2-11 事情を詳しく話しました
副題をとりました。
スッキリ!
賢人が戻ってルーシーと合流したあと、30分ほど休憩をして帰路についた。
行きに比べて帰りの道中は会話が少なかったが、それでも連携に支障を来すほどではなく、ふたりは危なげなく戦闘をこなしていく。
「あ、レベルが……」
あと少しで森を抜けるというところで、ルーシーのレベルが上がり、25になった。
ルーシーのレベルが上がったら、ギルドへ能力値の上昇を報告すると決めていたふたりだったが、先に宿へ戻った。
先に話を済ませておいたほうがいいだろうと判断したからだ。
少し日は傾き始めたがまだ充分明るい時間なので、話を終えてからギルドに言っても問題ないだろう。
もし話が長引くようなら、ギルドへ行くのは明日に回してもかまわない。
「じゃ、またあとで」
「おう」
宿で少し早めの夕食をとったあと、いったん別れてそれぞれの部屋へ。
賢人は先に浄化施設で身体や服装の汚れを落として部屋に入った。
部屋に一脚しかない備え付けの椅子に身を預け、胸のポケットに手を伸ばす。
「ふぅー……」
ミントパイプを吸って、心を落ち着ける。
10分ほどで、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼するわね」
部屋に入ったルーシーは、賢人に向かい合うようなかたちで、ベッドに腰掛けた。
「最初に会ったとき、俺は記憶喪失だと言ったよな?」
「ええ」
正確には、ルーシーが賢人の記憶喪失を疑ったので、それに乗っただけなのだが、大差はないだろう。
「あれは嘘だ」
「そっか」
ルーシーに、驚いた様子はない。
なんとなく察していたのだろう。
「ルーシー、異世界って、わかるか?」
「異世界?」
「そう。いま俺たちがいるこの世界とは、まったく別の世界のことなんだけど」
そう言われてしばらく賢人を見つめていたルーシーは、小さく首を傾げた。
「それって、どこか遠くの世界ってこと?」
「どこか遠くの……いや、そうじゃないな」
ルーシーの言う遠くの世界とは、遠く離れた場所、あるいは文化が大きくことなる地域、という意味だろう。
それは、異世界ではない。
「この世界の果てよりも、さらに遠い……というか、外側にあるというか……」
「んー、よくわかんないけど、ケントはすっごく遠くから来たってこと?」
「いや、遠いは遠いんだけど、そうじゃないっていうか……なんと言えばいいのかな……」
そこで賢人は、自分たちの世界には魔物がいないこと、魔法や加護が存在しないことなどを説明したが、結局ルーシーには異世界という概念を理解してもらえなかった。
「まぁ、いいか。とにかく、ここではない遠い場所から来たってことで」
「うん、ごめんね。あたし、あんまり頭よくないから」
「いや、こんな荒唐無稽な話を信じろってほうがどうかしてるからな。こうやってちゃんと聞いてもらえるだけでありがたいよ」
「そりゃ、あたしはパーティーメンバーだからね。ケントの言うことならなんでも信じるよ」
「……ありがとう」
なんでも信じるというのもそれはそれで問題がありそうだとは思いながらも、賢人はその言葉が嬉しかったので素直に礼を述べた。
「それで、俺がなんでこの世界に来たのか……あの日、ルーシーと初めて会った日になにがあったのかって話なんだけど」
賢人はこれまでの経緯を話した。
あちらの世界で見覚えのない土地に行き、短筒を手にしたらこちらの世界に来ていたこと。
それからルーシーに会ったこと。
HPが回復する水やようかんは、あちらの世界のものであること。
ただ、一方の世界のものは、一部を除いて他方の世界へ持ち込めないこと。
そして先ほど、例の広場から元の世界に帰れることなどを。
「そっか……じゃああのときケントは、故郷に帰ってたんだね」
「そういうことになるな。加護板を持って行けなかったから、光点が消えたんだと思う」
「そうなんだ……」
ルーシーが、力なく呟く。
賢人を見る目が、どこか寂しそうだった。
「それで、ケントはこれからどうするの?」
「これから?」
質問の意図が見えず首を傾げる賢人に、ルーシーは苦笑を漏らす。
「ルーシー?」
