16話 魔女様は決勝に進出する
私達の試合が一番長引いていたようで、帰還してすぐ、この前の議会で司会を務めていた方が、拡声器を手に決勝トーナメントへの出場者を紹介し始めました。
「お待たせいたしました!! 各ブロックの勝者が決まりましたので、これより決勝トーナメントへと移行させていただきます!!
まずはウンディーネブロック! 技練祭初参加ながらも、怒涛の勢いで勝利を飾り続けている【森組】こと【慈愛の魔女】シルヴィと【桜花の魔女】レナー!!」
紹介と同時にどこからかライトを照らされ一瞬驚きましたが、前回の議会の時同様にした方がいいかと思い、観客席の皆さんへと手を振ります。周囲から声援や魔女名を呼ぶ声が聞こえてきて、気恥ずかしさと共に気が引き締められる感じがします。
「続きまして、ノームブロック! 無数の強靭なゴーレムから繰り出される力は止まること知らず! 【土塊の魔導士】エイバンー!!」
エイバンと呼ばれた方にライトが移り、壮年ではあるものの渋みを感じさせる男性がローブをはためかせ、丸太にも劣らないような太い腕を見せつけるように腕組みをしました。他の部位は服で隠れてしまっていますが、全身の筋肉も森の獣人の方に引けを取らないくらい鍛え上げられているのでしょう。
「うわ、めっちゃおじ様……。渋おじ最高。かっこいいわ……」
隣のレナさんが感想を零していました。私から見てもかなり男性として魅力的な方だとは思いますが、それよりも先にあの腕から繰り出される攻撃や、ゴーレムに襲われる可能性の光景を考えてしまい、レナさんのように見ることが出来ません。
「そしてサラマンダーブロックからは、やはりこの魔女が勝ち上がってきました! 第百二十回技練祭の覇者……【暗影の魔女】エルフォニア!!」
ライトを浴びたエルフォニアさんは髪を後ろへ払い、冷たい視線を司会の方へと投げつけました。それは水晶板にも大きく映し出されていて、会場から小さな悲鳴が上がる半面、それを楽しむ方々より口笛が上がったりもしています。
直接視線を刺された司会の方が委縮したのも束の間、気を取り直した様子で紹介を続けます。
「最後はシルフブロックから、多重属性統合者でも有名な【七彩の魔女】マレリアー!!」
ぱっと照らされた女性――マレリアさんの周囲には、炎や水、風や土など基本魔法を彷彿とさせる光の軌跡が走っていました。その中心で白を基調とした魔女服に身を包んだマレリアさんが優雅に一礼していて、とても幻想的な印象さえ受けてしまいます。
マレリアさんが顔を上げて観客席へと控えめに手を振っていると、水晶板に表示されている何かに気が付いたようで、穏やかそうに細められていた紅色の瞳を大きくさせて声を上げました。
「あぁーー!?」
「ど、どうしましたかマレリアさん……!?」
「てっきり午前で終わると思ってたから、旦那達のご飯作っておくの忘れてた!」
「へ……?」
呆気に取られる司会の方を始めとした私達を気にせず、マレリアさんはいそいそと足元に魔法陣を展開し始めます。あれは……転移陣でしょうか?
「ちょ、ちょっとどちらへ!?」
「ご飯作りに帰るのよ! という訳で、申し訳ないけど後はよろしくねー!」
な、なんと自由な方なのでしょう。マレリアさんは司会の方の呼び止めも聞かず、そのまま姿を消してしまいました。この場合はどうなってしまうのでしょうか……?
