36話　異世界人は魔女様の料理がお好き

　レナさんに言われ、我に返って料理を再開します。せっかく作ったスープを台無しにするところでした。

　火を止めて味を調整しなおし、続けて蒸しあげたお米をフライパンの上に移して、村の皆さんから頂いた熊の肉と一緒に炒めます。

　これはフローリア様が持ち帰った料理本の中にあったレシピのひとつで、シリア様がこちらの言語に翻訳してくださったおかげで作れるようになった“ちゃーはん”という料理です。名前の響きがとても可愛いのと、盛りつけられた料理がとても美味しそうでしたので、お米が出来上がったら一番に作ってみようと思っていたのです。

　細かく刻んだねぎと、予め炒めておいた卵を加えながら全体を混ぜながら炒めます。こちらの世界では希少な胡椒を使うと書いてあり戸惑いましたが、レナさんの世界では誰でも入手しやすい調味料として扱われているようでした。

　この前少量手に入ったからとディアナさんに分けて頂いた胡椒を、惜しみながらも贅沢に使います。途端にふわりと胡椒の香りが鼻をくすぐり、さらに食欲がそそられます。

　パラパラになるまで炒める、と書かれていますがどの程度まで水分を飛ばせばいいのでしょう……と悩んでいると、食卓にも漂う香りに誘われ、我慢できなくなったレナさんが横からフライパンを覗き込んできました。

「うそ！？ シルヴィ、これ炒飯でしょ！？ ねねね、味見してもいい！？」

「どうぞ。むしろ、レナさんの方がこれの味を良く知っていると思いますので、これで大丈夫か判断していただけると」

　小皿に取り分けて手渡すと、レナさんはスプーンで一気に頬張り、しばらく咀嚼してから瞳を輝かせながら頬を押さえました。

「んっ……まぁ～！！ あたしのとこだったら店出せるわよ！？ お米もパラッパラだし、これ何のお肉か分からないけど歯ごたえ有って美味しいし、胡椒もいい感じに効いてて味もばっちりだわ！」

「それは良かったです。では、これからよそいますので運んでいただけますか？」

「まっかせて！」

　ちゃーはんをお皿に盛り付け、レナさんに運んでいただいていると、エミリも手伝いたいと申し出てくれました。エミリには軽めのシリア様とメイナードの分をお願いし、私自身もおかずの品を大皿に盛って運びます。

　今日は卵とトマトの炒め物と、ナスを始めとした野菜のあんかけです。

「わぁ～！ シルヴィちゃん、これがレナちゃんの地元の料理？」

「そうです。初めて作ったので、お口に合えばいいのですが」

「私の舌は厳しいわよ～？ なぁんてね！ 何食べても美味しいって感じる舌だから大丈夫っ」

　ぺろりと舌を出しながら親指を立てるフローリア様に笑いながら、エルフォニアさんの前にも同じように並べます。

「エルフォニアさんがどのくらい食べるのかが分からなかったので、私と同じ量にしてあります。足りなかったらおかわりがありますので、遠慮なく言ってください」

「ありがとう。あなた、料理がとても上手なのね」

「魔女になる前は、料理しかやることがなかったので……。趣味のようなものです」

「ふぅん？」

　興味を持たれてしまう前に、私はその場を離れて食事の準備を進めます。あとはシリア様を呼べばいつでも食べ始められるといったところで、私が向かうより前にシリア様が現れました。

『……ほぅ、今までに嗅いだことのない香りじゃな。すまぬなシルヴィ、妾の方も今しがた終わったとこじゃ』

「お疲れ様ですシリア様。こちらもちょうど今出来上がったところですので、いつでもどうぞ」

　シリア様がテーブルの上に飛び乗り、私の前に陣取ります。メイナードも呼ばなくてはと思い、指輪越しに呼びかけると、小さなメイナードが窓から入ってきてシリア様の横に留まりました。

　今まであまり気にしたことがありませんでしたが、一番右端の台所側は私、その左がエミリ。私の正面がシリア様とメイナード、その隣がレナさんとフローリア様が並んで座るというのは、言われてみればいつも通りの光景でした。

『では、いただくとするかの』

「「「いただきまーす」」」

　シリア様の合図と共に、各自いただきますの挨拶をして食べ始めます。あまり自信のないちゃーはんですが、一口頬張ってみると思った以上に味が凝縮されている上に、レシピ通りにパラパラとしたお米一粒一粒の触感が楽しめました。ですが、少し味が濃かったかもしれません。

