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10話 魔導連合は見逃さない

 メイナードとシリア様が突然どこかを見つめ始め、鋭い声で私の動きを静止します。


『主よ、構えろ。何かが来るぞ』


『念のため結界を構えよ。敵意は無いが得体が知れん』


「ど、どうしたのですか二人とも……?」


 困惑しながらも、言われるがままに防護結界の準備だけはしておきます。こんなに真剣な顔をしている二人は初めて見るかもしれません。二人だけに感じ取れている何かは、余程脅威なのでしょうか……。


 二人が見据える先を同じように見ていると、突如空間に亀裂が入り始めました。

 その亀裂は徐々に広がり、ガラスが割れるような音と共に隙間が生まれ始めます。そして人が通れそうなくらいにその隙間が広がったと思ったら、中から黒いフードを被った人が出てきました。


 全身が真っ黒なローブに覆われていて、男性か女性かも分かりません。フードの奥も影で見えなくなっていて、まるで正体を隠しているかのようにも感じられる見た目です。


 とりあえず、レナさんに初めて会った時みたいに急に襲われたくはないので、結界を張っておきましょうか。


「あぁ、お待ちください。私はあなた様に危害を加えるつもりは一切ございません。どうかご安心頂ければと」


「え……?」


 私の結界の発動を見るや否や、その人は胸に手を添えながら恭しく一礼し始めました。


「お初にお目にかかります、【慈愛の魔女】殿。私は<魔導連合>より、あなた様へ手紙をお届けに上がった次第でございます」


『<魔導連合>じゃと?』


 恐らく声質から男性だと思いますが、フードの方が口にした単語にシリア様が反応されました。そしてそのまま警戒態勢を解いてしまいます。何かご存じなのでしょうか。


「シリア様、<魔導連合>と言うのは一体……?」


『昔、偉大な魔道士が世の均衡を保つべく設立した連合じゃ。魔導士たる者、魔を以て民を救い導く存在であれと大義名分を掲げておった連合でな。一定の力量を持つ魔術師や魔女が名を連ねることにはなっているのじゃが、よもや今も残っておったとはな』


「ふむ? そちらの使い魔は我々について精通されておられるようですな」


 魔女や魔導士の方々なら魔女になりたての私なんかより、シリア様を知っていて当然だと思っていましたが、どうやら猫の姿を取っているシリア様が、偉大なる神祖様ご本人であると気づくことはなかったようです。

 それに加え、シリア様を使い魔呼びするとは気を悪くしてしまうのでは。と思いもしましたが、当のシリア様はつまらなそうに鼻を鳴らし、興味を失ったような反応を示していました。


『妾のことはどうでもよかろう。して、使いのお主はシルヴィに何用じゃ。手紙があるのじゃろう?』


「ええ。【慈愛の魔女】殿宛の手紙がこちらになります、ご確認くださいませ」


「はぁ……」


 差し出された一通の赤い手紙を受け取り、封を開ける前に両面を確認します。

 宛名とかは書かれていませんし、差出人も不明です。恐らく、その<魔導連合>という場所から直接預かっていらっしゃったのでしょう。


 シリア様に開けて大丈夫でしょうかと視線で問いかけ、頷きを以て許可を頂けたので、早速金の封を切って中を確認します。


『【慈愛の魔女】シルヴィ様


 はじめてお便りを差し上げます。ご無礼のほど、何卒ご容赦ください。


 早速ではございますが、<魔導連合>は春季連合議会を開催致しますことをここにご通知いたします。つきましては、本議会に【慈愛の魔女】シルヴィ様もご出席いただけますようお願い申し上げます。

 なお、本議会にはご家族の同伴も可能となっております。以下日程をご確認の上、ご出席くださいませ。』


「春季、連合議会……?」


「左様でございます。この度、新たに魔女を襲名されたシルヴィ殿におかれまして、ぜひ<魔導連合>にお越しいただき、お顔合わせ願いたいとの旨を預かっております」


 日程もその下に書かれていますが、概ね議会というものへの招待状のようです。ですが、何故私のことをこの<魔導連合>という組織は知っているのでしょうか。それに、議会にお呼ばれするような発言権や知識も持ち合わせていないので、なおさら謎が深まるばかりです。

 抱き抱えながら一緒に読んでいたシリア様も疑問に感じていたようで、手紙の内容について考え込まれています。


 そんな私達に構わず、フードの男性はもう一通同じ手紙を取り出し、手渡してきました。


「こちらに住まわれております【桜花の魔女】レナ殿にも、こちらの招待状をお渡しいただけますでしょうか」


「レナさんもですか?」


「はい。この度ご招待差し上げるのは、新たに魔女となられたお二人となります。文面にも記載がございますが、ご家族の方も同伴が可能となりますので、共にご出席願えればと」


 レナさんは【桜花の魔女】と呼ばれていたのですね……ではなく、何故新米魔女の私達を議会なんて場所に呼ぶ必要があるのでしょうか。ますます疑問に感じてしまいます。


「それでは、私はこれにて失礼させていただきます。当日、改めてお迎えに上がります」


「え、は、はい……」


 最早行くことが決定事項のようにも感じましたが、断るにも明確な理由が無かったため、再び空間を割って消える男性を見送ることしかできませんでした。


『ふーむ……。面倒なことになったのぅ』


「シリア様、やはりこれは何か良くないことなのでしょうか」


『妾が在籍していた頃の話じゃが……。一端の魔女が議会に呼ばれるということは、即ち魔女としての審議を掛けられることと同義であった。いたずらに魔法を行使し、人に害を成した者。技量もなく魔女を名乗り、人を謀った者。要は魔導の心得に反した者を裁く場のようなものじゃな』