アーデルハイトさんの方へ顔を向けると、彼は特別席の中でマレリアさんの行動に頭を抱えていました。隣で座っている男性――恐らく開会式の宣言を奪っていた方はお腹を抱えて大笑いしています。
しばらく見ていると笑っていた男性がアーデルハイトさんに怒られ、後ろで控えていた人影へ何やら話をしていました。アーデルハイトさんの話に頷いたその人は、一瞬で姿を消したかと思うと司会の方の隣へ出現し、何かを耳打ちし始めます。
しばらく二人での話し合いが続きましたが、伝達役の方が姿を消すと同時に、司会の方が再び話始めました。
「えー、マレリアさんが帰られてしまいましたので、シルフブロック代表として出場する方は追って決めるそうです! 今総長達の方で調整を進めていらっしゃるそうですので、その時間も兼ねてこれより一時間のお昼休憩となりました!」
「は、はぁ~!?」
レナさんが何よそれ、とでも言いたげな声を上げました。
周囲からもざわめきが聞こえてきますが、時間も時間だったこともあり、ぞろぞろと席を立ち始める人が増え始めます。
「とりあえず……シリア様達のところへ戻りましょうか。ちょうどお昼頃ですし」
「そうね……。はぁ~あ、なんか気が抜けちゃったわ……」
二人で観客席へと向かうと、エミリが元気よく手を振って迎えてくれました。
「おかえりお姉ちゃん! かっこよかったー!」
「わわっ、……と。飛び降りたら危ないですよエミリ?」
「えへへ~!」
笑うエミリを撫でながら嗜めると、フローリア様もそれに続くかのように観客席から飛び降りて、一目散にレナさんへと突撃していきます。
「レナちゃぁぁぁぁん!! もう、すっごいカッコよかったわ! 加速も風魔法もばっちり使いこなせてたじゃなぁい!!」
「ふぎゅぅ!!」
「ちょっと前までは大神様に笑われながら練習してたのに、もう実戦でも遜色ないくらい強くなっちゃってぇ! お姉さん嬉しい! レナちゃん最高! ぎゅ~~!!」
「し、死ぬ……! 助けて、シルヴィ……!」
「ふ、フローリア様。レナさん疲れてますから、ほどほどに……」
「んん~~! 可愛いわレナちゃん! 可愛くて強くて自慢の子だわ!!」
「あ、なんか段々、気持ち良くなってきた……。お花畑がきれい……」
「フローリア様! レナさん死んじゃいますって!」
なんとかレナさんから引き剥がそうとするも、全く動く気配がありません。ご満悦なフローリア様とは対照的に、レナさんの顔色がどんどん青ざめていきます。
どうにかしないと、と慌ててると、シリア様が溜め息を吐きながら足元に寄ってきました。
『ったく、何をしておるんじゃ。試合でやられるのではなく身内になどと笑えんじゃろ。シルヴィよ、ちと肩を借りるぞ』
シリア様はひょいっと私の肩へ飛び乗り、肩を足場にしてフローリア様の方へと高くジャンプしました。それは先ほどのレナさんの飛び蹴りにも似た様子で――。
『いい加減にせんかド阿呆!!』
「ぷえっ!」
鋭くフローリア様の左頬にシリア様の可愛らしい足が突き刺さったかと思うと、レナさんを手放したフローリア様が凄い回転をしながら吹き飛んでいきました。そのまま地面の上で数度跳ね、やがて観客席とを隔てる壁に激しい衝突音を伴って激突し、完全に動かなくなりました。
とても人間が受けていいような衝撃ではないようにも思えますが、大丈夫なのでしょうか……。
「いったぁぁぁい! ほんっと私には容赦が無いわねシリア!!」
『誰が貴様に加減などするか!』
「えっ、それは私にだけは全力っていう愛情表現!? やだもぉ~、それならそうって先に言いなさいよ~!」
『その緩み切った頭を砕いてやるっ! そこを動くでないぞ!!』
「ちょ、ちょっと危なっ、わきゃああああ!! いたっ、痛い痛い痛い! 神力パンチはダメぇ!」
じゃれ合い(?)を始めたお二人を遠目で見ながら、レナさんの応急手当をします。怪我はありませんが、完全に気を失ってしまっているようです。
「……ではエミリ。お二人には申し訳ないですが、私達は先にご飯にしましょう」
「う、うん」
メイナードを呼び出してレナさんを背中に乗せてもらい、城外へと向かおうとした時、今度は魔法が激突した時に生じる衝撃波と爆音が聞こえてきました。その衝撃を背中で受けながら、以前シリア様のショートケーキの苺をフローリア様が食べてしまったことを思い出しました。
あの時も今回みたいにお二人で大喧嘩になり、私達では歯止めが利かなかったので、遠巻きから家が壊されないことを祈りながら見ているしかありませんでしたっけ……。
そんなことを思い出しながら再び起こる爆音を聞いた私達は、せめて会場が壊されていないことを祈りながらそそくさと会場から撤収するのでした。




