1-22 個性的な人たちです
「え、あれってモモカンじゃないんすか?」
「俺の地元じゃあチャランボだったな」
「うちの男子どもはゲルググって言ってたかな」
「なんすかそれー! あ、石岡さんのところはどうだったんすか?」
「んー、モモキンだったかな?」
「腿の筋肉だからモモキンってわけ? ひねりなさ過ぎ」
「いや、俺が決めたわけじゃないから。っつかゲルググのほうがおかしいだろ? どこのスカコアバンドだよ」
「いや、それを言うならMSでしょうが!」
全国津々浦々、小学校や中学校でなぜか流行る〝太ももに膝蹴りを食らわせる〟という行為。
それが話題に上ったときの会話を、ふと賢人は思い出してた。
街中にあっては一部スキルを除いて加護が制限される。
なので、装甲に覆われていない部分は無防備といっていい。
そしてバートの無防備な太ももに、メイドは無慈悲にも膝蹴りを食らわせたのだ。
「マリー、なにを……?」
「お坊ちゃま、ルーシー様に対して無礼が過ぎますよ」
「だ、だからって、いきなり……!」
太ももを押さえてうずくまる主人を置いて、銀髪のメイドはルーシーの前に立った。
「ルーシー様、我が主に代わって謝罪いたします。ご無礼を、どうかお許しくださいませ」
マリーはあまり感情の乗っていない口調でそう言うと、手を前で組んだまま、深々と頭を下げた。
「あはは。別にいいよ」
「ときにルーシー様」
ルーシーが言葉を発するやマリーは頭を上げて口を開いた。
「そちらの方はどなたでしょう?」
「それは私も気になるところ」
「えっと、彼はケントといって――」
「ケント? 私はアイリ、よろしく」
いつのまにかアイリがケントの前に立ち、彼を見上げていた。
「えっと、よろしく、アイリ」
「ところでケントはどうしてルーシーと一緒なの? もしかして、ルーシーを買い取った?」
「買い取っ……なんだって?」
「ちょっとアイリ!」
先ほどから不穏な単語がいくつが飛び交っていることに、賢人は戸惑っていた。
ルーシー自身が語るならともかく、本人の意図しない状況で知りたい情報ではない。
「私の知らないところでルーシーにいやらしいことする? だとしたら絶対に許さない」
淡々とそう言ったアイリはあいかわらず無表情のままだった。
なんとか話題を変えたいと思った賢人だったが、見上げてくる少女の目には、有無を言わせぬ迫力が感じられた。
向かいあっていたルーシーとマリー、それに太ももを押さえてうずくまるバートも顔を上げて俺を見ている。
とにかく誤解を解かねばとなにか言おうとした賢人より先に、アイリが口を開いた。
「そのときは私も混ぜて。3人のほうが絶対楽しいから」
「はぁ?」
「なに言ってんのよアイリ!」
斜め上の答えに思わず間抜けな声を漏らした賢人だったが、空気が変わったのを感じたので話題を変えることにした。
「いや、その、なんというかだな。ちょっとした縁があって、俺はルーシーとパーティーを組むことになったんだよ。それだけだから」
話題を変えるというより、マリーが発した最初の質問に答えるかたちで話の流れを強引に戻す。
「なるほど、そういうことでしたか」
静かにそう呟いたマリーが、ルーシーに向き直る。
「つまりルーシー様は、冒険者を続けられるということですね?」
「ええ、そうよ」
そのとき、マリーが小さくため息をついたように見えた。
軽く目を伏せた銀髪のメイドは、再び視線を上げてルーシーを見る。
「ルーシー様がそう決めたのであれば、わたくしから言うべきことはなにもございません。ご武運をお祈り申し上げます」
「ええ、ありがと」
マリーは頭を下げたあと、踵を返して歩き始めた。
「それではご主人様、アイリ様、参りますよ」
つかつかとバートに歩み寄ったマリーは、主人の襟首を掴んで引きずり始めた。
「ぐぇ……マ、マリー……! なにを……」
「その脚では歩くのもおつらいでしょう。介助いたします」
「こ……これのどこが介助なんだ……! 僕を物のようにあつかうなー! 元はといえばお前が……」
受付に向かったふたりは、そのままギルドの喧噪に消えていく。
「ルーシー、私もこっちのパーティーがいい」
そう言って、アイリは再びルーシーに抱きついた。
ルーシーはそんな少女の肩を掴み、優しく引き離した。
「だめよ。あなたはバートのパーティーメンバーなんだから」
「あっちはやめて、こっちに入る」
「だめ」
「どうして? 私と冒険するの、いやなの? 私のこと、嫌いになった?」
「ふふ、あたしがアイリのこと嫌いになるわけないでしょ? でも、好き嫌いだけでパーティーを続けられるほど、冒険者は甘くないわ。アイリならわかるわよね?」
「……わかんない」
口を尖らせて顔を背けるアイリに、ルーシーは苦笑を漏らした。
「ほら、アイリがいないとバートが困るわよ」
「バートなんて困らせておけばいい」
「バートたちといたほうがアイリのためにもなるわ。それくらい、わかってるはずよ」
「むぅ……」
しばらく無言を貫いたアイリだったが、不意にルーシーから離れ、賢人と向かいあった。
「ルーシーのこと、よろしくお願いします」
そう言って、少女は深々と頭を下げた。
「ああ、わかった」
「それからルーシーとイイコトするときは、私も混ぜて」
「ちょ――」
言い終えるが早いか、アイリは無表情のまま駆け出し、ふたりのもとから離れていった。
「まったく、あの娘ったら……」
アイリと、そしてバートらの消えていったほうを見ながら、ルーシーはため息をつき肩をすくめた。
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