26話 異世界人は運が悪い
「何でなのよおおおおおお!!!」
マジックウィンドウ越しに、レナさんの悲痛な叫びが私の元まで聞こえてきました。
これで何度目とも分からない程悲鳴を上げ続けているレナさんに、私を含めプレイヤーの全員が同情の顔を浮かべています。
私の肩の上に体重を預けているシリア様も、流石に不憫に思われているようで、やれやれと額に前足を当てながら深く息を吐きました。
『……妾は盤面のマスには何も細工はしとらんのじゃが、何故あ奴は、ことごとく悪いマスを踏み抜くのじゃ』
改めてレナさんのウィンドウへと視線を移すと、彼女はゲーム内でのお金となる紙幣を足元にばら撒きながらぺたんと座り込んでしまっています。そしてばら撒かれたお金を、ジャケットを着こんでいる二足歩行の可愛らしい黒猫がせっせと拾い集めては、無情にも持ち去ってしまいました。
彼女が今回止まってしまったマスは、“行商に失敗した。損失の補填として四十万ニャンズを支払う”でした。今回の支払いでレナさんのお金が完全に底を尽き、これ以上支払いマスに止まってしまった場合は借金となってしまう状況です。
そんな彼女を笑う声が聞こえ、別のウィンドウを見ると。
「レナちゃんどんま~い! レナちゃんの分まで私がお金持ちになるからね!」
「うっふふふ! とことん運がありませんのねレナ! 高みで待ってますわ!」
圧倒的なリードでトップ争いをしているフローリア様とレオノーラが、レナさんを煽るかのような声援を送っていました。そんな声を掛けられてレナさんが黙っていられる訳もなく。
「うっさいわよ! あんた達も転落しろー!!」
と、涙目ながらに吠えていました。
視界の端で、改めて現在の順位を確認します。現時点での順位は上から、フローリア様、レオノーラ、エルフォニアさん、スピカさん、私、ペルラさん、レナさんとなっており、エルフォニアさんからペルラさんまではほぼ団子状態で抜いたり抜かれたりを繰り返しています。
レナさんの様子に私達が苦笑していると、私の手番が来たことを知らせる表示が頭上に現れました。それと同時に、腕で抱えるサイズの大きなサイコロがポンっと私の目の前に出現します。
サイコロを拾い上げ、思い切り放り投げます。地面を数回バウンドしながらサイコロは転がり、私に示された目は五でした。
出目に従ってマスを進み、地面に書かれていた指示内容を読み上げます。
「ええと……“現在トップのプレイヤーは、最下位のプレイヤーへ資産の八割を譲渡する”。と、言うことは」
「あたしとフローリアだわ!! ざまぁみなさい! あたしをバカにするからよフローリア!!」
「えぇ~!? シルヴィちゃんのいじわる~!!」
フローリア様のもとへ現れた先ほどの黒猫が、容赦なく彼女からお金をぶんどって笑顔で手を振ると一瞬で姿を消しました。続けて同じ猫がレナさんの元へ現れ、お金の束をドドンとレナさんの目の前に積み上げました。
「ニャー!」
「ありがとう猫ちゃん! 大好き! 愛してる!!」
「ギニャアアアアアッ!!」
「いった!? 引っ搔かなくてもいいじゃない!」
レナさんに熱い抱擁を受けた黒猫は必死の抵抗で彼女から抜け出し、今度は瞬間移動ではなく全速力で走って逃げていきました。余程嫌だったのでしょうか……。
少しだけしょげていたレナさんでしたが、それよりもお金が増えたことが嬉しかったらしく、頬を緩ませながら「えへへ~。お金よお金、これで大金持ちだわ」と呟いていました。
『あ奴、まさかとは思うが異世界で金に困っておったのでは無かろうな……』
「どうでしょう……。そう言えば以前、レナさんから異世界の生活を軽く聞かせて頂いた時も思う所はあったようですし、やはり心労の多い暮らしだったのでしょうか」
『うーむ。毎日それなりに楽しそうにはしておったし、こっちでの生活にもフローリアを除けば不満は感じていなかったようにも見えたのじゃが、もしかしたら疲れておったのやも知れぬな。今度労ってやるとするかの』
シリア様はそう述べると、『またあ奴の世界の料理を振舞ってやれ』と優しい顔をしながら私へ続けました。シリア様へ頷いて微笑み返すと、次の手番であったレオノーラが指示マスの内容を読み上げます。
「えーと? “名前が二文字のプレイヤーは、現在いるマスから十マス戻る”。二文字の方って誰かいまして?」
私は参加しているプレイヤーの名前を思い浮かべます。私、フローリア様、レオノーラ、エルフォニアさん、ペルラさん、スピカさん、そして――。
「な、何であたしだけなのよおおおおおお!!!」
該当者であるレナさんは抗議の声を上げながら、先ほどの黒猫にずるずると引きずられて行きました。
結局、お金を八割失ったはずのフローリア様が再び頂点に返り咲いた状態でゲームが終了しました。途中何度かレナさんの順位が浮上したものの、本当に神様に嫌われているのかと不安になるくらいことごとく悪い目を踏み抜き続け、六位に大きく離されてゴールとなり。
「あたし、神様にケンカ売るようなことしてないのに……」
ゲーム終了後もしばらく凹み続けてしまっていました。
都度意図せずに妨害をし続けていたフローリア様が慰め、その間にスピカさんとペルラさんがオセロを始めたため、私はレオノーラに連れられておやつを取りに行くことになりました。