「こんな美味しい炒飯が食べれるなんて……。あたし、生きててよかった……」

「あら？ レナちゃん泣くほどしょっぱかったかしら？ よーいしょっと」

「んなぁぁ！？ ちょっとフローリア、なんであたしの炒飯食べんのよ！ 自分の分あるでしょ！？」

「ん～、別にしょっぱくないけど……。レナちゃん大袈裟じゃな～い？」

「しょっぱいんじゃないわよ！ 懐かしの味で嬉し泣きしてただけ！！ このっ！」

「あぁ～！！ レナちゃん意地悪！ ご飯取らないで～！」

「フローリアが先に取ったんじゃない！！」

『主よ、我にはこの粒は食いづらい。この肉だけでもいいのだが、切る前の肉はあるか？』

「ありますよ。今取ってきますね」

「お姉ちゃん、わたしもお肉食べたいー！」

　我が家の肉食派の二人に催促され、台所で焼いた熊の肉のブロックを分厚く切り分けて二人に出します。

　メイナードは足と嘴で器用にちぎって口に入れると、満足そうな顔をしました。

『やはり肉だな。人間の色のある食事も悪くはないが、我としてはこっちの方が馴染む』

「お肉も美味し～！」

　二人が熊の肉を美味しそうに食べているのを眺めていると、エルフォニアさんが優しく微笑んでいるのに気が付きました。見たことが無い表情に驚いていると、私の視線が気になったらしく、何事もなかったように食事に戻ってしまいました。

　夕食後、疲れから眠くなってしまっていたレナさんがフローリア様を連れて部屋に戻り、それに釣られたエミリも一足先にメイナードと共に部屋へ向かって行きました。

　食器を洗い終え、お風呂へ向かおうと思ったところで、エルフォニアさんが魔導書を手にくつろいでいるのを見つけました。私はいつも最後にお風呂に入り、そのまま掃除をしてしまうので、できれば先に入っていただきたいところです。

「エルフォニアさん、もしお風呂に入られるのでしたら先にどうぞ」

「じゃあお言葉に甘えて頂こうかしら。浴室はどこに？」

「こちらです。外にお風呂専用の建物がありまして……」

　エルフォニアさんを連れて別棟に移動し、脱衣所とお風呂場の案内をします。彼女は村の方々の力作であるお風呂を見ると、関心を示しました。

「随分と立派なのね。これは疲れが取れそうだわ」

「はい。湯加減も調整できますので、ゆっくりと使ってください」

　そう言い残して先に戻ろうとした時、服を脱ぎ始めたエルフォニアさんが不思議そうな顔をしながら私に声を掛けました。

「あら、あなたは入らないの？」

「私はいつも、最後に入ってそのまま掃除をしてますので」

「でも今から私が出るのを待つと、掃除も込みで上がった頃には遅い時間じゃないかしら」

　確かに、今日は技練祭関連で帰宅も遅くなっていますし、全体的に時間の使い方が後ろ倒しにはなっています。彼女の言う通り、これから上がるのを待ってお風呂と掃除を済ませると日付を超えてしまうかもしれません。

『シルヴィよ。お主はただでさえ朝が早いのじゃから、一緒に入ってしまえば時間の節約もできよう』

「で、ですがシリア様、流石にそれは……」

『何を躊躇っておる？ ……おぉ、そうかそうか。さてはお主、まだ親しくもない者に肌を晒すのが恥ずかしいのじゃな？』

　内心を見透かされてしまい、顔が赤くなるのを感じます。

　そんな私を見ながら、シリア様とエルフォニアさんが笑い声を上げました。

『お主、妾やエミリの時は躊躇いなく風呂を共にしたというのに、エルフォニアには恥じらいがあるのか！ 変わった奴じゃな！』

「ふふっ。あなたの力や魔法の構成には興味はあるけれど、体には興味は無いわ。私自身も見られて困るような体はしていないから、気にしなくていいわよ」

「シリア様とのあれは色々と恥じらう状況ではありませんでしたし、エミリは妹のようなものでしたから！ お二人は恥ずかしくなくとも私は……」

『面倒な奴じゃのう……。こうなれば、今からお主の体を使って妾が風呂まで入るとするか』

「そ、それは困ります！ 分かりました、脱ぎますから！ 自分で脱ぎますからぁ！」

　結局、私の体には興味はないと言いながらも、エルフォニアさんにじっくりと観察されてしまいました。恥ずかしさでこのまま湯船に沈んで溶けてしまいたいです……。