久々に三人で(と、一羽)
「……残らなくて良かったのか?」
クロードが、セルヴェスに抱っこされたマグノリアを見た。
苦笑いしたマグノリアが、やけに『実の家族』という言葉なのか幻想なのか……とにかくそのキーワードにめっぽう弱いクロードを慮った。
「えー、お邪魔でしょう。今更ですしね」
……無事なら良いのだ。
それに精神的に参ってしまっているウィステリアとブライアンの気持ちを考えたら、負担になるような事も逆なでするような事もしたく無いのである。
「多分、お兄様が思うよりも逆らい難いのですよ……無駄に傷つけ合う必要も無いと思いますし。どっちにしろ、子どもはいつしか独り立ちするものですよ」
クロードの気持ちも解らないでもないが。
反面、抗いがたい生理的嫌悪を押えなくてはならない彼等の気持ちも理解する。
「っていうか、ポーションがあったのですね……」
――時折ほんのちょっとだけ、魔法の欠片を目にする事がある世界だ。
いつか物語で読んだように、みるみるうちに傷が治って行く様は感動的ですらある。
……後に続く笑えないコントみたいなやり取りが感動を半減させるけれども。
幾つになっても……例え二児の子持ちのおじさんになっても、子どもは可愛いんだなぁと思わせるやり取りであった。
でも、スプーンで飲ませてあげたら良いのに。と思うのはマグノリアだけではないであろう。
馬車の座席に座らされながら、異世界らしいアイテムに興味津々のマグノリアは、セルヴェスとクロードを交互に見る。
「やはりモンテリオーナ聖国で作られたのですか?」
「今はそうだな。何にでも効くと言う訳でも無い上に、余り出回らないからなぁ」
何でも、魔法使いが魔術で作る事の出来るポーションと、錬金術師が精霊の力を借りて作るポーションがあるらしく、薬としての効き目は後者の方が高いらしいのだ。
いわば、人工物(魔術)と天然もの(精霊)と言った所だろうか?
現在でも錬金術師はいるが、ご存じの通り精霊の声を聞ける人間が滅んでしまった為、今は魔法使いが作るものしか無いそうで、効果が高いポーションは作れなくなってしまったそうだ。
「……他国に行ったハルティア人とか、子孫とかで作れる人は居ないんですかね?」
「どうだろうな。そう言った話は聞かないので、居ないのではないか?」
もしくは隠れているのか。
ポーションは作るのに手間と時間がかかる上、熟練された技術も要るそうで、非常に高価であり数も余り無いらしい。
現在は国の倉庫に保管されるものなのだそうだが、過去に手に入れたものを数本、ナイショで館に隠し持っているそうなのだ。
(……まあ、騎士団という仕事柄、マズい怪我をした時とかに使いたいんだろうなぁ。さっき、外傷を治し過ぎると色々追及されるっていうのはそう言う事なのか)
……でも、なんかもうバレバレの気がするのは気のせいなのだろうか。
微妙な表情をして、マグノリアは取り敢えず見なかったことにしようと心に決めた。
「それはそうと、おじい様に話さないといけない事があるのです」
御者台を見れば、座っているのはいつものガイではなく、普通に馬丁が御してくれている。襲撃について色々と調べて留守にしている為だ。
何処にどういう目と耳があるか解らない場所で話すよりも、馬車の中で済ませた方が安全というものであろう。
「……リシュア子爵令嬢の事か?」
クロードの言葉に、マグノリアは頷いた。
馬車から見回りをしたいと言って、王都の中を適当に流して貰う。
そして、ヴァイオレットとの出会いからこの世界が乙女ゲームの世界である事と、その大まかな設定、それらを記したノートを譲り受けた事などを、順を追って話す。
ここほんの数日間の事だ。
……確かに問題ばかり起こすと言われても仕方のない事だと思いつつも、マグノリアが自分で起こす訳ではなく、勝手に厄介事が寄って来るのであるから困ったものである。
