2-8 いまさらですが時間の確認です
『2-6 例の場所を目指します』に、賢人が防災バッグを担いでいる描写を追記しました。
「じゃあ、行ってくる」
「ええ、気をつけて」
歩き出そうとした賢人だったが、ふと思うことがあって立ち止まった。
ざっと見た限り危険はなさそうな広場だったが、かといってなにもないとは言い切れない場所でもある。
もし向こうで賢人になにかあったとき、ルーシーひとりをこの場に残していくのは、危険なのではないか。
「なぁ、ルーシー。向こうで俺になにかあったとき、ひとりで町に戻れるか?」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」
と言いながらも、さすがベテランの冒険者だけあって、賢人の言葉の意味を理解した彼女は、ざっと森を見回した。
「あんまり考えたくはないことだけど、もしあたしひとりになったとしても、この森を抜けるくらいは問題ないわよ」
そう言って、ルーシーは賢人を安心させるよう微笑んだ。
「念のため、これは預けておくよ」
そう言って、賢人は担いでいた防災バッグをルーシーに渡した。
「なにかあったら、中の物は遠慮なく使ってくれ」
ここに入っている水やようかんを使えば、多少のダメージならすぐに回復できるはずだ。
「これ、重いから、帰りも担いで欲しいわね」
「ふふ、善処するよ」
「お願いよ?」
冗談ぽく言っているルーシーだったが、目は真剣だった。
無事に帰ってこい、と言いたいのだろう。
「じゃあ5分経っても俺が……」
そこで、賢人の言葉が途切れる。
「……どうしたの?」
「ああ、いや。ひとつ聞きたいんだけど、1日って何時間?」
「どうしたのよ急に……って、そっか、ケントは記憶がないんだったわね」
「えっと、そ、そうなんだよ」
「1日は24時間よ」
「じゃあ1時間は何分?」
「60分ね」
「1分は何秒?」
「60秒。ちなみに秒より下の単位はないわよ。それより短い時間は、1秒を十分割なり百分割なりして、0.1秒とか0.01秒とかそんなふうに表すわね」
ひとつ聞きたいと言いながら何度も重ねられる質問に、ルーシーは少しだけ呆れたような笑みを浮かべながら、丁寧に答えてくれた。
「それじゃあ……1秒ってどれくらいの間隔なんだ?」
「それは……時計を見れば早いんじゃない?」
「時計? ああ、そうか!」
加護板にはステータスシートや〈マップ〉の他に、時計やカウントダウンタイマー、ストップウォッチのようなカウントアップタイマーなどの機能もあり、それらの基本的な使い方は講習で教わっていた。
「ほんと、スマホみたいだよな」
「すまほ? なにそれ」
「え? ああ、いや、その……なんなんだろうなぁ。俺も、よくわからないや」
つい口を滑らせてしまった賢人だったが、とりあえず記憶喪失を装ってごまかした。
「ふぅん……なにか、思い出したのかと思ったわ」
「はは……」
曖昧に笑ってごまかしながら、賢人は加護板をタップした。
時計を見たいという賢人の思考を読み取り、加護板の表示が変わる。
このあたりは、日本で使っていたころのスマートフォンよりも、はるかに進んだ技術に思えた。
「お、出た」
表示されたのは、こちらの世界の数字で書かれたデジタル式の時計だった。
「えーっと、そうだ」
左手の袖をまくると、祖母に渡された時計が現れた。
自動巻きの機械式アンティーク腕時計で、ゼンマイのことなどすっかり忘れていたが、幸い止まることなく動いているようだ。
「腕時計? すごいわね……」
「すごい、のか?」
「ええ。腕時計なんて高価なもの、普通は持ってないわよ。やっぱりケントって、どこかの貴族なんじゃない?」
「はは、どうかな」
賢人にしてみれば、加護板のほうがよっぽどすごいと思うのだが、そこは文化の違いだろうか。
「っていうか、腕時計があるなら、それ見ればよかったじゃない」
「それは、そうなんだけどな……」
確認したかったのは、こちらの世界と日本との、時間の長さの違いなので、見比べることに意義があるのだが、それを正直に言うわけにもいかない。
「いや、まぁ、すっかり忘れてたよ」
「って、巻いてるのを?」
「うん、そう」
実際、少し前まではほんとうに失念していた。
「そんな高価なものなのに? ケントって、意外と抜けてるところがあるのね」