口元に笑みを浮かべた彼女が、今にも泣き出しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「ケントはさ、故郷に帰れるんだよね?」
「まぁ、そうだな」
「魔物のいない安全な場所で、生きていけるってことでしょ?」
「あ……」
そこまで言わて、ルーシーの言わんとするところを理解する。
「だったら、冒険者なんて危険なこと、やらなくていいんじゃない?」
「それは……」
賢人は意図せず異世界に飛ばされた。
冒険者になったのは、ルーシーと出会ったからだ。
右も左もわからないなか、彼女の案内がなければまともに生活はできなかっただろう。
ただ、別の出会いがなければ、別の道に進んでいた可能性もある。
あるいは誰とも出会わず、例の広場に戻って元の世界に帰っていた、ということもあったのではないか。
「あたしはさ、他にできることがないから冒険者を続けるしかないんだけど、ケントはそうじゃないよね? だったら無理に続ける必要は、ないんじゃないかな」
「ルーシー……」
ルーシーにとって、賢人は特別な存在だ。
長年停滞していた彼女の能力値を上げられるのは、彼だけなのだから。
彼女が冒険者を続けるのなら、賢人とともにあるほうがいいに決まっている。
それなのに、ルーシーは賢人の身を案じ、安全な生活に戻るよう促した。
賢人には彼女のその心遣いが嬉しくもあり、同時に寂しくもあった。
「俺はルーシーと出会ったから、冒険者になったんだ」
「……ごめんなさい」
自分の事情に巻き込んでしまった。
そう捉えてうつむきがちに謝るルーシーに、賢人は小さく首を横に振る。
「俺はこの世界に来て初めて出会った人がルーシーでよかったと思ってるし、冒険者になったことも後悔はしてないよ」
「ケント……」
賢人の言葉に、嬉しそうに顔を上げたルーシーだったが、すぐに表情が曇る。
「でも、ケントはまだ、冒険者としてあんまり苦労してないから」
「それは、そうかもしれないな」
冒険者になって2日目、活動を始めたという意味では今日が初日と言っていい。
ルーシーのおかげで楽に戦闘をこなし、森を往復しただけの1日は、ちょっとしたイベントのようだった。
これだけで、冒険者生活を経験したとは言えないだろう。
「でも、今日は楽しかった。ルーシーと一緒に森を歩いたり、魔物と戦ったりするのは、すごく楽しかったんだ」
「それは、あたしだって楽しかったよ。でも、冒険者の活動なんて、楽しいことばっかりじゃないのよ」
「そうかもしれないけど、苦しいことだってルーシーとなら乗り越えられるんじゃないかな。初心者の甘い認識かもしれないけど」
故郷に帰れば、安全な日常が待っている。
仕事も、そのうち決まるだろう。
もしかしたらいい出会いがあって、結婚したり、子供ができたり、そういった幸福な生活が待っているかも知れない。
でも、そんな生活よりも、ルーシーとの冒険に、賢人は心を惹かれていた。
「だから俺は、これからもルーシーと一緒に冒険者を続けたいと思ってるんだけど、ルーシーはどうかな?」
賢人を見つめるルーシーは、困ったように眉を下げていた。
それでも、表情は先ほどまでよりずっと明るくなっている。
「あたしだって、ケントと一緒に冒険したいよ」
彼女はそう言うと、相変わらず困ったような表情だったが、口元に小さな笑みを浮かべた。
「でも、ほんとにいいの?」
「うーん、そうだな……今日楽しかったからこれからも楽しいんじゃないか。苦労することがあっても、なんとかなるんじゃないか。そんな軽い気持ちなんだけど、だめかな?」
賢人が問いかけると、ルーシーはきょとんとしたあと、今度は心底おかしそうに笑った。
「あははっ、いいんじゃない? 冒険者なんて、大抵そんなもんだよ」
「そっか。じゃあこれからもよろしく」
賢人がそう言って手を差し出すと、ルーシーはためらうことなくその手を握った。
「ええ、よろしく……って、これ何回目よ?」
「さぁ、何回目だったかな?」
そうしてふたりは手をつないだまま、くすくすと笑い合うのだった。
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