931話 女神様は救護に回る 【フローリア視点】
「これでおしまい、っと~」
『うっ……』
パンパンと両手を叩き、冷たそうな床にうつ伏せになっている私を見下ろす。
久々に大人げなく権能を使っちゃったけど、相手が私だし問題無いわよね。権能を使っていいって大神様もオッケーしてくれてたし。
「それじゃあ、私はレナちゃん達を追っかけないといけないから行くわね。これに懲りたら、もう私達の邪魔をしちゃダメよ?」
『ま、待って……』
「なぁに? まだ何かあるの?」
全身が感電していてまともに動けずにいるけど、それでも顔だけを動かして見上げてくる私。
もう戦える魔力も体力も無いはずだし、女神様モードは解いちゃっていいわよね。と、いつもの服に戻った私に、もう一人の私は言う。
『シルヴィちゃんは……本当に私達のことを、大切に思ってくれてるの……。だから、あの子の想いを無下にしないであげて……』
「そんなこと、言われなくたって分かってるわ」
毎日毎日、眠いはずなのに朝早くに起きて、私達のために美味しい朝ご飯を作ってくれて。
診療所で忙しいのに、ふらっと遊びに来た私とお話してくれて。
お家もお風呂も綺麗にしてくれて、お洗濯もしてくれてたおかげで、レナちゃんが「これじゃあたし、ホントに穀潰しじゃない!!」って凹んだりしてたっけ。
そんな優しいシルヴィちゃんだからこそ、今みたいな凄く強い力が、うっかり私達に向かないようにってことで遠ざけようとしてると思う。
だけどね、シルヴィちゃん。それは一見優しさのようにも思えるけど、本当の優しさではないのよ。
「シルヴィちゃんが私達を大切に思ってるのと同じくらい、私達もあの子を大切に思ってるの。だから私達は、あの子にこの気持ちを伝えに行かないといけない。心配しなくても大丈夫よって、ね?」
『……それが、本当にあの子のためになるの?』
「もちろんよ。シルヴィちゃんは昔からず~っと、誰かに甘えるってことが苦手な可愛い子なのよ? そんな子だからこそ、私みたいな甘えられる大人が必要なの」
な~んて言っちゃってみたりするけど、こんなことを他の子達に聞かれちゃったら、「お前は甘える側だろ」なんて怒られちゃうかもしれないわね。間違っては無いんだけど!
だけど、そこはやっぱり私自身だったみたいで、二人でクスクスと笑いだしてしまう。
『分かったわ。そこまで言うなら、私はこれで消えることにする。シルヴィちゃんのことよろしくね、私』
「ふふっ、任せて頂戴なっ!」
ばっちりとウィンクをして見せると、私は最後に笑顔を見せて光の粒子へと変わっていく。
それが完全に消えた頃には、部屋の様子も元のダイニングに戻っていた。
「さてさて、上の階はどうなってるのかしら」
結構急いだつもりだけど、他の子達が心配だわ。
特にレナちゃんとエミリちゃん達……。あの子達は強いけど、力の加減が上手にできないから尚更心配ね。
そんなことを考えながら階段を上ろうとした時、私の胸がズキッと痛んだ。
「……ちょ~っと、無茶しすぎちゃったかしら」
久しぶりの、権能の全開放。
本当だったらちょっとずつ、段階的に上げていかないといけないのに、今日は張り切りすぎて最初から全部使っちゃったから、その反動が出てきてるみたい。
でも、動けることは動ける。戦うのはダメかもしれないけど、援護くらいならきっと。
そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと階段を上っていく。
やがて辿り着いた次の階には、もう誰もいなかった。
「なるほど? ここはメイナードくんが戦ってたのね~」
周囲に薄っすらと残っている、メイナードくん特有の淡い燐光を纏った羽から、たぶんそうだと判断できる。
流石はメイナードくん。自分なんかに負けるはずがないだろう~なんて言って、さっさと登っていってそうね。
シルヴィちゃんの頼もしいナイト様の活躍に小さく笑い、続けて上の階を目指す。
すると、階段の上の方から薄っすらと鉄っぽい匂いが漂ってきているのが分かった。
まさかとは思うけど、と嫌な予感から階段を駆け上り、少し重たい扉を押し開く。
そこにいたのは、血だまりの中で倒れ込んでいるメイナードくんとレナちゃんの姿だった。
「れ、レナちゃん!? メイナードくん!? 大丈夫!? 生きてる!?」
急いで駆け寄って二人の状態を確認すると、真っ先に目に入って来たのがメイナードくんの大怪我だった。
メイナードくんのお腹の横側に、何かに抉られたのか貫かれたのか分からないけど、大きな穴が開いている。そこから溢れている血を見る限り、この血だまりはレナちゃんのではなく、メイナードくんのだと分かる――じゃないじゃない、まずは応急処置をしないと!!
シルヴィちゃんのように治癒魔法が使えないから、現状維持でメイナードくんの体の時間を止める。
流れ出ていた血は止まったけど、この出血量じゃ命が危ないわ。早くセリちゃん達に診てもらわないと。
続けて、レナちゃんの様子も手早く確認する。
レナちゃんは全身に痛々しい打撲の痕と、左足と右手が折れて紫色に腫れ上がっちゃってる。
出血は口からだけみたいだけど、こっちもこっちで危険だわ。
「レナちゃん、メイナードくん、今助けるからね!!」
レナちゃんの時間も止めてそっと抱き上げ、小さくしたメイナードくんをレナちゃんのお腹の上に乗せる。
すると、レナちゃんが意識を取り戻したみたいで、ゴホゴホと血を吐きながら薄っすらと目を開いた。
「あ、れ……。フロー、リア……?」
「レナちゃん……!! 大丈夫よ、今すぐセリちゃんのところに連れてってあげるからね!」
「あたし……ゴホッ!!」
「無理して喋らないで! 今はゆっくり寝てて。ね? もう大丈夫だから」
「うん……」
レナちゃんは小さく頷くと、そのまま死んじゃうんじゃないかってヒヤリとするくらい、コクリと眠ってしまった。
ここの部屋も普通の大きさに戻ってるから、たぶんレナちゃん達が勝ったんだと思うけど、それにしてもこの大怪我は酷すぎるわ。
どうなってたのかを聞きたいところだけど、何はともあれ、まずは治療よね。
大急ぎで塔の外まで出て、少し離れたところで待機していたみんなのところへ向かう。
「セリちゃ~ん!!」
「フローリア様――って、きゃああああ!? どうなさったのですか【桜花の魔女】様!?」
「分からないの! 中で一人一人、自分と戦うことになってたんだけど、私が上に行った時にはこうなってて!」
「と、とにかくこちらへ! 総長様、申し訳ございませんが手の空いている魔女で、治癒が使える方を!!」
「分かった」
ポチポチとウィズナビを操作し始めるアーデルハイトくんと、レナちゃんを預かって早速治療をし始めてくれるセリちゃん。
その隣にいたスティアに、私は声を掛ける。
「それじゃスティア、こっちはお願いね!」
「お願いって、どこへ!?」
「私、まだ塔でやらなきゃいけないこと沢山あるの~!!」
「待ちなさいフローリア!! せめて話を!!」
悪いけど、そんな暇は無いのよね。
エミリちゃん達がこうなってる可能性もゼロじゃないし、一番危険なのかもしれないのはシリアだから。
二人を任せて駆けだしながら、私は塔の最上部を見上げる。
シルヴィちゃん……。どうか、自分にだけはその矛先を向けないようにしていて。と願いながら。




