1-26 『S』の意味について話しました
この世界で判明しているアルファベットは10文字。
加えて、AからH→M→Pという順番であることもわかっているらしい。
「1番目の文字がAで、そこからHまでは連続していること、そのあといくつか失われた文字があって、MとPがあることまではわかってるの」
本来ここまでのことを知っている人は少ない。
しかしルーシーは『S』という未知の文字がなにを意味するのかを知りたいために、神代文字=アルファベットについてはかなり勉強したそうだ。
「そうだな……まず順番という意味だと、SはPよりも後ろになる」
「……そっか」
賢人の答えに、ルーシーはうつむき、がくりと肩を落とす。
「ただし」
賢人が少し語気を強めてそういうと、うつむたルーシーが顔を上げた。
「ランクを意味する場合は話が変わってくる」
「話が、かわってくる?」
「そうだ」
そこで賢人はルーシーを安心させるよう大きく頷き、話を続けた。
「まずAからHは単純に序列を意味するものだ。1番目の文字であるAが最高位で、8番目のHが最低位となる」
「……それは、わかってる」
「そしてSは、そういった序列を超越する、あるいはランクの枠組みを超えた特別な意味を持つ」
ごくり、とルーシーが唾を飲み込む音が、室内に響いた。
彼女は無言のまま、賢人の言葉を待った。
「Sランク。それはAランクを超えた、特別な位階を意味するものだ」
ルーシーの目が、大きく見開かれた。
「つまり、Aランクより、上……ってこと……?」
「ああ。それは間違いない」
「そう……なんだ……」
彼女はしばらく呆然としたあと、我に返ったように加護板を胸に抱いた。
そして、こわばっていた身体から、ふっと力が抜けるのが見て取れた。
「よかった……」
目尻から、涙がこぼれた。
「呪われてたわけじゃ、なかったんだ……」
そう言って、彼女は安堵したように大きく息を吐いた。
(呪い、か……)
加護板に未知の文字が現れ、レベルを上げても能力値が変わらない。
なるほど、呪いと考えても仕方がないのかもしれない。
あるいは、心ない人にそう言われたことがあるのだろう。
「ルーシーがいなくなったらドロップ率が低くなった」
「え?」
突然の賢人の言葉に、ルーシーはきょとんとした表情を浮かべて顔を上げた。
「アイリが言ってただろ。つまり、ルーシーがいるとドロップ率が高くなるってことだよな」
「えっと……うん。あたし、それだけが取り柄で」
「それ以外にもいいところはあると思うけど……」
たとえば賢人と初めて出会ったとき、勝てないとわかってなおオークに立ち向かう勇気や、パーティーを追放されてもそれを受け入れられるおおらかさといったものは、ドロップ率などより得がたい美点ではないだろうか。
いまそれを言っても彼女は素直に受け入れなさそうなので、あえて口にはしなかった。
それよりも、いまは『【運】S』という能力値について、もう少し確認しておきたい。
「ルーシーはいままで、大きなトラブルに遭ったこと、ある?」
「トラブル?」
首を傾げ、斜め上を見ながら考え込むルーシー。
そんな仕草をかわいらしいと思いながら、賢人は彼女の姿に少し見とれた。
ほどなく、ルーシーは視線を賢人に戻し、首を小さく横に振った。
「特に、なかったと思う。そもそもあたしは、新人としか組まないから」
「新人としか?」
「そう。一応あたしも獣人の端くれだから、素の身体能力はそれなりのものなのよ。でも、レベルアップして能力値があがった人には敵わない」
あいかわらず加護板を胸に抱いたまま、ルーシーは力なく笑い、小さく肩をすくめた。
「みーんな、すぐにあたしを追い越して先に進んじゃった」
バートたちのような若い新人冒険者にとって、経験豊富でそれなりに戦えるルーシーのような存在は、最初のうちこそありがたいのだろう。
しかしやがて能力値の低さが足を引っ張るようになってくる。
それでも、ドロップ率の高さは、得がたいと思われるのだが。
「高レベルの冒険者に、危険な場所へ連れられたりとかはしなかったのか?」
「危険な場所?」
「たとえば……そう、ダンジョンとか」
バートの口から出たダンジョンという言葉を思い出す。
そこへ行くために、バートらはルーシーをクビにした。
しかしその結果、収入は減ったと、アイリは言っていた。
ならばルーシーを守りながらでも、ダンジョンにいったほうがいいのではないだろうか?
「ダンジョン入るには、Eランク以上じゃないとダメだから」
「なるほど……。でもダンジョン以外にも強い魔物が出現する場所はあるだろ? そういうところに同行させられたりとかは、ない?」
「んー、あたしみたいに弱いのを連れていっても、足手まといになるだけだしね。そういうことは一度もなかったかな」
「一度も、か……。それ以外にもトラブルらしいトラブルは?」
「思い出せないなぁ……。ランクは上がらなかったけど、これまで楽しく続けてこられたし、悪い思い出はないよ。あー、パーティーを辞めるときはちょっとつらいけど……あはは」
自嘲気味に笑うルーシーの姿に少し胸が痛んだが、結局彼女にとってパーティーを首になる以上に悪いできごとはなかったらしい。
十数年、大きなトラブルもなく冒険者を続けられたこと自体、彼女の幸運を意味しないだろうか?
「死にそうになったり、とかは?」
「えっと……一番ヤバいと思ったのは、ケントに会ったときかも」
そして賢人に出会ったこともまた、なにか意味があることなのかもしれない。
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