「……ジェラルドまで討伐に出るなんて、本当に大丈夫だったの?」
「うん。結構効くポーションだったみたいで、もう普通に生活が出来るみたいだよ」
まだまだ痛みはあるそうであるが、日常生活には問題が無いらしい。
……討伐は普通の生活ではなさそうであるが、何はともあれ大丈夫だったのであろう。
せっかく塞いだ傷が開いていないと良いが。
来週には職場にも復帰するらしい。
何ともタフな事である。
何故あの日、襲撃現場にジェラルドがいたのか本当の所は明かされなかった。
当たり前と言えば当たり前なのだが。
家族に贈り物をしようと、急遽思いついて抜けさせて貰ったら偶々襲い掛かられたという、何とも胡散臭い理由が報告されたそうだ。
――真実は彼のみぞ知る事だ。
******
取引予定現場を制圧した同じ頃。
別の部隊が、人形師の自宅と工房の捜索に踏み込んだ。
自宅には部屋が幾つかあり、そこに誘拐された少女たちが数名監禁されていた。
人形師は一人暮らしだったらしく、同居している人間はいなかった為、彼女たちが監禁されている事に気づく人間は誰もいなかったのである。
何故少女達は助けを呼ばなかったのかと疑問を持つところであろうが……誘拐されて最初に、逆らったり騒いだりしない様に、恐怖心で心を折ってしまうのだ。
その後は抵抗する様子も見せず、言われるままに大人しく囚われていたのだと言う事だった。
工房には彼が手掛けた人形と一緒に、人形にされた少女達もいた。
彼女たちは、地下室の秘密の部屋に置かれていたそうだ。
人形師はとても腕の良い職人であった。
ある日、愛らしい少女を見て、その愛らしさを永遠に止めておく方法は無いものかと模索する。
……その方法が、少女を『お人形』にする事だった。
美しさを永遠に、最高の状態で時を止めるのだ。
自分で家に連れて来るのには限界がある。
彼は腕の良い人形師だったので、それなりの金はある。
思いついたのは裏ギルドに依頼をかける事だ。だが内容が内容だけに依頼料はかなり高額であり、流石に何度も依頼する事は出来ない。
そこで諦めきれない彼は、裏ギルドに入れない者に目をつけた。
金だけで動かすのには限界があるので、昔聞いた事のある薬を餌に使う事を考える。
――既に薬に依存している者を集めて、薬と少しの金を餌に使うのだ。
金は彼等自身に作って貰う。
ある者達は盗みに入って金を取って来る。人形にする為に連れて来たが、人形に向かない者は外国に売り払う。
……親切に帰して、うっかり誰かに話されてはこちらが見つかってしまうからだ。
人身売買は実に儲かるものであった。
蛇の道は蛇。ならず者達が様々なルートを知っているのだ。こちらが無理に開拓せずとも、上手く誘導してそれを利用すれば良い。
人形師はそれらで稼いだ金は要らないのだ。なので、金は全てならず者達にくれてやる。
そうするとどうだろう。瞬く間に彼等のネットワークを伝わって、腕の良い薬物依存者が集まって来る様になった。
ある日、人形師は彼が探し求めていた『お人形』に出会う。
平民の少女ではなく、美しい貴族のお嬢様の人形が欲しい。動いていても尚、人形の様に美しい『お人形』が。
今までも仕事で貴族街に呼ばれた帰りなどに、物色する為にうろついた事はあったが、なかなか思うような少女に出会う事は出来なかった。
そこで、王宮に目をつけた。
王宮には一般の人間も見学出来る場所が幾つもある。
人形師のような仕事の者や絵描き、服飾関係者など、建物や庭、洋服に人間……様々なものの造詣の勉強や傾向を見る為、またインスピレーションを得る為に訪れる者は意外に多い。
彼もかつては勉強に良く訪れたものだ。
そして今、お人形になる少女を物色する為に下見に来ていた王宮で、一瞬だけすれ違ったのは。
ピンク色の髪に朱鷺色の瞳の少女。
人形師が今まで見た人間の中で、一番美しく愛らしい少女であった。
(あの少女が欲しい……!!)
