10 お返事は、ごめんなさい
「――もう、お姉さまはどうしてそんな、歯の浮くようなセリフをつらつらと平気で言えるのですかっ!」
私は半ばパニック同然となって、お姉さまに言い返します。
「あはは。これぐらい、慣れているからね」
「慣れているって……愛の告白にですか?」
「ああ。うちの侍女に何度囁いたかも分からないし、最近だって学園の生徒を口説き落としたばかりだよ」
「私のことが、好きなのにです?」
私は、胸の中にちくりとするものがあって、つい不満げな声で訊いてしまいます。
「安心して、ファーリ。私が手篭めにすることは今まで幾度となくあったけど、私自身を捧げたいと思った女性は、君ただ一人だけだから」
「いやいや、そういう問題ではないと思うのですけど……」
どうやら、お姉さまは随分と女ったらしなようです。
私のことをずっと好きだったと言いながら、恋人が今も別に居ることを隠そうともしません。
多分、そういうものなのでしょう。お姉さまにとって。
実際、この国の貴族の間では重婚は当たり前の考え方です。
例え家長でなくとも、複数人の女性を入嫁に迎えることはあります。
それでも、自分が入嫁に入るのは一人だけ、という形は多いです。
つまりお姉さまは、自分が元嫁となる立場での恋人はたくさん作ったけれど、入嫁となるのは私に対してだけだ、と言いたいのでしょう。
前世の知識で言えば不誠実な感じがしますが、この世界ではそこまでおかしな話ではありません。
でも、お姉さまほど堂々としているのは珍しいかと思います。
まだ結婚しているわけでもないのに、大勢の女性と関係していることを堂々と口にするのは、この世界の常識からも少しズレています。
「……ともかく、お姉さまの気持ちは分かったのです。ですが、私は――」
「いや、それ以上は言わなくていいよ」
お姉さまは、告白への返事をしようとした私を遮ります。
「答えは分かってるつもりだよ。ファーリは、リグレット様が好きなんだろう?」
「……はい。そのとおりなのです」
「それに、私はファーリの性格もよく理解しているよ。恋人を何人も作れるようなタイプじゃないってことぐらい、分かってる」
「お姉さま……」
つまり、お姉さまは、私が告白をお断りすると分かっていたということです。
なのに、どうして告白してきたのでしょうか?
「私が言いたかったのはね、ファーリ。ファーリを大切に思う人は、たくさんいるってことだよ。リグレット様以外にも、ファーリを愛してくれる人は身近にいる。きっと、これからもたくさん、そういう人と出会うはずだよ。そこのところを、どうかこれからも忘れずにいてほしいんだ」
私を、大切に思ってくれる人。
そんな人が……本当に、たくさんいるのでしょうか。
お姉さまの言葉であっても、そればっかりは簡単には信じられません。
「……まあ、無理に信じてくれ、とは言わないよ」
お姉さまは、私の表情を見て何を考えているか察してくれたのでしょう。
苦笑いを浮かべて、言います。
「ともかく、私が言いたかったのはそういうこと。別にリグレット様からの略奪愛を期待したわけじゃないし、返事だってもらうつもりは無かったよ。だから、この話はこれでおしまいだ」
言うとお姉さまは、ぽんっ、と私の頭に手を置いて、優しく撫でてくれます。
「あとは、君が自分で考えるといいさ」
――その言葉は、私の心に深く刺さり、重くのしかかるのでした。




