1話 森の住人はお祭りがしたい
エルフォニアさんからの授業は週一回行っていただくことになり、座学の日を使って魔女の歴史や現在の世界における魔女の立ち位置など、詳しい情勢について教えて頂いています。
中でも特に複雑そうなのが、“不文律”と呼ばれる暗黙のルールみたいなものがあるらしく、まだ全てを教わっていないのですが、かなりの数があるようでした。
そして今日もお昼ご飯の後片付けを終え、仕事を再開させようと表看板を設置していると、バスケットを腕に掛けたスピカさんがやってきました。
「やぁ魔女殿。これから診療再開だろうか?」
「こんにちは、スピカさん。ちょうど今から診療所を開けようとしていたところです。どこか痛むのであれば診察しましょうか?」
「いや、今日は新作の果物を持ってきただけだ。ディアナ殿から面白い果物の種を頂いてな」
楽し気に話すスピカさんを中に招き入れ、お茶をお出しして雑談を交えながらゆっくりと過ごします。
野菜の美味しい食べ方、果物を使ったジャムの作り方、痛みそうな時の調理方法などなど、ハイエルフ独自の生活様式はいつ聞いても新鮮で、ついつい時間を忘れて話し込んでしまいます。
診療所の扉が開かれた音と、来客を告げる鈴の音を聞いて、私は結構な時間話してしまっていたことに気が付きました。スピカさんも同じだったようで、いそいそと席を立って診療を再開させようとした時でした。
「あ、魔女様! 診療開始前なのにすいません!」
「いえいえ、私こそ時間過ぎてるのにお待たせしてしまってすみません」
待合室の中には、村の獣人の方とハイエルフの方が五人ほどいらっしゃいました。これと言った外傷はないように見えますが、どうしたのでしょうか。
「あれ、長じゃないですか。また魔女様とお茶してたんですかー?」
「長ばっかりずるーい! 私達も魔女様囲いたーい!」
「馬鹿言ってないで早く用件を言え。その様子だと遊びに来た訳ではないのだろう?」
呆れ口調のスピカさんに、獣人の方が笑いながら答えます。
「実は今度、村の方でハイエルフと合同で魔女様感謝祭をやろうと思ってるんですよ!」
「魔女様……感謝祭?」
「そうっす。ほら、魔女様がこの森に住んでくださってから、俺達獣人族とハイエルフはすげー助かってるって話は以前からしてたじゃないすか。狩りで誰かが死ぬってことも無くなったし、交易も再開できて食生活も豊かになったし」
「うんうん。それでね魔女様? 獣人族の人達と話し合った結果、日頃の感謝を込めて魔女様に恩返しのお祭りをしようってなったの!」
「そんな、私は恩返しをしていただくほど大層なことは……」
むしろ家を建てて頂いたり、食べ物をお代として分けて頂いたりと、私の方がお世話になっているように感じて辞退しようとすると、「そう言うと思ったー」とハイエルフの方々が笑い始めます。
「だから、名前だけ魔女様感謝祭って形にして、実際はみんなで飲んで食べてお祭り騒ぎしましょ! って内容なの! それならいいでしょ?」
「この前頼まれたお米もすくすく育ってるし、私達ハイエルフとしても夏前の収穫祭なのよー。で、獣人さん達も長いことお祭りやってないって言うから、せっかくだしってことで! どうかな魔女様?」
「え、ええっと……」
ハイエルフのお二人に手を取られ、頼み込まれてしまいました。
内容を聞く限りでは、あくまでも人間の街でもやっていたような収穫祭のようにも聞こえますし、獣人族の村やハイエルフの集落でやっていただいた宴の延長のようなものなら、別に問題はないと思います。
ですが、そのお祭りの名前に私が絡むというのは少し……いえ、かなり気が引けると言いますか、恥ずかしいです。
返答に困っていると、シリア様とフローリア様が酒蔵の中から出てきて、待合室の状況に戸惑いの声を上げました。
