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19 即撤退




 山登りを開始してから、小一時間ほど経った頃。


 山頂を目指して山を登っていた私は……山道を引き返し、山の麓まで戻って今日の野営の準備をしていました。


「くぅ……何なのです、あれ。どいつもこいつも私が相手しても面倒なレベルのモンスターばっかりだったのです」


 私はぼやきながら、野営用の調理機材を使ってお鍋に肉と野菜を煮込みます。


 そう。私の言葉通り、白真龍の山には高ランクのモンスターが溢れかえっていました。


 私の目論見だと、ミラークリスタルタートルやアサシンウルフは最初に遭遇した個体だけ、あるいは他が居ても少数だという結論に達していました。


 でも……実際の山では、なぜかSランク相当のモンスターにばかり遭遇しました。

 ハイリザードキングやその配下となる上位種のリザードマン、黒い皮膚を持つオークの上位種ラセツ、古代のゴブリン種とも言われるエンシェントゴブリン。

 ハンターなら名前を訊くだけで震え上がるような、凶悪なモンスターたちです。

 中にはちょっと弱いのもいましたが、それもAランク上位程度の力はありそうでした。


 当然、ミラークリスタルタートルやアサシンウルフとも何度も遭遇しました。

 むしろ、ロックタートルやスナイプウルフなんて一切見当たりませんでした。


 ぶっちゃけ、そんな環境下を強行軍するのは厳しいのです。

 原因はわかりませんが、方法を考えなければ安全に山頂へ向かうのは厳しいでしょう。

 寝ている間も魔道具で警戒できるとは言え、相手がSランクのモンスターではさすがに心もとないのです。


「あー、ユッキーさん? 非常に言いにくいのですが……お伝えしたいお話がございます」


 ふと、考えを巡らせる私の後ろからカミさまが声をかけてきました。

 ここはまだ麓ですし、カミさまにも野営を手伝ってもらっているのです。


「お伝えしたいお話って、何なのです?」


 私はカミさまが新しく切った野菜を受け取り、鍋に投入しながら話の続きを訊きます。


「いやぁ~、実は白真龍の山がどうしてこうなったのか心当たりがあるんだよねぇ」

「はい? 原因がわかったのですか?」

「うーん、分かったというか、知ってたっていうか」


 カミさまは歯切れ悪く言います。が、ちゃんと話は続けてくれます。

 恐らく――ずっと前に交わした約束を律儀に守ろうとしているのでしょう。

 私には隠し事をしないで、とカミさまにはお願いしてあります。

 だからカミさまは、普通だったら秘密にされていそうな情報――たとえばコードに関する知識とか、そういうものを私が求めた場合に限り教えてくれるのでしょう。


 そんなカミさまが言いよどむほどのことです。

 きっと、今の白真龍の山で起こっているのは、それだけの異常事態なのです。


「白真龍っていうのは、私以外の神が作ったファンタズムの有名なキャラ……ていうかモンスターなんだよね。だから、私はいろいろ詳しく説明できる。白真龍について、調べるまでもなく、とっくに知識があるんだよ」


 カミさま以外の神。その言葉に、私は面食らいます。


「そ、そういうのって言っちゃっていいのですか?」

「ん? ああ、大丈夫だよユッキー」


 カミさまは、私の困惑を見抜いたらしく、安心させるように笑ってくれました。


「ユッキーが何の変哲もないモブならちょっと問題あるけど、そうじゃないからね。このカミーユ様が手塩にかけた存在だし、しかも今や種族は人間じゃなくて準亜神。私たち神の世界に近づいた存在なんだから、これぐらいの情報は知られても問題は無いよ」

「な、なるほど」


 ついつい忘れてしまいがちですが……今の私は、人ではないのです。

 今はまだ『限りなく人に近い神』とでも言うような状態なのですが。


「さて、話を戻すよ?」


 カミさまが私の顔を覗き込みながら言うので、私は頷きます。


「よし。それで、どうして山にSランク相当のモンスターが溢れているかについて。それは、白真龍が今から『転生』を行うからだよ」

「転生ですか? 私みたいに?」


 転生と聞いて、とっさに自分のことが思い浮かび、訊きました。

 これまた忘れがちですが、私はカミさまによってこの世界に生み出され、作られた存在だというのです。

 そしてカミさまにより、地球からファンタズムに転生した身でもあります。


「えっと、白真龍の転生はユッキーみたいなガチなやつじゃなくて、そういう設定ってだけ? みたいな?」


 設定、と言われても想像がつかないので、私はつい小首をかしげます。

 そんな私に、カミさまはさらに詳しい説明を続けてくれます。


「まあざっくり言えば、脱皮みたいなことをするんだよ。白真龍は力が衰えると自ら命を絶ち、生まれ変わって自分の力を取り戻すんだ。それで、その転生の時期が来ると、白真龍は自身の力で周辺のモンスターを支配下に起き、強制的に進化させるんだよ。転生の最中の自分を守ってもらうために、ね」


 カミさまの説明を頭の中で整理します。


 白真龍は、力が衰えたら一度死んで生き返り、力を取り戻します。

 その間、無防備になってしまうので、周辺のモンスターを強化して自分を守らせる。


「えっと……つまり、白真龍がちょうど今転生の真っ最中だから、この辺りのモンスターが超強化されてしまっている、ということで合ってますか?」

「うんうん、その通りだよユッキー。そして白真龍は山頂付近に生息しているはずだから……配下のSランクモンスター達との戦いを避けるのは難しいだろうねぇ」

「はぁ……時間がかかってしまうのは嫌なのです。それにSランクを相手に連戦が続けば、さすがに私も死にかねないのです」


 カミさまに言われ、私は肩を落としつつぼやきます。

 はやく宝石の花を摘んで、王都で待つリグに無事な姿を見せてあげたいのです。


 けれど、このままここで野営を繰り返したって状況は変わらないでしょう。

 転生が完了するのを待てばいくらか安全なのでしょうけれど、そんな時間ももったいなく感じます。


 さて、どうしたものでしょうか。

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