ガーディニア様がやって来た・後編
小さいながらに権力抗争に塗れすぎなのではないだろうか。
そして何とも悪役令嬢らしい言葉である。
遠い目になりそうな気持ちを押し込めて、ガーディニアの瞳に合わせた。
「……私、どなたの配下になるつもりも無いですけど? 自分の立場に見合った責任は全うするつもりですけど、それは王太子妃になる事では無いですし。何かの立ち位置を決めるものでもないのですけど。別の方法で人民の力になる方法も沢山あると思っていますの」
「殿下を御支えしようとは思わないの!?」
思うか思わないかで言えば、全く思わねぇなあ。そう心の中で呟く。
ただ、そう言ったらめっちゃ攻(口)撃を喰らいそうなので、空気を読んで言わないけど。
「伴侶として御支えしようとは考えていないですね。別に、臣下として支える方法は沢山あるので……」
何が哀しくて、好き好んであのポンコツの嫁にならなくてはならないのか。
実際には、王太子妃になんぞならないばかりか、関わったら生涯幽閉の危機なのである。
……何か、ああ言えばこう言うというか、狭い視野で考えられたような頑なさを感じる。
考えてみればまだ九歳。
物事の本質なんて解る訳はない。彼女の何倍も生きていたであろうマグノリアだって、烏滸がましい。そんなものは解っていないだろうと思う。
そもそも正解か不正解かなんて、視点と立場が変われば往々にして変わるものなのだ。
ちらりとガーディニアを見る。
小さい時から周りに考えを刷り込まれて、あたかもそれが正解であると思わせられている所もあるのだろう。
このまま王太子妃になるのなら、その考えもある意味ではありなのであろうが。
残念ながら、多分彼女もマグノリアと同じ運命を辿る訳で。
出来る事なら選民意識的な考えは、もう少しマイルドにした方が生きやすいだろうと思うのだ。
……本当の意味で自分の考えで選べたのなら良いのに、とついつい思ってしまう。
「ガーディニア様や他のご令嬢が、殿下の伴侶として王太子妃になる事も良いと思いますし、そうやって支えるんだという考えに異議を唱えるつもりは無いですが」
どうぞご自由に。
「ただ、物事って方法は一つでは無いですよね? 私は『その方法』を選択しません。
……言っている意味、解ります?」
抽象的であるので、上手く伝わっているか心配になって聞いたら睨まれた。
……馬鹿にするなということらしい。
(そういうつもりでは無いのだけど……)
今まで言った事を再度くり返す。
「私は、王太子妃にも王家の一員になる事も、みな様程魅力を感じません。王子殿下とも合わないかと思いますので、あなた方の脅威にはなりませんし、配下? にもならないです。
王子を好きな方、王太子妃になりたい方。家門の色々で目指す必要のある方。国民の為に働きたい方……色々目指す理由はあるでしょうが、『なりたいと思う方』がなられたら宜しいかと思います」
ガーディニアは怒ったような顔をしながら、黙ってマグノリアを見ていた。
ここは念には念を入れておこうと思う。
「王家や国、人民を支える方法は沢山あります。そのいずれかの方法で自分の役割を果たすつもりです。責任の放棄ではありません。ただそれは、幼い今の自分では考えが及ばないものかもしれないので、視野を広く持つよう心掛けるつもりでおります」
無理に一つに決める必要も無ければ、都度情勢や自分の置かれている立場によって変わるかもしれないのだ。
意思を強く持つ事は大切だが、考えを凝り固める必要はないだろうと思う。
ガーディニアが王太子妃になるにしろならないにしろ、視野を広く持つ事も、他の人間の考えを尊重する事もきっと必要な事だ。
ただ、非常に視野が狭くなっている状態でそれを説明された所で、呑み込めもしなければ理解も出来ないだろうとも思うのだが。
いつの日か届けば良い――出来れば手遅れになる前に。
「そんなのは逃げや言い訳だわ!」
小さく、だけど力を込めて放たれた。
「……違います。ですが、そう思われても一向に構いません」
気負う事の無いマグノリアの様子に、キツイ視線を向ける。
手を伸ばせば届くかもしれない、女性最高の地位。
責任はあるが、遣り甲斐もある。沢山の人間の為にも働けるであろう。
国を、人をより良くする為の地位と力。努力する為の立場。
望めば叶えられるかもしれないのに、みすみす逃すなんて――
「後悔するわよ。きっと」
「致しません」
すぐさま返された言葉と本当にそう思っているのが解るマグノリアの姿に、ガーディニアは狼狽するような様子を見せた。
******
かの瑕疵持ちのご令嬢は、自分より一つ年下だという。
家柄的には自分より推されるであろうとの事だが、今まで学んで来た実績と評判の高さから、全く負ける気はしなかった。
