31話 女神様はお騒がせ
魔導連合で迎えた朝。
気持ちのいい朝は、ある女神様によって台無しにされてしまいます……。
翌朝。私は耳をつんざくような悲鳴で目を覚ましました。
「きゃああああああああああ!!」
「な、なんですか!? どうしたのですかフローリア様!?」
「し、シルヴィちゃん……! 見て……!」
フローリア様の震える指先を見ようと、まだ寝ぼけているエミリから離れて起き上がります。そこには――。
「れ、レナちゃんが、今日も可愛い……!」
「は、はぁ……」
レナさんの姿がありました。確かに半開きの口からよだれを垂らしながら、気持ちよさそうに眠る彼女はは普段とは違った可愛らしさがありますが……。
『くだらんことで騒ぐでないわ、阿呆女神め。最悪の目覚めじゃ……』
シリア様の仰る通り、朝から絶叫で起こされるのはあまり気分がいい物ではありませんでした。部屋に掛かっている時計を見ると、起きる予定だった時間より二時間ほど早いようです。
もう一度寝直しても良さそうです。私はあくびをしながらベッドへと戻り、とろんとした瞳でこちらを見るエミリを撫でながら寝かせ、自分も寝ようとしたところへ再びフローリア様の元気な声が邪魔をしてきました。
「ん~~! レナちゃん今日も可愛いわ! 長いまつ毛、ぷにぷにのほっぺ! 神様が見てたらあまりの可愛さに嫉妬で狂っちゃうわね! あっ、私も神様だった! てへぺろ~☆」
ぶちっ、と何かが切れる音がしました。音源は私とエミリの間からです。
シリア様はゆらりと立ち上がると、無言のままフローリア様の元へと向かい、小さな前足を使って不快感を表現し始めました。
「あん! ちょっとシリア! 無言で殴るのはやめて! ちょっと怖い――いったぁい!! 痛い痛い、待って顔はダメ、ホントに痛いってば! やぁぁん!!」
しばらく身悶えしながら嬉しそうにも聞こえるフローリア様の声と、シリア様による殴打音が聞こえていましたが、しばらくすると静かになりました。
『ふん……』
不機嫌そうに戻ってきたシリア様が、再び私のお腹付近で丸くなりました。どうやら、フローリア様を気絶させることで騒がせないようにしたようです。なんと力業な……と呆れてしまいますが、今はシリア様に感謝して寝直すことにしましょう。
胸元で何かが動く感触で、私は再び目を覚ましました。
まだ少し眠たい目で動いた正体を探すと、エミリのふさふさの耳が小さく動いています。どうやらこれだったようです。
軽く体を起こして時計を見ると、時計の針は七時を指そうとしています。確かフローリア様に起こされたのが四時半ほどだったので、しっかり寝直すことが出来ました。
私は上半身を大きく伸ばし、ベッドから降りていつものように朝食を作りに行こうとして、今日は魔導連合で泊めて頂いていたことを思い出しました。確か、アーデルハイトさんのお話では七時半頃から二階の食堂が利用可能とのことでしたので、今のうちに着替えや準備を済ませてしまいましょう。
『ん……。ふぁ~、相変わらず早起きじゃな。おはよう、シルヴィ』
「おはようございます、シリア様。もう少しだけ寝ていても大丈夫ですよ」
『いや、よい。……くぁぁ~。じゃが、どこぞの阿呆に起こされたせいで微妙に寝足りないのう』
「家ではあんなことは無かったので、少し驚きましたね」
『そうでもないぞ? 家でこ奴が騒がんのは、予めこ奴の寝る部屋には防音の結界を張っておるだけじゃ。ほんに昔から、朝も早うから騒ぐ阿呆でのぅ。家で朝から晩まで騒がれたら妾の身が持たん』
全身を反らして伸びをするシリア様に苦笑していると、レナさん達が寝ているベッドに動きがありました。起きる順番からすると、普段通りであればレナさんでしょうか。
「んん~……ふわぁ。おはよーシルヴィ、シリア」
「おはようございます、レナさん」
『おはようじゃ。しかし、レナの睡眠の深さには目を見張るものがあるのぅ』
「ん~? 何かあったの?」
『そこの阿呆が夜中にギャーギャー騒いでおってな。真横で寝ておったお主が起きぬから、よう寝ておるなと思っておっただけじゃ』
あくび混じりに聞いていたレナさんは、「あぁ~それね」と笑いながら答えました。
「あたし、一回寝るとなかなか起きないみたいでさ。毎朝ベッドが凄い乱れてたりフローリアが半裸だったりするから、なんかやってたんだろうなっては思ってたけどうるさくしちゃってたのね。なんかごめんね」
『よいよい、お主が謝ることではなかろう。妾もシルヴィも大して気にしてはおらん』
「はい。それよりレナさん、朝食が七時半からですので、今のうちに着替えを済ませておいてください」
「はーい」
さて、そろそろエミリを起こさないといけませんね。
私はエミリの頬を優しく撫で、柔らかな頬を突きながら声を掛けます。
「エミリ、朝ですよ。そろそろ起きてください」
「ん~……」
まだ眠たそうに唸り、布団の中に逃げようとするエミリ。
毎朝の事なので、私はいつものようにエミリが起きる一言を沿えます。
「エーミーリ。早く起きないと、朝ご飯が食べられなくなりますよ?」
「っ!?」
ガバッと勢いよく覚醒しました。エミリにとってご飯は私達の次に大事らしく、ご飯を逃したくない一心で眠気を振り払って起きる姿は、毎日見ても飽きない可愛さがあります。
「ご飯……?」
「おはようございます、エミリ。もう少しでご飯なので、先に着替えをしましょうね」
「うん。ふわぁ……、おはようお姉ちゃん」
寝癖でいつも以上に跳ねっ毛になってしまっている髪を梳かし、エミリの着替えを手伝います。
エミリ自身、別に一人で着替えをすることはできるのですが、家に来てすぐの頃に寝ぼけて服を後ろ前逆に着てしまっていたこともあったので、こうして手伝うのが私の朝の日課のひとつになっています。
「……はい、できましたよ」
「ありがとうお姉ちゃん!」
嬉しそうに尻尾を振りながら笑顔を向けられ、ときめきに胸を押さえます。
あぁ、エミリが今日も可愛いです!