彼女はある意味有名人であった。
顔は知られていないが、ピンク色の髪と言えばギルモア侯爵家の隠されたお姫様だ。
祖父の治めるアゼンダ辺境伯領に暮らし、航海病を治療する方法を編み出し、一部ではアゼンダの小さな女神と崇められている少女。
――相手は有名な武家のギルモア家である為、ならず者を総動員して攫う計画を練る。
計画と言ってもそう難しいものではない。
貴族の屋敷など調べればすぐ解るので、出入りを見張らせ、外出した所を攫う。
辺境伯領に帰ってしまわない内に早く。
……幾ら何でも五十人も六十人もで襲えば、悪魔将軍が来ようがアゼンダの黒獅子だろうが、恐るるに足らないであろう。
ましてや相手は魔法薬で身体強化されているならず者達だ。
チャンスはすぐに訪れた。
出会って四日目の朝に、子ども三人と御者のみで外出したと見張り役から連絡が入ったのである。
屋敷には沢山の騎士や護衛がいる可能性がある為、外で狙う必要がある。
かなりの人数を配置する為、身を隠す事の出来る木の多い遊歩道を使う事にする。
後は御存じの通りだ。
「だって、奇跡だと思わないか? 君は見た事があるか、あの愛らしい少女を! あんなに美しい少女が時を経て肌に皺が寄り薄汚れて行くのは、神への冒涜だと思わないか!?」
そう言って、人形師が手を机に叩きつける。
「なのに! 彼奴らしくじりやがった!! あんなにも人数がいて失敗するってどういう事だ?」
人形師は瞳を見開いて、唾を飛ばして叫ぶ。
聴取する人間は、余りの内容と人形師の歪んだ様子に、酷く眉を顰めた。
「何という損失だ! 私の技術とあの美しさがあれば、最高傑作の『お人形』が出来上がったというのに!!」
クロードの言った通り、裏ギルドには、黒幕である人形師と襲撃者らの情報がたんまりとあった。
裏には裏の流儀がある。
強盗に誘拐、薬に人身売買、そして殺し。余りの節操無しなやり方に思う所もあったが、すぐさま空中分解するであろう事は目に見えていたのである。
素人が安易に手を出すのはいただけないばかりか、ヤク中ばかりの団体なんてどう考えても長続きするはずが無い。
一時儲けてズラかるつもりならまだしも、あの狂人はずっと誘拐と殺しを繰り返すつもりなのだ……
ガイから情報を、と尋ねられた裏ギルドの人間は、ギルモア家に喧嘩を売ったと聞いて酷く驚いた。
(本当に、アイツは狂人だったんだなぁ……)
くわばらくわばら。
すぐさま裏ギルドの知る全ての情報が、アゼンダ辺境伯家に齎された。
*****
「……で、お人形って具体的に何なの?」
「剥製よ」
事件のあらましを聞きたがったヴァイオレットに、マグノリアが答える。
「えっ」
剥製?
思っても見ない回答に、寒気がする。
気持ち悪い内容に、言葉が詰まって、一瞬沈黙が流れた。
「……何それ……、猟奇的なやつ?」
「おかしな人間は、どの世界にもいるんだねぇ」
マグノリアは犠牲になった少女達に想いを馳せ、せめて安らかに眠って欲しいと祈る。
「じゃあ、まあひと安心なんだね」
「うーん……」
煮え切らない態度のマグノリアに、ヴァイオレットが首を傾げた。
「一件落着かと思ったら、そうじゃなかったんだよ」
「……まだ何かあったの?」
「死んだんだ。人形師と襲撃者のひとりが」
再びの、暫しの沈黙。
「……そんな……だって、牢の中だったんでしょ? 病死? 自殺?」
タイミング良くふたり同時だなんて、そんな訳ない。
見張りの兵が交替の隙を狙って、気が付いた時には亡くなっていたそうだ。
今、軍部で原因などを調査中らしい。
昨日は念のためと言う事で、セルヴェスとクロードも話を聞かれていた。
「……本当の黒幕がいるかもしれないって事?」
「……さぁ、どうなんだろうね」
現れなかった取引相手。その取引相手は誰だったのか?
また、取引現場には少女達も盗品も、何もなかった――何を取引するつもりだったのか?