「記憶とかな」
「あ、や……そういう意味で言ったんじゃ」
自分のふとした発言が賢人を傷つけてしまったのではないかと、ルーシーはペタンと耳を寝かせてうろたえた。
「わかってるよ。冗談だ」
賢人がいたずらっぽく微笑みながらそういうと、ぴょこんと猫耳が起き上がり、不安げに揺れていた尻尾がピンと立った。
「……もう、冗談にしてはタチが悪いわよ」
「ごめんごめん」
口を尖らせるルーシーをなだめながら、賢人は加護板と腕時計とを見比べた。
カウントアップされていく秒の表示と、カチカチと動く秒針の間隔にズレはなかった。
(時刻まで同じか……偶然、なのかな)
ふたつの世界における日の長さや時間の長さが同じなのは、まったくの偶然なのだろうか。
あるいは似通った世界だからこそ、賢人が迷い込んだのかもしれない。
ただ、それはいくら考えても答えの出ない問題なので、賢人はすぐに考えるのをやめた。
「それじゃあ、5分経って俺が戻らなかったら、ルーシーは町に戻ってくれ」
「……ええ、わかったわ」
渋々、といった様子で、ルーシーは頷いた。
「この場合はカウントダウンタイマーを使ったほうがいいかな」
「そうね」
「せーので合わせる感じ?」
「あー、そのあたりの詳しいことは講習で飛ばしてたわね」
そう言ったあと、彼女は自身の加護板をケントに向けた。
そこには〈マップ〉が表示されている。
「あたしがケントのタイマーに合わせるわ」
ルーシーが少しわざとらしく宣言すると、彼女の加護板にタイマーが表示された。
「お?」
「ま、わざわざ声に出して宣言しなくても、考えるだけで同期はできるんだけどね」
「同期?」
「じゃあ残り時間……そうね、少し余裕を見て6分に合わせてスタートしてみて」
「わかった」
時間を合わせるのは、板の表面をスワイプしてもいいし、念じるだけでもいい。
せっかくなので賢人は念じて、6分に合わせ、そのままスタートさせた。
すると、ルーシーのタイマーも同時カウントダウンが始まる。
「え、便利」
「でしょう?」
ちなみにだが、カウントアップタイマーのほうでも同期が可能だ。
しかもカウントアップタイマーのほうは、ストップウォッチのように100分の1秒まで計測できるようになっている。
秒単位で時間を合わせなくてはならない作戦や連携に、大いに役立つものだった。
「じゃあ、いってくる」
「ええ、気をつけて」
タイマーを見ると、5分半を切ったところだった。
賢人が一歩を踏み出すと、これまでと同じように景色が変わる。
その場で振り返ってみたが、ルーシーの姿はない。
加護板の表示を〈マップ〉に変えると、自分と重なるように、彼女の光点が表示されていた。
「よし、いくか」
左手に加護板を持ち替え、腰の短筒を抜いて右手に構えて慎重に歩き始めた。
あたりを注意深く見回しながら、〈マップ〉を頼りに、歩いて行く。
「ん?」
数メートル歩いたところで、それに気づいた。
最初ここに飛ばされたときは目に入らなかったが、あると思って見ればそれはすぐに見つかった。
小走りに、駆け寄る。
「これは……」
最初に見た石柱に似ていた。
「あっちのやつには、これが置かれていたんだよな」
手にした短筒に視線を落とす。
実家に帰り、謎の住所を発見して、自動車で訪れた。
そこは雑木林になっていて、その一角にこれと同じような石柱があったのだ。
エデの町の入り口や、冒険者ギルドで加護を授かるときにも、似たような石柱があった。
「なんなんだろうな、これ」
呟きながら、なんの気なしに、賢人は短筒を石柱の上端に置いた。
「え?」
その瞬間、あたりが光に覆われていく。
「まぶしっ……!」
あの時と同じように、左腕で目元を覆った。
そして、十秒ほどで光は収まった。
「ここは……?」
光が収まり、目が慣れてくると、そこは先ほどいた場所よりも少し薄暗い森のなかだった。
「おいおい嘘だろ……」
そして視線の先には、エンジンがかかったままの自動車があった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ようやく…という感じですね。
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