セルヴェスは唐突であり、あんまりな内容に濃茶色の瞳を瞬かせて聞いていた。
「それは本当の事なのか? ……何か理由があって、作り話や共謀と言う事はないのか?」
「リシュア子爵家をガイに探らせましたが、至って善良な人々です」
クロードは、つい先日屋敷に訪問した際に見た成金趣味の調度品を思い起こし、人柄は良いが趣味は……と思い、微妙な顔をしながら言った。
「私が知る限りではこの大陸に存在しない『日本語』を彼女も読み書きしますので、転生者であるのは間違いないと思いますよ。実際に『乙女ゲーム』というものは存在してましたし……『みん恋』があったかは、私は知らないのですが」
そう言いながら、数日前にクロードに見せた『みん恋』と『プレ恋』の抜粋書類を手渡す。
「……本当なら、酷い内容だな」
ため息をつくセルヴェスにクロードも同意だと言わんばかりに頷く。
カラドリウスは飽きてしまい、マグノリアの頭の上で眠っている。プープーと鼻息が聞こえるのはご愛敬だ。
マグノリアは『マーガレット』を指さして確認する。
「この、マーガレットの父親である、ポルタ男爵という方はどんな方ですか?」
既に、本当にポルタ男爵家が存在する事は解っている。
アスカルド王国の貴族名鑑は殆ど網羅している為、顔も解る。但しヴィクターの様に偽装していなければだが……
「まあ、知る限り極々普通の人間だな……」
「……ポルタ家自体も余り目立たない家だ」
うーむ。
マグノリアは自分が書いた紙を見つめて腕を組む。
令嬢らしからぬ姿ではあるが、慣れなのか諦めなのか……最近はクロードも余り文句を言わなくなった。
「所謂、落とし胤ってやつを養女に迎える事は普通なんですか?」
マグノリアの疑問に、セルヴェスとクロードが顔を見合わせる。
……普通の少女なら適当に誤魔化す所だが、彼女は思考に関しては大人だ。
今更誤魔化した所で仕方がないと、セルヴェスが口を開いた。
「そんなに頻繁には無いな。女児だと多くは政略結婚が理由か……男児だと跡目に関する何某でだろう。血筋や遺産などに関連がある上、醜聞にもなるので積極的には行われない」
「……孤児院に行くか、知り合いの者に託すかが普通だろう」
セルヴェスの言葉を受けクロードが締める。
「自分の婚外子が美少女だったら、か……」
「未だ見ぬ『ひろいん』より自身の事だ」
クロードの言葉を受け、セルヴェスがハラハラとしてマグノリアを見る。
「まさか、この内容通り王子を!?」
気に入ったのか、と言いたげだ。
いやいやいや。
マグノリアは嫌そうに顔を歪めて手を横へ振る。
「ナイです。めっちゃ変な子でしたよ、王子……ガーディニア様の苦労が忍ばれます」
ジト目でキッパリと宣言するマグノリアに、セルヴェスはホッとしたように笑う。
「そうか!」
「第一、見た目はこんなんですが、私、思考は成人してるんですよ? 十歳の子どもが相手とか有り得ないです……せめてその倍はないと、無理」
……それだってかなりキツい。一まわり以上年下である……
「それと王妃様が……。何というか、王子とも王妃様とも厳しそうです」
壊滅的に合わないであろうと思う。
それはふたりも同感らしく、ごく当たり前の様に頷かれた。
「当分は襲撃で体調を崩していると言う事で良いだろう」
「聞き取りが必要ならタウンハウスに来て貰いましょう」
更には、軍部による聞き取り調査が終わったら、早々に領地に帰った方が良いだろうという流れに纏まった。
話が通じ無そうな王妃様は、始めから関わらない方が楽である。
下手に関わっても、立場が立場なので色々と断り難い事が発生するであろう事は確実だ。
(ヴァイオレットに簡単に会えなくなるのは残念だけど……)
賑やかな友人を思うと、少し淋しい気持ちになるが。
ゲームと同じ未来を回避する為の一歩である。
これからの数日間を考え、マグノリアは改めて気を引き締めた。




