2-10 とても心配をかけてしまったようです
大変長らくお待たせしました…!
アイテムボックスからコボルトの牙を取り出した賢人は、念のため元に戻してみた。
「うん、問題ないな」
収納物の出し入れは、日本でも問題なく行えるようだ。
ならば今度はこちらの世界のものを収納できないかと試してみる。
「スマホは、だめか」
アイテムボックスの消費スロットは、収納物の大きさや重量だけでなく、その物が持つ価値も大きくかかわってくる。
どうやらスマートフォンは価値の高い物として判断されたようだ。
今日、ここに来るまでにレベルはふたつ上がり、賢人はレベル5になっていた。
つまり、アイテムボックスのスロット数も5ということになるので、スマートフォンの消費スロット数は5よりも大きいことがわかる。
「他の物はどうかな?」
自動車のドアを開けた賢人は、とりあえずエンジンを切り、ダッシュボードを開け、中にあったボールペンを手に取った。
「さて、どうなるか……」
手にしたボールペンの収納を試みる。
「おおっ……!」
見事、ボールペンを収納できた。
消費スロット数は2だった。
他にもメモ帳やポケットティッシュは、それぞれ消費スロット1で収納できたが、自動車のキーは無理だった。
自動車と連動しての価値を判断されたのか、あるいはスマートキーだからそれなりの価値を見いだされたのかはわからないが、なんにせよキーだけを持っても意味はないので、その場に置いておくことにした。
数日エンジンをかけたままにしていても無事だったので、盗まれる心配はないだろう。
「さて……」
できれば一度実家に帰っておきたい。
祖母から、詳しい話を聞いてみたい。
だが、あちらの世界ではおそらくルーシーが賢人の帰りを待っている。
能力値が上がったとはいえ、あそこは森の深い部分であり、強い魔物がいつ出てもおかしくないところだ。
そんな場所に、彼女ひとりを置いておくわけにはいかない。
「戻ろう」
石柱のある場所に戻った賢人は、短筒を手に取った。
すると視界が光に包まれ、ほどなく景色が変わる。
それは賢人が最初と、そしてついさっき訪れた異世界の森だった。
「やっぱりこいつが鍵か」
手にした短筒に視線を落とし、呟く。
なんとなくわかっていたことではあるが、この短筒が故郷と異世界とを行き来するための鍵であるようだ。
「おっと、こいつは拾っておかないとな」
賢人は足下に落ちていた加護板を拾う。
「ん、なんだこりゃ?」
拾った加護板は表面がチカチカと明滅していた。
「あー……」
そこでなにかに思い至った賢人は、額に手を当て、情けない声を漏らす。
加護板を見ると、合わせておいたタイマーがゼロになっていた。
5分経っても賢人が戻らなければ帰るようにとルーシーに言っていたのだ。
あちらでいろいろやっているうちに思ったよりも時間が過ぎていたが、腕時計を見る限り10分もは経っていない。
「ルーシーは……よかった、まだいるな」
マップを見ると、ルーシーの存在を示す光点は広場の入り口に留まっていた。
彼女は帰らずに待ってくれていたようだ。
「早く、戻らないとな」
加護板を収納した賢人は、小走りに広場の外へ向かう。
そして景色が変わり、ルーシーが姿を現した。
「ケント!!」
賢人を確認するなり彼女は駆け寄り、抱きついてきた。
「ルーシー?」
「よかった、ケント……無事だった……!」
どうやらかなり心配をかけてしまったようだ。
それはそうだろう、約束の時間を破ってしまったのだから。
「ごめん、心配かけて」
ルーシーは賢人の胸に顔をうずめたまま、小さく首を横に振る。
「いいの……あなたが無事なら……」
抱きついたままの彼女が、くぐもった声でそう告げる。
賢人をきつく抱きしめるルーシーは、小さく震えていた。
そんな彼女の肩に、手を置く。
「はは、ちょっと大げさ過ぎやしないかな」
こうして心配してくれることは嬉しいが、照れくさくもある。
照れ隠しのように言った賢人に対して、ルーシーは顔を上げ、鋭い視線を彼に向けた。
「大げさなんかじゃないっ!」
「ルーシー?」
賢人を見つめるルーシーの目が、揺れている。
「ケントの光が、消えてたのよ!?」
「……っ!」
ルーシーの言葉に、賢人は息を呑んだ。
パーティーメンバーの存在を示す光点が消える条件は主に3つ。
ひとつは加護板の所持者本人が隠蔽を望んだ場合。
いくらパーティーメンバーとはいえ、四六時中居場所を補足されるのは窮屈なので、本人の意思で光点を消すことができる。
ふたつめは加護板と所持者との距離が離れすぎた場合。
数百メートル離れると、加護板が所持者本人を認識できなくなり、光点が消えるとされている。
そして最後は、加護板の所持者が死亡した場合である。
「あたし……ケントに、なにかあったんじゃないかって……」
ケントを見上げるルーシーの目に、涙が浮かび上がる。
今回ルーシーの加護板から賢人を示す光点が消えたのは、彼と加護板とが離れたせいだ。
しかし彼女には、そのことを確認できない。
彼女が広場に姿を消した賢人の存在を認識できるのは、加護板の光点だけだ。
だからルーシーは彼を待つあいだ、周りを警戒しつつもずっと加護板を手に持ち、何度も見ていた。
そんななか、賢人の存在を示す光が、不意に消えた。
その時彼女は、なにを思ったのだろうか。
「せっかく……パーティーを、組めたのに……」
ぽろぽろと涙を流し始めたルーシーを見て、賢人は胸を締め付けられた。
「ルーシー……」
「おねがい、ケント……あたしを、また……ひとりにしないで……!」
彼女はそう言うと、再び賢人の胸に顔を埋めた。
「もう、いやぁ……ひとりは、いやなの……うぅ……」
賢人があちらの世界で暢気にダッシュボードを漁っているあいだ、彼女は最悪の事態に思い至り、恐怖に怯えていたのだろう。
わずか数分の出来事だが、ルーシーにとっては永遠に近い悪夢のような時間であったに違いない。
「ごめん……ルーシー、ごめんな……」
自身にきつくしがみつくルーシーの背中に、腕を回す。
そうして賢人も、彼女の身体を強く抱きしめた。
「町に戻ったら、話をしよう」
腕の中で震える彼女が、小さく頷いたように感じられた。
「話すよ、俺のこと……ちゃんと」
そして賢人は、ルーシーにすべてを話すと決意するのだった。
こちらもぼちぼち更新していこうかと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
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