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3-4 むしろこっちが知りたいです

 年の割には若々しく、元気な、それでもどこにでもいるような年老いた女性。

 それが、祖母イネに対する賢人の印象だった。

 少し前までは。


 つい先日、ひょんなことから異世界を訪れた彼だが、なぜか祖母に持たされた防災バッグだけは持ち込むことができた。

 そして彼女が着ていくようにと念を押した祖父の形見のスーツは、とんでもない防御力を誇っていた。

 防災バッグのアイテムと形見のスーツに、彼は何度も助けられた。


 ただ空き地を見に行くだけ、という賢人が、まるで異世界へ行くことを見越していたかのような行動、そして言動だった。


 石岡イネとは何者か?


 その答えは、賢人こそ知りたかった。

 だからこそ本人に話を聞くべく戻ってきたのだが、折悪しく祖母は旅行に出かけ、連絡を取るのも困難だという。

 こうなるとその旅行すら、賢人からの質問を避けるために準備していたのではないかとの疑いすら浮かび上がってくる。

 本当に、祖母はいったい何者なのだろう?

 そしてなにをどこまで知っているのだろうか?


「ふふっ、すまない。いきなりそんなことを聞かれても困るよな」


 祖母の正体について考えを巡らせていた賢人が、自身の質問に答えあぐねていると見たのか、美子はそう言って表情を緩めた。


「そうだな、では順を追って聞いていくが……賢人くんはお祖母(ばあ)さまの、たとえば兄弟や姉妹に会ったことはあるかね?」

「ばあちゃんの?」


 祖父の存命中、盆と正月にはそれなりに親族が集まっていた。

 物心ついたときには曾祖父、曾祖母はおらず、祖父の兄弟姉妹である大叔母や大叔父は何度か見たことがあった。

 また、母方の祖父母とその親類にも見覚えはある。

 ただ、祖母イネの親類といえば、自分たちだけだったように思う。


「そういや、見たことないですね」

「そうか。ではお祖母さまの出身は?」

「えっと……」

「ちなみに現在の本籍はこの家だ。賢人くんはお祖母さまがここへ嫁いでくる前、どこに住んでいたかは知っているかい?」

「いえ、その……聞いたことはないですね……」

「ではお祖父(じい)さま、石岡(とう)(きち)さんとの馴れ初めはどうかな?」

「馴れ初め……」


 祖父母本人たちからそういう話を聞いたことはない。

 ただ、近所の人たちが話していたのをなんとなく耳にしたことがあった。


『藤吉っつあんがイネさん連れてきたときゃあびっくりしたもんよ。どえれぇ美人さんをひっかけてきよったぞ、てなぁ』


 お見合い結婚こそ正道、恋愛結婚は邪道、という意識が当たり前だった時代なので、当時はかなり話題になったのだろう。


「なるほど、縁もゆかりもないただひとりの女性と結婚したわけか。当時としては珍しいな」


 賢人の説明を聞いて美子は曖昧な表情を浮かべながらも何度かうなずいた。

 ただ、賢人からすれば彼女がなにを言いたいのか、なにを知りたいのかがわからない。

 そして彼女の質問をもとに過去を思い出したことで、祖母のことがより一層わからなくなってしまう。


「あの、さっきからなんなんですか? ばあちゃんの親族とか、じいちゃんとの馴れ初めとかが、事件と関係あるんですか?」


 そもそも例の事件が起こったのは中華料理店であり、賢人はたまたまその上階のオフィスに勤めていただけである。

 まして祖母は遠く離れた故郷におり、なにかしらかかわっているとは到底思えなかった。


「関係があるかどうかはわからない。ただ、気になる人物がいるから調べているのだよ」

「ばあちゃんの、なにが気になるんですか?」


 いまとなってはなにもかもが気になる。

 自身のなかにあるその思いをよそに、賢人は美子に問いかけた。


「何者であるかがわからない。そのことが気になるな」


 彼女の言うとおりである。

 祖母が何者であるのかをだれよりも知りたいのは、賢人自身かもしれない。

 もしかすると美子の疑問を解いていくことで、祖母の正体に近づける可能性があるのでは、と思った賢人は、彼女の話を聞くことにした。


「この国に住むだれかが何者であるか。それは戸籍を見ればある程度わかることだ」

「戸籍、ですか」

「ああ。戸籍を見れば、その人物が誰を親に持ち、どういう兄弟がいるのか、結婚したか、子供はいるか、どこに住んでいるのか、どこから来たのか、そういったことがわかる。そして戸籍を遡れば、明治くらいまでの系譜はわりと簡単に辿ることが可能だ」


 美子はそこで言葉を句切ると、タバコを1本取り出して火をつけた。


「そこで我々はこの手の事件が発生した場合、まずは関係者全員の戸籍を調べるのだよ。なにか怪しい人物はいないか、とね」

「いや、怪しいって……」

「ああ、ここで言う怪しいとは、犯罪的なアレではないから安心してくれたまえ。ではなにがどう怪しいかと問われても、どう答えたものか難しくはあるがね」


 とにかく、美子は祖母イネの戸籍を見て、怪しいと感じたようだった。


「ばあちゃんの戸籍、なにかおかしいことでもあったんですか?」

「ああ。戸籍を見る限り、イネさんは突然この地に現れ、君のお祖父さまと結婚したことになる」

「えっ?」

「……というのはまぁ言い過ぎだが、とにかくイネさんの戸籍には彼女の親兄弟、それにこちらに嫁ぐ以前の住所など、そういった情報がいっさい記載されていないのだよ」

「ああ……なるほど」

「いまよりも情報管理が()(さん)だった時代でもあるから、記載漏れなどももちろん考えられるわけだが、他ならぬ賢人くんのお祖母さまだしな。せっかくだから調べてみようとこうしておしかけたわけだ」


 美子はそう言っていたずらっぽい笑みを浮かべた。


「はは……そうですか」


 たまたま戸籍の記載が少ない人物がいて、それがたまたま知り合いの祖母だった。

 だから、とりあえず調べに来た。

 どうやら彼女が祖母の調査を開始したことについては、それほど深刻に考える必要はなさそうだった。


「できればイネさん本人から話を聞きたかったが、いないのなら仕方がない。当分連絡もつかないようだし」

「一応旅行代理店経由で連絡はできるみたいですけどね。警察だと言えば、繋いでくれるんじゃないですか?」

「いや、楽しい旅行を邪魔してまで、話を聞こうとは思わんよ」

「そうですか」


 つまり、祖母の件についてはそこまで真剣に調べるほどのことでもない、と彼女は思っているようだった。

 わざわざ遠く離れた田舎に足を運んでおきながらおかしな人だ、と思いつつも、そんな彼女の態度に賢人はひと安心する。

 そういうことなら、明日にでも帰るのだろう。

 祖母もいないことだし、祖父のスーツがクリーニングから返ってきたら異世界に戻ろうと、賢人は考えたのだが……。


「では賢人くん、過去帳を見せてもらおうか」


 どうやら彼女の調査はまだ続くようだった。

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