当然ライバルになるだろうと思っていたのだ……なぜか自分を王太子妃にと推して来た上に、やる気が全く感じられない様子であった。
王妃様のお言葉にも、否定で返して酷く驚いたのだ。
瑕疵を気にしてかと思ったが、そういった風でもない。
ならば噂通り頭が弱いのかと思ったが、受け答えを見ればそうは思えない。
良く解らないご令嬢。
真意を、考えを知りたいと思い話をと様子を窺っていたが、そのチャンスは訪れなかった。
辺境伯領に住んでいるというので、早くしなければ帰ってしまうであろう。そうしたら、次はいつ会うのか解らない。
だが、両親に彼女に面会をしたいと願った所で、説得には時間が掛かってしまうであろう。
唯一の通いの習い事に出る時を狙って、直接訪問する方法を取る事にした。
少々行儀が悪いが、筆頭が第四位の家の者に多少の無理を言った所で問題はない。
公爵家と同等などと言われているが、現実にはこちらが筆頭で格上である。
瑕疵を気にして、もしくは能力不足を嘆いての事で、他のご令嬢たちの様に大人しくこちらへつくと願うのならば、今後社交界で庇ってやらない事も無いのだ。
ところが、話をしてみた彼女は今まで出会ったご令嬢達とは全く違う人間であった。
見た事も聞いた事も無い独自の考えを持ち、気負う事も無く。
本気で王太子妃になる事も、王子を振り向かせる事にも興味がない。
別の目標と視点、考えを持ったご令嬢だった。
言うなれば、自由だろう。
他の……自分も含めた『ご令嬢』の常識や範疇を超えた存在。
頭が弱いなんてとんでもない。
まるで大人が俯瞰して物事を見て語るような様子で、ちっとも敵いそうにない事にカチンと来た。
つい強く言ってしまったが、そんなのはお見通しだと言わんばかりに、何でもない様に受け流された。
(なに、この子……)
同じものを見ている筈が導き出される全く違う答えに、理由の解らない恐怖の様なものを感じ、足元が揺れる様で不安で仕方がなかった。
*********
ノックの音に応えると、トマスが入って来た。
マグノリアに耳打ちすると、頷いたのを見て再び部屋を出て行く。
ガーディニアの侍女とマグノリアの後ろにいる護衛騎士は、息を詰めたように小さなご令嬢方の様子を見守っていた。
……とても子どもの話す内容でもなければ、ヒリヒリとしたやり取りの様子も一端のそれである。
可愛い見た目なのに、どうしてこうも大人顔負けなのであろうか。
国政を担うであろう人間というのは小さい頃から違うものなのだな、とふたりは遠い目をしたのである。
タウンハウスの侍女は壁際で、どこ吹く風でにこにこしている。
「失礼いたします」
「どうぞ」
トマスの声に応えると、マグノリアは立ち上がった。
老家令の後ろには、金髪の貴婦人が続いて入室してきた。
ガーディニアの母、シュタイゼン侯爵夫人だ。
ガーディニアが小さく息を呑み、部屋が再び緊張感に包まれる。
マグノリアが礼を執った。
年少と言え公爵家と同等の令嬢が頭を下げる必要はない。だが、敢えてマグノリアは丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「ご機嫌麗しゅうございます、シュタイゼン侯爵夫人。わざわざお呼びだてを致しまして申し訳ございませんでした」
夫人はちらりとソファに座る娘に視線を向け、すぐにマグノリアに向き直り、礼を返す。
本来なら筆頭家の夫人が格下のご令嬢に頭を下げる事はない。
だが、敢えて夫人は丁寧に礼を返す。
「ご機嫌麗しゅうございます。マグノリア様。こちらこそ、お知らせ頂きましてありがとうございます」
ゆっくりと頭を上げて、言葉を続けた。
「当家の娘が大変不躾な事を致しまして、申し訳ございませんでした」
「いいえ。先日お茶会で体調を崩しましたので、ご心配下さったようですわ。お優しいお嬢様をお叱りにならないでくださいませね?」
にっこり笑って夫人の顔を見る。
やはり切れ長の瞳が印象的な顔である。
とても美しく、色味は違うものの、ガーディニアは母親似である事が伺えた。
「当家の方でご伝言を伺っていない様でしたので、何かの手違いかと思ったのですが……ご帰宅が遅れてご心配をされていたらと思いまして、勝手ながら使いを出させて頂きました」
「大変助かりました」
「せっかくですし、お茶を如何ですか? もう少しで叔父も帰宅するかと思いますし」
夫人は首を横に振り、微笑んだ。
「お気遣い痛み入ります。ですが、すぐにお暇させて頂きますので、お気遣いなく」
それはそうであろう。
まあ、様式美というやつである。
「お忙しい所をお引止めしてしまっては申し訳ございませんわね?