「ええと、つまりはその……。私が魔女を名乗っていることがバレて、裁かれる運びになっているということでしょうか……」


『分からん。じゃが、事によってはそうなるやも知れぬ。先の奴を見るからに、妾が現界していることなど連合には知られておらぬようでもある。ということは、じゃ。“神祖が現界している”点と“神祖に魔女として認められた”という点を、果たしてどこまで証明できるかが要となりそうじゃな』


 シリア様の証明自体は、恐らく当時のご自身しか知らない情報であったり、それこそ二千年前の魔法を使って見せることで証明にはなるのでしょう。

 ですが、私の証明はどうなるのでしょうか。今の私が使える魔法は治癒と守護、そして不確実な召喚術と生活魔法程度。これらでどうやって神祖であるシリア様に認められた、と示すことができるのでしょうか……。


 思わぬところで高すぎるハードルがそびえ立っていたことに、絶望感に打ちひしがれます。

 改めて考えなくても、シリア様は【魔を統べる女神】であり、神祖様。それは本人が認めたとしても、崇拝する周囲の魔女や魔導士の方が同じように認めるとは限らないのです。


 どんよりと重い空気に包まれ始めた私のもとに、場違いに明るい声が聞こえてきました。


「は~、いいお湯だったわぁ。美少女と入るお風呂は最っ高よね~!」


「もう慣れたけど、フローリアはもう少しあたしに遠慮してよ……。体の隅々まで洗われるの、結構恥ずかしいのよ……」


「えぇ~? いいじゃない、レナちゃん十歳の可愛い女の子なのよ~? お姉ちゃんにしっかり洗ってもらっててもおかしくないわよ~」


「あたしは二十四なの! 見た目は子ども、中身は大人! あっ、これ某名探偵みたいじゃない? 歩く死神小学生って感じ!」


「私に言われても地球の文化わかんないし……。地球の学生はそんな物騒なの?」


「漫画よ漫画! 実際にそんな小学生いたらやばいでしょ――ってあれ、どうしたのシルヴィ? 顔が死んでるけど。シリアもなんか考え事?」


「あ、レナさんとフローリア様。実は先ほど<魔導連合>の方がいらっしゃってまして、この手紙を私とレナさんにと……」


 手紙を受け取ったレナさんは躊躇いなく中を開け、一通り目を通した後首を傾げました。


「議会って何? あたしどこか政党入ってたっけ? っていうかあたし【桜花の魔女】って二つ名ついてたんだ!?」


「おしゃれで良いわね、【桜花の魔女】って! レナちゃんとシルヴィちゃんが戦ってたところ、誰か見てたのかしら?」


「さぁ? で、何でこれあたしとシルヴィ呼ばれてるの?」


 私はシリア様と考えていた内容について、レナさん達にそのまま伝えました。

 するとレナさんは、何故か笑い始めてしまいました。


「そんなのあたしの方がやばいでしょ! シルヴィはシリアに認められた魔女だってことを証明すればいいけど、あたしなんてまず神様の証明から入るのよ? 無理でしょ! どんなシュレディンガーの神様よ!」


 そういえばそうでした。存在の証明すらできそうにない神様に認められたなど、よっぽどレナさんの方がハードルが高すぎます。最早ハードルというより、頂点の見えない壁にも感じられますが。


「う~ん、よく分からないけど行ってみたらいいんじゃないかしら? 少なくとも顔合わせがしたいってことなんだから、いきなり襲われたり殺されたりーってことは無いと思うし」


「あたしもそう思う。それに、単純に魔女ってこういうこともするから覚えててねーっていう話し合いなだけかもしれないじゃない? 招待って言うくらいだし、行く前から警戒しても疲れそう」


 す、凄くポジティブです……。いえ、逆に私が考えすぎなのでしょうか。

 確かに、議会や<魔導連合>なんて堅苦しい言葉ではありますが、文章は柔らかいものでしたし、フードの男性も私を丁重に扱ってくださっているようにも感じられました。そう考えると、好意的なものとも受け取れるようにも思えます。


 シリア様は二人の発言を聞いて、呆れたように息を吐きました。


『お主らは楽観的すぎる。じゃが、逆にシルヴィは悲観的すぎる。お主らを合わせて半分にすれば丁度良いんじゃがのぅ』


「えっ!? レナちゃんとシルヴィちゃんの子どもがどうですって!?」


『やかましい! 貴様はどうして思考がピンクなのじゃ!!』


「やぁん! だって今、シリアがそう言ったじゃない!」


『言っとらんわ! ったく……。ともあれ、妾も行くことには賛成じゃ。ここで断ろうものなら逆に訝しまれ、変に尾ひれがつく恐れもある。ならばまずは、現地で連合の真意を探るのが賢明じゃろう』


「分かりました。では、手紙に書いてあった日程までに気持ちの準備をしておかないとですね」


 幸い、書いてあった議会の日までは、あと二週間ほどあります。

 今の内からできることを増やして、最善を尽くせるように頑張りましょう……!

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