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08 古典英雄教




 古典英雄教。それはこの世界に広く布教された最大勢力の宗教です。


 何千年も昔の時代、魔王を始めとする強大なモンスターが一斉に現れました。

 その時代の人類を救ったのが、神から力を授かったとされる英雄様方なのです。


 古典英雄教とは、その時代の英雄様方を『神の教えを授かった神子様』として敬い、その英雄様方が残した教えを布教する宗教組織です。


 国を超えて広く存在する古典英雄教は、この世界でとても強い権力を持っています。

 我が国、聖ヴェルベリア王国は大国ですから古典英雄教よりも上の立場を維持していますが、近隣の小国には古典英雄教よりも権威の弱い国がいくつも存在します。


 つまり――その古典英雄教の元教皇ともなれば、その発言力はとても大きなものになるのです。


 ……私はおバカなのではなく、あくまでも貴族社会に興味が無いだけなのです。

 これぐらいのことは、ちゃんと実家で教育を受けているので知っています。


「つまり、わたくしは王族の長母様と、古典英雄教の次母様を持つ、極めて特殊な立場にある人間なのです」


 リグは事も無げに、けれどどこか疲れたような口調で言います。


 これだけの条件が揃えば、後は私にも察しがつきます。

 つまり――リグは、多大な権力を有しているのです。


「有り体に言えば、極めて強い発言力を持っていますわ。しかも、その範囲は国に留まらず、国外の古典英雄教、ひいては古典英雄教よりも立場の弱い小国にも影響力を持っていると言えます」

「あはは……怖い話だね」


 お姉さまも、リグの持つ権力を具体的に言葉にされて、さすがに驚いている様子でした。


「ええ、ですからわたくしに文句を付けてくるような貴族は、この国には1人もおりませんわ。ですが同時に、わたくしという存在は非常に美味しい餌でもあるわけです」


 リグは、悩ましげに眉をしかめます。


「非常に不愉快な話ですが、わたくしと婚姻を結ぶことで発言力を高めようと考える方々は大勢いらっしゃいます。それはもう、わたくしの物心ついたころには、ひっきりなしのアプローチがありまして」

「リグは、つまりモテモテだったと」

「言い方がちょっと引っかかりますが……そうですわね。けれど、わたくし個人を大切に思ってくれる方はいらっしゃいませんでしたわ。あくまでも、わたくしの持つ特別な発言力が目的です。政略的な意図で婚姻関係を結ぶことを否定はしませんが、正直疲れていたというのも事実です」

「ははぁ、なるほど。それでハンター学園か」

「そういうことですわ。さすがクエラさん、察しが早いですわね」


 お姉さまとリグだけが通じ合ったように頷き合います。


「どういうことです、お姉さま?」

「ハンター学園は王立の学園だ。そして、学園の校則、規則は王族が制定したものということになる。つまり、とても強い拘束力があるわけだよ」

「ふむふむ、それで?」

「ハンター学園の目的はハンターの育成。そのためにたくさんのお金を使っている。なのに、例えば在学中に婚姻が成立して、嫁入りするので退学します、というようなことがあっては困るわけだよ」

「ほうほう」

「だから、ハンター学園に在学中は婚姻、婚約の類いが全て禁じられているんだ」

「なるほどです、つまりそのおかげで、リグは求婚の嵐から逃げおおせることができる、と」


 私はようやく、事情を理解しました。


「あら、おバカなファーリでも理解できましたのね。偉いですわよ」

「おバカじゃないのです!」


 リグにバカにされて、私はムキになって言い返します。

 でも、最後にちゃんと褒めてくれるのでリグのお小言は好きなのです。


「……まあ、入学など一時かぎりの休息にすぎないことは分かっていますし、いずれわたくしもどこかの誰かと婚姻を結ばねばならないのは理解しています。ですが両母様がわたくしに青春を得る機会を与えてくださったのです。この学園生活、存分に満喫せねばなりませんわ」


 リグは、不思議な表情を浮かべます。笑顔のような、何か懐かしむような。


 きっと2人の母親のことを思い返しているのでしょう。

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