……念のため、お屋敷まで当家の騎士に護衛をさせますか? 将来の王太子妃殿下ですもの。安全に越した事がございませんものね」
身分ある娘がフラフラするなと言う、遠回しの牽制である。
――後ろからの視線が痛いが。
自分の身に返ってくる言葉であるが……アゼンダ辺境伯領では沢山の護衛がついている上、基本ガイかセルヴェス、クロードの誰かと一緒であるのでセーフだと思いたい。
そして、王太子妃になる気はないのでお好きにどうぞと言う念押しも含まれている。
「……お気遣い重ね重ねありがとうございます。すぐそこですので、大丈夫でございますわ」
言葉に含まれる意味を汲んでか、マグノリアの顔を確かめるように見た後、ゆっくりと頷いた。
マグノリアと侍女、トマスと護衛騎士が見送りに立つ。
馬車に乗り込み、シュタイゼン侯爵夫人が俯く娘を見た。
叱られると思っているのだろう。
娘にしては随分思い切った事をしたものだ。
余程焦ったのであろう――気持ちは解る。
「……いかがでしたか、マグノリア様は」
我が娘ながらなかなか賢い娘だ。だが、あの少女はそれ以上に賢いだろう。
驚いたような顔をしながら、ガーディニアは母を仰ぎ見た。
「大人と子どものようでした……」
「マグノリア様は大人に交じり沢山の功績をあげておられます。子どもでは、いえ、並の大人でも敵いませんでしょう」
それは、自分では敵わないと言う事か。
ガーディニアは表情を固くしたまま、拳を握りしめた。
夫人はマグノリア達に向き直り、小さく会釈をした。
「ガーディニア、顔をお上げなさい。俯いてはなりません」
「……はい」
ちらりとマグノリアを見れば、綺麗な微笑みを浮かべている。
ガーディニアは顔と耳が熱を持って行くのを感じた。
彼女は噂される様な人間ではないだろう。きちんと躾けられた……ある程度訓練された立ち居振る舞いが物語っている。
「今まで会ったご令嬢とは、全く違う方でした」
「……そうですか」
夫人は、穏やかな顔で娘を見遣る。
馬車は軽やかにタウンハウスを滑り出した。
「ふは~、疲れたぁ」
馬車が見えなくなった途端、マグノリアがぐにゃりとダレる。
護衛騎士は余りの変わり様に微妙な顔をし、侍女はまあまあと微笑む。
「お嬢様、お疲れ様でございました」
トマスがマグノリアを労う。
……セバスチャンなら無言の圧力ビームが飛んで来そうであるが、トマスはその辺話がわかるタイプである。
「おやつに致しましょう。調理場の者にいいまして、串焼きをご用意しております」
「おお! 串焼き、良いですね~。護衛騎士さんも、みんなで一緒に食べましょう!」
にこにこするマグノリア、トマス、侍女に、騎士は及び腰になる。
「ええぇ……? 流石にどうかと思いますが……」
「大丈夫大丈夫!」
「ささ、冷めない内にお召し上がりくださいませ」
さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら。
ゆったりまったりしたいつものタウンハウスの空気に、マグノリアと護衛騎士は改めて深呼吸をしたのであった。




