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1-14 いまさらですが異世界ですよね

「じゃあ、明日の朝ここでごはんを食べてから、ギルドにいきましょうか」

「了解」


 ルーシーと別れた賢人は、一度部屋に戻ってジャケットを羽織り、ネクタイは首にかけた状態ですぐに部屋を出た。

 そのまま廊下を突き当たりまで歩くと、浄化施設なる物があった。

 なんでも、魔術とやらで身体や衣服をきれいにしてくれるらしい。

 ここの利用客は、1泊につき1回無料でこの浄化施設を使えるのだとか。

 服も綺麗になるというので、賢人はわざわざジャケットとネクタイを身につけたのだ。


「えっと、ここかな」


 部屋と同じようにカードを当てると、浄化施設のドアが開く。

 中は少し明るい半畳ほどのスペースで、特になにもなかった。


《浄化を開始します。しばらくお待ちください》


 室内にアナウンスが流れる。


「おお……」


 すると、身体全体が淡く光り始めた。

 1分ほどで徐々に光が収まり、やがて完全に消える。


《浄化を終了しました。ありがとうございました》


 アナウンスのあと、カチャリと入り口の鍵が開いた。


「……すごいな」


 半日以上歩き通して身体中汗でベタベタだったが、シャワーを浴びて洗濯を終えた服を着たようにスッキリした。

 驚いたことに口の中まで歯を磨いたようにさっぱりしていた。


「なるほど、だから食後なのか」


 実は食事の前に身体をきれいにしておきたいとルーシーに言ったのだが、食後まで待つよう言われていたのだ。


「よっこいせ、と」


 ルームウェアなどはないので、下着姿になってベッドに転がる。

 脱いだときに確認したが、蒸れていた靴の中も、靴下もさらさらに乾燥していた。


「さて……」


 ジャケットのポケットから取り出していた、吸いかけのミントパイプを咥えた。

 これも浄化施設で綺麗になっているはずだから、吸い口に付着していた唾液や雑菌などは気にしなくていいだろう


「すぅ……」


 パイプを咥えたまま、大きく息を吸い込む。

 ハーブの清涼感はまだ充分に残っていた。

 うまく吸えば数日はもつ。

 まだストックはたくさんあるが、補充のあてがないので、できるだけ大切に吸ったほうがいいだろう。


「ふぅー……」


 寝転がってミントパイプを咥えたまま、口の端から息を吐きながら、ぼんやりと天井を眺める。

 部屋の四隅にランプのような照明器具があり、それが淡い光を放って室内を明るくしていた。


「異世界、だよなぁ……」


 いまさらかもしれないが、賢人はそう呟いた。


 突然景色が変わったときは、どこか遠くへきてしまったのかと思った。

 あるいは、夢でも見ているのかと。


 しかしそのあとに現れた、猫の耳と尻尾を持つルーシーという女性。

 豚の頭に人の身体を持つオーク。

 光の弾を放つ短筒。

 その弾を受けて、ドロップアイテムを残して消える魔物。

 加護板とかいうよくわからない板に表示された謎の文字。

 なぜかそれが読めるという事実。

 市壁に囲まれた欧風の町。

 冒険者ギルド。

 魔術で身体をきれいにしてくれる浄化施設。


「ゲームっぽい世界だ……」


 賢人が幼少のころから親しんでいる、少し古いタイプのロールプレイングゲームみたいだと思った。

 そして最近ライトノベルやアニメなどで流行っている、異世界転移ものによくある状況だとも。


「もう、帰れないのかな……」


 ふと、祖母の顔が思い浮かぶ。

 そして視線を動かすと、祖母に持たされたリュックサックが目に入る。


「ばあちゃん、なにか知ってたのか?」


 俺が例の土地を訪れると知った祖母は、わざわざ防災セットの入ったリュックサックを自分に持たせた。

 さらに、祖父の形見のスーツまで着るように言った。

 もしかすると、スーツにもなにか意味があるのだろうか。

 それとも偶然か?


「あと、アルファベット」


 町に入って、いろいろなところを見た。

 意識して文字を読んだりもしたが、どれも見たことのない文字だった。

 それが読めるというのも不思議な話だ。

 ただ、ルーシーの持っていた加護板とやらに表示されたなかで、【HP】や【MP】、ほかにランクを示す【G】や【F】といった文字は、そのままアルファベットだった。

 そしてルーシーはそれらを【神代文字】と呼んでいた。

 この世界と自分が元いた世界に、なにか関係があるのだろうか。


「夢、かもな」


 もしかすると、目覚めたら実家のベッドかもしれない。

 いや、会社が潰れるところからが夢で、引き払ったはずのアパートで目を覚まし、また以前のように出勤するのかも。

 あるいはすべてが現実で、明日ここで普通に目覚めるのか。


 どれが自分にとって幸せなのか、賢人はよくわからないまま、まどろみにまかせて意識を手放した。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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