『何をしておるのじゃお主らは』
「あらスピカちゃん、いらっしゃ~い! 獣人さんとハイエルフさんもこんにちは~」
「お邪魔してます姐さん! お師匠様も! いやぁ、実はですね……」
獣人族の方より説明を受けたシリア様は、ふむ……と少しだけ考える素振りを見せましたが、やがて首を縦に振りました。
『良いのではないか? 別に魔女に感謝を捧げるというのは形だけじゃし、そこまでお主が悩むことでも無かろう』
「魔導連合でのお祭りの後は、森でお祭り! お祭り続きで楽しいわね~!」
『貴様の脳内は年中お祭り騒ぎじゃろうが』
「えっへへ~」
『して、シルヴィよ。以前ならば、魔女と言われればお主しかおらんが故にお主と結びついてはおったが、今ではお主以外にもレナもおる』
言われてみれば確かに、レナさんが増えた今では魔女は二人になっています。
ですが、どうも皆さんはレナさんを魔女として扱うつもりは無いらしく、気さくに“レナちゃん”と声を掛けていました。
『日々森の住人を治癒するお主、時折村の修繕などにも顔を出すレナ。それら全員を総じて魔女と指して感謝をと言うのであれば、お主が変に気恥ずかしくなったり引け目を感じる必要も無いのではないか?』
シリア様の言葉に、なるほどと頷き返します。
「そうですね。それなら私としても異論はありません」
シリア様の言葉が聞こえないみなさんに要約して説明して、その意味合いで問題なければとお話したところ、「全然問題ないっす!」との返答があり、無事に開催できることを喜び始めました。
「それでそれで? いつお祭りやるのかしら?」
「魔女様達の都合を優先したいから、次の太陽の日はどうかなーって思ってたところなの。魔女様、予定空いてる?」
「はい。特に予定は無かったと思います」
「やったー! じゃあ太陽の日のお昼頃から始めるから、獣人族の村までお願いね!」
「そうだ、もし魔女様にご友人がいらっしゃれば呼んでいただいても大丈夫っす! 今年は肉も野菜も山盛りなんで!」
「それじゃ俺達はこれで! 魔女様達に……礼!!」
「「「ムンッ!!」」」
獣人族の一人から号令が出ると、三人揃って謎のポージングを始めました。
出来ればそのまま帰ってほしかったのですが、シリア様がツボに入ってしまったようで笑い転げていらっしゃるので、何も言わずに見送ることにします。
しかし、友人ですか……。ローザさんやマイヤさんに声を掛けてみましょうか。それと、アーデルハイトさんにも一応お声掛けした方がいいかもしれません。
とりあえずレナさんとエルフォニアさんにも共有した方がよいかと思い、ウィズナビを取り出すと同時に、画面に通知の表示がありました。
『フローリア:今度の太陽の日、獣人さんの村でお祭りやるんですって~!』
『レナ:行きたい!! 特に何も予定入ってなかったはずよね?』
『フローリア:シルヴィちゃんも予定ないって言ってたから大丈夫だと思う!』
『レナ:おっけー! お祭りって何やるんだろう? 楽しみだわ!
『フローリア:あ、エルフォニアちゃんも暇だったら来る~?』
『エルフォニア:せっかくだから見に行こうかしら』
『レナ:あんたは別に来る必要無いでしょ! 魔女としてメリットが無いんだから家にいなさいよ!』
『エルフォニア:見聞を広めるのは魔女にとって有意義なことよ?』
いつものようにレナさんがエルフォニアさんに対し、突き放すように接していました。
レナさんとエルフォニアさんの雰囲気は、半月経った今でも改善される見込みはありません。そろそろレナさんにも受け入れて頂きたいところなのですが……。
とりあえず情報の共有は出来ているようですし、私は私で連絡先を交換した方々に連絡を取ることにしましょう。




