05 帝国の脅威
リグの説明に続けるように、今度はお姉さまが口を開きます。
「――当時のゴルトランド王国を打倒し、支配したのが今の新生ゴルトランド帝国。そしてその中枢たる、帝国議会だよ。建国当初は、帝国議会はイコール元革命軍の首脳陣でもあったね。要するに、議会制という立場を取りつつも、革命軍の独裁が始まったというわけさ」
恐らく、ここからは軍事の話にも関わってくるでしょうから、そういう話に関してはお姉さまの方が詳しいのでしょう。
リグも、説明をお姉さまに任せるつもりでいます。
「現在も、帝国議会による独裁政治は続いていると言っていい。その証拠が、国民性も無視した近隣諸国への示威行為や、占領軍の派兵だよ」
「派兵が、独裁の証拠になるのです?」
私の質問に、お姉さまは頷いて答えます。
「……元々ゴルトランドは軍事力も高かったけれど、それは魔導器による底上げがあったからだ。ランクで言えばFやEの人間をCやBまで底上げするぐらいの機能が、魔導器にはあった。でも、Bの人間をAやSに底上げするようなことは出来なかった。だから、ゴルトランドはモンスターに対する防衛力としては近隣諸国でも随一の力を持っていたけれど、Sランクの実力者を倒せない以上、戦争行為では最弱と言ってもよかった。何しろ、ゴルトランドは土地柄、ハンターにとって魅力が低かった。魔道具や魔導器の輸出以外に目立った産業が無いからね。Aランク以上の実力者がほとんど存在しなかったのが、かつてのゴルトランドだよ。まあ、だからこそ魔導器による軍備という形が発展したとも言えるけど」
そこまで話すと、お姉さまは一度言葉を止めます。
そして、少し間を置いて再び口を開きます。
「少し話が逸れたけど、ようするにゴルトランドの軍事力は戦争向けじゃなかった。だからこそ、ゴルトランドは近隣諸国の災害援助やモンスターへの防衛力として軍を派兵するぐらいで、戦争行為は全くしなかった。当然、国民もそれを理解していたし、その関係で平和主義思想が根強い国だったんだよ。なのに、そんな国が今や積極的に戦争行為を働いている。議会制であの国がそうなるのは、国民性から言ってあまりにも不自然だからね」
「なるほど……そうなる原因は、元革命軍が議会を支配しているから、というわけなのですね?」
「そういうことさ」
私の言葉を、お姉さまは肯定します。
「で……そのゴルトランドとスリの男の人と、何の関係があるのですか?」
私が元々の疑問を口にすると、今度はエリスが口を開きます。
「新生ゴルトランド帝国が不穏な動きをしているから、国境の防衛力が重要視されるってのは当たり前だし、分かるよね?」
「はい、それはもちろん」
「そうなると、本来は国境警備についていなかった軍や騎士団まで駆り出すことになる。むしろ……今は、それでも足りないぐらい。新聞にも乗ってたけど、国境で不自然なモンスターの大群が、定期的に押し寄せてくることは知ってる?」
「いえ、新聞は読まないので……」
「読んだほうがいいよ~、ファーリさん」
エリスに注意されて、私はうなだれます。
まったくもってそのとおりなのです。
「で……話を戻すと、そのモンスターの大群に対処するために、今は軍や騎士団だけじゃなくて、ハンターや腕っぷしに覚えのある一般人にも召集がかけられてるんだ。まあ、任意でいいってことにはなってるけどね。中には王族の名義で指名召集される人もいるから、ほぼ徴兵みたいなものかな」
「つまり……今は王都からも強い人が召集されて減っている、ということなのですね。それで犯罪を咎める人間が減っているから、治安が悪化している、と」
「そういうこと。理解が早いね! さすが、山帰りのファーリさん!」
エリスがおだててきますが、山帰りと呼ばれてしまっては喜ぶにも喜べません。
複雑な表情を浮かべていると、リグがさらに付け加えるような説明を始めます。
「ちなみに、治安悪化の原因は人が減っているせいだけではありませんわ。国境に人が集まっている以上、兵站も必要になってきますでしょう? 現地調達だけではどうにもなりませんから、当然王都からも輸送コストを払ってまで兵站を送っています。けれど、急に食料品の増産はできない。結果として削られるのは末端から……例えば、貧民街への炊き出し等が減っていくわけです」
「犯罪を咎める人間が減り、いつもより飢えていれば、スリに出るほど追い詰められる人間が出るのも当然、というわけなのですね」
「そういうことですわ」
ようやく、理解できました。
つまり、新生ゴルトランド帝国が全て悪いのです。
準亜神の圧倒的知能がそう囁いています。
「まあ、将来的には人が減った分、貧民街にも雇用が行き届いて、結果的には底辺の格差が埋まるだろう、とは言われていますけれど。……実際にそう上手く行くかは判りかねますわ」
リグのその言葉で、ようやくこの話題は終了したようでした。
これ以上、誰も説明の言葉を続ける様子がありません。
「ようするに、今は大変な時期だ、ということなのですね! ……はぐっ」
私は、大きな肉団子を口に頬張りながら言います。
「もう、ファーリ。はしたないですわよ。ほら、口に汚れがついて……もう」
「ふへへぇ」
汚れた口元を、リグが紙ナプキンで拭ってくれます。
「はえぇ~、お二人は仲良しなんですねぇ」
「はひ! 仲良ひさんなのでふ!」
「もう、ファーリ。そういうのは口に含んだものを飲み込んでから言いなさい」
そんなこんなで、食事の時間は楽しく過ぎていくのでした。




