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29話 魔女様はスイカ割りを楽しむ

 ひとしきりドルフィンスイミングを楽しんだ私達は、休憩がてらスイカ割りを楽しむことにしました。

 目を薄手のタオルで覆い、自分の半身ほどの長さはありそうな棍棒を手に、ふらふらと砂浜を進んでいる挑戦者はスピカさんです。


「スピカー! もっと右よ! あぁ、違う違う! そっちは左ー!!」


「スピカちゃ~ん! レナちゃん嘘吐いてるわよ~! そのまままっすぐ~!」


「ちょっ、変なこと言わないでよフローリア! ホントに右だってばぁ!」


「うふふっ! 右に百十度、小幅で十二歩ですわよ!」


「いや、目隠ししてるのにそんな正確に分かる訳ないでしょ!?」


『くふふっ! 見よ、存外分かっておるようじゃぞ?』


 レナさんが嘘でしょと驚愕しながらスピカさんの様子を見ると、確かにレオノーラが指示した通りにスイカのある方へとゆっくり進んでいっていました。

 やがて、スイカの手前まで辿り着いた彼女は、顔をこちらへ向けて最終確認を取ります。


「ここで大丈夫だろうか!?」


「ばっちりよ! 思いっきり振り下ろしちゃって!」


 スピカさんは大きく頷くと、棍棒を頭上へ持ちあげ。


「せええええええいっ!!」


 渾身の力を込めてスイカへと棍棒を振り下ろします。

 しかし――。


「「えっ!?」」


 私とレナさん、そしてエミリとペルラさんの驚愕の声が綺麗に重なりました。

 それは振り下ろした本人も驚きを隠せず。


「む……!?」


 叩いた場所を、目隠しを外しながら確認します。

 そこには割られたスイカの姿は無く、やや強めに叩かれた事によって少し窪みが出来ている砂浜しかありません。


「レナ殿! レオノーラ殿! 私は角度を間違えた……の……か…………?」


 勢いよく振り返るスピカさんの言葉は尻すぼみになっていきました。それもそのはずです。

 レオノーラとシリア様、フローリア様がお腹を抱えながら笑っている横で、涼しい顔をしながらも小さく微笑んでいるエルフォニアさんの手には、彼女が割るはずだったのスイカがあるのですから。


「シリア様に頼まれて意地悪させてもらったわ」


「……エルフォニア殿。それはずるいのでは無いか?」


『くははっ! ずるくなどは無い。お主がしれっと精霊の力を用いて角度を測ったのが悪いのじゃからな!』


「バレてはいないと思っていたが、やはり気づかれてしまったか」


『妾を誰だと思っておる。如何に微力とはいえ、妾の目は欺けんぞ?』


 意地悪く言うシリア様に、やれやれと言った表情で笑い返すスピカさん。どうやらスピカさんは、精霊の力を使ったズルをしていたようでした。

 少し悔しそうなスピカさんに苦笑していた私へ、レオノーラがタオルと棍棒を手渡してきました。


「さぁ、次はシルヴィの番ですわ! 楽しませてくださいませ?」


 ……私もやらないといけないのですね。





「どこへ向かっておりますのー!? ふらふらなさらず、しゃんとしてくださいませ!?」


「そ、そんなこと、言われましても!」


 レオノーラの言葉に、ふらつく体を必死に抑えようとしながら返しますが、ゲーム開始前にフローリア様によってぐるぐると回された体では安定を保てません。


『シルヴィ! 体をやや左へ向け、八歩進むのじゃ!』


 タオルで覆われた真っ暗な視界で、シリア様の言葉に従って体を左へと向け、ふらふらと歩を進ませます。しかし、まだ三半規管が正常に働いていないせいで真っ直ぐ進めず、右へ左へと体がぶれてしまいました。


「あっははは! シルヴィ踏ん張ってよ~!」


「シルヴィちゃん! 頑張って~!」


 ペルラさんとレナさんの声を聞きながら、慎重にスイカがあるらしい場所へと近寄り。


「こ、ここで合っていますか!?」


「全然違うぞ魔女殿! もっと右だ!」


「いいえシルヴィ! そのまま振り下ろしてくださいませ!!」


「うふふっ! シルヴィちゃん、二歩下がって右よ~!」


 もう、どれを信じたらいいのですか!?

 動いていいのか、このまま振り下ろすべきなのか分からずおろおろする私へ、珍しく声を上げたエルフォニアさんの指示が聞こえてきました。


「三歩下がって左に九十度よ」


 ……エルフォニアさんのことです。きっと嘘を言えるような人ではありません。

 私は彼女を信じ、すり足で三歩下がって足を直角に開き、角度を調整した私は棍棒を振り上げ――。


「やあああああああっ!」





 私は半泣きになりながら、塩味の染みたスイカを一口齧りました。

 横で励ましてくれているペルラさんとレナさんには申し訳ありませんが、しばらく立ち直れそうにありません。


「そこまで凹まなくてもいいじゃない。私だって嘘くらい吐くわよ」


「信じていましたのに……酷いですエルフォニアさん」


『くくく……! これは信用を失ったな、エルフォニアよ!』


 エルフォニアさんを信じた私は、全く関係ない場所で棍棒を振り下ろし、全員に笑われる結末を迎えました。その後交代したフローリア様によってあっさりとスイカは割られ、こうしてスイカを皆で食べているのですが、信じていた分裏切られた気持ちが勝ってしまいます……。


「まぁまぁシルヴィちゃん。でもこれで、誰を信じるべきかはよ~く分かったもんね~?」


「そうですね……。フローリア様を信じるべきでした」


 後ろからフローリア様に抱き付かれ、唯一正解を述べていたフローリア様にそう返すと、彼女は嬉しそうに私に頬擦りしながらひょいっと私を持ち上げました。


「でしょでしょ!? よぉし、それじゃあ私を信じて崇めるとどんな良いことがあるか、い~っぱい教えてあげるわね!」


「え、あの、フローリア様!? どちらへ……!?」


「うふふっ、誰もいないお部屋♪」


 ぺろりと舌を出していたずらっ子のようにウィンクを飛ばすフローリア様に、私は少し恐怖を覚えます。

 私を腕に抱えたまま、ルンルンと機嫌よくスキップを踏みながら宿へと向かう彼女から逃れようと、私はレナさんに叫びました。


「レナさん! レナさん!! こういうのはレナさんの役割のはずですよね!? 助けてくださいレナさーん!!」


「あっはははは! たまには楽しんでおいでー!」


「レナさん!? ま、待ってくださいフローリア様! 信じなかったことは謝ります! 謝りますから!!」


「さぁシルヴィちゃん! 今日は寝かさないわよ~! 部屋も誰も入れなくしちゃうから、い~っぱい良い声を聞かせてね♪」


「シリア様! 笑ってないで助けてくだ――え、どちらへ行かれるのですか!? 置いて行かないでください! シリア様! シリア様あああああああ!!!」

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