「くすぐったいよ~」
エミリに抱き付き、もふもふの尻尾とふわふわの髪を撫でまわします。シリア様とレナさんから呆れたような視線を受けている気がしますが、こればかりはやめられません。これも大事な朝の日課なのです。
ひとしきり撫で終えて満足した私は、一番の難敵であるフローリア様のもとへと向かいます。
「フローリア様。朝です、起きてください」
「んっふふふ……。すやぁ……」
楽しい夢を見ていらっしゃるようで、布団の中で不気味な笑みを浮かべながら眠っているフローリア様は起きる気配がありません。私は一息入れて覚悟を決めると、フローリア様の布団を勢いよく剥がします。
「フローリア様! 朝ですよ!」
「んやぁ~……寒ぅい……」
「朝ご飯食べなくてもよろしいのですか!? 起きてくださいー!」
フローリア様は、私達の中でダントツに目覚めが悪く、こうして激しく揺さぶってもなかなか起きてくださいません。かなり失礼ではあるのですが、少し強めに頬を叩いても起きないので毎朝苦戦しています。
「んもぉ~、なぁにシルヴィちゃん……一緒に寝たいの~? しょうがないなぁ……」
「わぶっ!」
それどころか、逆にこうやって捕まりなかなか抜け出せず、様子を見に来たレナさんに助けて頂くことも少なくありません。寝ぼけているとは言え、女神様である彼女の力はとても私では抗うことが出来ないのです。単純に私が非力すぎるというのは否めませんが。
「温か~い、いい匂い~……」
「フローリア様……! 起きてくださいぃ~! 早く着替えて頂かないと、朝食に間に合わなくなりますよ!」
「むにゃむにゃ……ふふ~」
私を抱きしめたまま再び眠ろうとするフローリア様を、内側から揺らしながら声を上げるも起きる気配がありません。今日もダメでしょうかと内心諦めそうになっていると、着替えが終わったらしいレナさんがベッドに乗りながら引き剥がしてくださいました。
「ほぉらフローリア、起きないなら朝ご飯抜きだからね。あとでお腹空いたってシルヴィに泣きついても、作らせないように頼むわよ?」
「えぇ~、それは嫌ぁ……」
「だったら起きなさい、早く着替えないと先に行っちゃうわよ?」
「うぅ~……」
泣きそうな声を出しつつも、目元をこすりながらようやく体を起こしてくださいました。そこで私は、フローリア様がとんでもない恰好で寝ていたことに気が付きました。
「きゃあああ!? ふろ、フローリア様! なんて恰好で寝ていらっしゃるんですか!」
「ふえぇ? 何かおかしい……?」
フローリア様は大きめのシャツを着ていらっしゃいましたが、そのボタンを全て外されていて、豊満過ぎる彼女の胸が今にも見えそうな状態になっていました。その上、下には薄い紫色のショーツ以外何も履いていません。
私は大慌てで近くにあった枕を押し付けて隠し、エミリにこちらを見ないようにと鋭く言いつけます。
ぽかんとしているエミリの前を遮るように、見慣れているとでも言いたげな顔で着替えを持ってきたレナさんが言います。
「ほらフローリア、早く着替えて。あとここも天界じゃないんだから、家にいる時みたいにちゃんと服着て寝てよね」
まるで他人事のように、フローリア様は大あくびをしながらぽやんとしています。あれ、寝る前からフローリア様はこの格好でしたっけ? いえ、ちゃんとレナさんとお揃いのパジャマを着ていたような……。
深く考えるといけないような気がして無理やり中断し、エミリとシリア様を連れて先に朝食に向かうことにしました。