全ては中途半端なまま、闇の中だ。
ふたりしてため息をついて、お茶を飲む。
ここはリシュア子爵邸のヴァイオレットの部屋だ。花柄の壁紙の、女の子らしい華やかな部屋になっている。
一昨日に、トマスにお願いして訪問を手紙で伝えて貰った。
ヴァイオレットのご両親にすれば、出来れば関わらないで欲しいと思っているのではないかと思わなくもないが……帰領する前にもう一度会っておきたかったのだ。
外出するよりもこちらが訪問する方がハードルが低いだろうと思い、面会依頼を出した。
「なんかさぁ、ここはお話の世界じゃなくて、現実の世界なんだね……」
しみじみとヴァイオレットが呟く。
キラキラしたゲームの世界かと思っていたら。
知らない事が沢山で、キャラクターはそれぞれ血の通った人間で。
セーブも出来なければ、失敗したからと言ってやり直しも利かない。
当たり前の様に悩んだり怒ったり笑ったりする、そんな当たり前の世界だ。
「マグノリアとも会えないのか……」
「ご両親が良いって言ったら辺境伯領に遊びにおいでよ。私も王都に来る時には連絡するし……まぁ、暫くは無いだろうけど」
おどけて肩を竦めると、ヴァイオレットは小さく笑った。
「メールもSNSも無いからな……アナクロいけど、手紙書くよ」
「うん。私も書く」
暫く会えないだろうから、ゆっくりふたりだけで話したいだろうとマグノリアだけの訪問になった。
ガイとセルヴェスとクロードに護衛されて送り届けられたが、再び、荷物などを載せた迎えの馬車が来たらさようならだ。
時間はあっという間に過ぎて。
黒塗りの馬車の車輪の音が近づいて来る。
セルヴェスとクロードに再び相まみえ、リシュア子爵は恐縮し硬くなっていた。
ご両親とヴァイオレット、リシュア家の家令に見送られ、子爵邸を後にした。
移動がてら、リリーの実家である男爵邸に寄って数日ぶりの再会をする。
新聞で色々読んで酷く心配していたようで、あった途端抱きつかれた。
「心配かけてごめん」
そう言ったら、今度は声をあげて泣かれてしまい、マグノリアは困ったように眉尻を下げた。
そして。貴族街を出る辺りに、見慣れた馬車が停まっていた。
驚いた事に、ウィステリアとジェラルド、ブライアンが降りて来る。
セルヴェスとクロードが降りて、最後にマグノリアが降ろされた。
「もう良いのか?」
セルヴェスの言葉に、ジェラルドが肩を竦めた。
「お陰様で。それよりクロード、マグノリアの口が悪すぎるぞ。お前と父上の影響だろう」
セルヴェスとクロードはマグノリアを見て、微妙な顔をする。
(親父さん、覚えていたのか……)
襲撃で傷を負った時の事。
「……お言葉ですが、これの口の悪さは元からですよ。アゼンダに移動中、ジャイアントアントにとてもご令嬢とは思えない言葉で口汚く罵ってましたからね?」
ジャイアントアント、とブライアンの小さな声が聞こえた。
マグノリアは祖父、父、叔父に何とも言えない生温かい瞳で見つめられた。
つい、とマグノリアが瞳を逸らすと、何か言いたげなウィステリアが立っているのが見える。
「さあ」
ジェラルドに背中を押され、ウィステリアがマグノリアを見て口を開いたり閉じたりしている。
「…………」
「?」
マグノリアが首を傾げた。
一瞬、お前を庇ったせいでと罵られるのかと思ったが、そんな様子でもない。
意を決したように息を吸った。
「…………。お父様の傷を、ずっと押さえていてくれたと聞きました。そのお陰で助かったそうです。ありがとう」
言いづらそうに紡がれた言葉に、セルヴェスもクロードも、マグノリアも内心で酷く驚いた。
そして言われた言葉を咀嚼して、なんだ、とおかしくなる。
(……なんだ、何だかんだでお互い愛情があるのか)
ヴァイオレットのノートと、話に聞いたジェラルドの求婚のなんやかんやでガッチガチの政略結婚かと思っていたが。
ふふふ、とマグノリアが小さく笑った。
ウィステリアを見上げると、きまりが悪そうなばつの悪い表情をしている。
「いいえ! どういたしまして!」
『良かったね、マグノリア』
ずっと肩に大人しく留まっていたいたカラドリウスが口を開いた。
「何だ、それは」
ブライアンが珍しい話す鳥を不思議そうにまじまじと見る。
「エナガみたいな千鳥みたいな、インコ? 曾祖母様のたまごから孵った鳥さんですね」
「あれ、たまごだったのか……」
そう言いながら、ジェラルドが若干警戒しながらカラドリウスを見る。
……彼も迷惑を被った口らしい。
「なんて名前だ?」
『僕はカラドリウス! ヨロシクね☆』
ブライアンに聞かれ、自ら名乗り右羽をあげて挨拶する様子に、本当にインコなのか? とマグノリア以外の全員が首を傾げる。
……いや、セルヴェスとクロードは正体不明の不可思議生物だと知っているし、ジェラルドも何となく察しているが。
「随分鳥らしくない名前だな……」
『名前というか、総称?』
ピチチ、と鳴きながらブライアンに向かってモフモフの首を傾げた。
「え、カラドリウスって名前じゃないの? 総称? じゃあ長くて言い難いから『ラドリ』……」
「「馬鹿! マグノリア、安易に名前をつけるな……!!」」
クロードとジェラルドが言うが遅く、辺りが凄まじい光で満たされた。
同時に、マグノリアとカラドリウスを中心に、ぶわりと風が辺りを走って行く。
ピンク色の髪とドレスの裾が舞い上がり、数秒して光も風も収拾する……が。
ウィステリアとブライアンは驚いて瞳を瞠り。
セルヴェスは瞳を閉じながら眉間に力を入れ、ガイは驚きつつもニヤニヤし。
リリーとディーン、侯爵家の御者は何事かと驚きながら、馬車からそれぞれ光の方を見た。
「「……マグノリア~~ッ!!」」
「ええぇぇ……」
マグノリアは怒ったジェラルドとクロードと、相変わらずモフモフしながらあざと可愛く小首を傾げるカラドリウスを交互に見た。




