07 大公と子爵
「ファーリ」
「はいっ!」
お姉さまが、急に強い口調で、キリッと顔を引き締めて私の名前を呼びました。
驚いて、私は間抜けな声で返事をしてしまいます。
「自分の名前を名乗りなさい」
「えっと……私はファーリ。ファーリ・フォン・ダズエルです」
「じゃあ次は、リグレット様の名前を述べなさい」
「リグは……リグレット・ベーゼ・クラウサスなのです」
「そんな二人が結婚をすれば、どうなると思う?」
「えっと……リグが入嫁になってくれたら、リグレット・フォン・ダズエルになる?」
「そうだね。クラウサス大公家の令嬢が、聖ヴェルベリアで最強の軍を持つ『情熱のダズエル』の入嫁となるんだ。それが、どれだけ重大なことか、考えてみたことはあるかな?」
お姉さまに言われても、まだ私はピンと来ませんでした。
ダズエル家は、子爵家でありながら聖ヴェルベリア王国で最強の軍隊を持っています。
そのため、王家の信頼も厚いです。
そして、クラウサス家は新しい大公家で、王族の血筋が濃いのです。その上、リグのお母さんの一人は世界最大の宗教、古典英雄教の元教皇様でもあります。
「えっと……確かに大公家と子爵家で家格は離れていますけど、ダズエル家であれば王家の信頼という後ろ盾に軍の実績もありますから、それほど問題があるようには思えないのです」
「いやいや……ファーリ。もうちょっと世の中というのを勉強した方がいいよ」
お姉さまにダメ出しされてしまいました。ついムッと来て、頬を膨らませてしまいます。
でも、私が貴族というものにあまり詳しくないのは自分でも分かっています。
なので、文句は言いません。
「いいかいファーリ。君とリグレット様が結婚するとすれば、それは家格の問題じゃないんだよ。むしろ、リグレット様ほどの人と王族や大公令嬢でも無いのに『釣り合ってしまう』ことの方が問題なんだよ」
言われても、分かりません。
私はもっとちゃんと説明してほしいと、頬を膨らませたまま視線でお姉さまに訴えかけます。
「ダズエル家は聖ヴェルベリアの軍事力を支えている。うちの技術部が開発した軍事技術や魔法技術によって、軍は支えられているし、騎士もまた育てられている。それだけの功績がありながらうちが子爵家ということの意味、考えたことはあるかい?」
「……いいえ」
「じゃあ教えてあげるよ。それは国内の他の貴族の反発があるからだ。ダズエル家は、功績だけ見れば公爵になっていてもおかしくない。でも実際に公爵家になってしまえば、ダズエル家の高い軍事力に加えて権力まで持ってしまう。こうなれば、例え他の公爵家が束になったところで、ダズエル家には口出しできないよ。大公家や、王族に匹敵する力を有すると言ってもいい」
お姉さまの話を聞いていて、少しずつ私も察することができてきました。
恐らく、強すぎる権力を得てしまうのが問題だ、という話なのでしょう。
そういう視点で、ここからの話をしっかり聞いてみます。
「国のいち貴族が、王家にも匹敵する力を有するというのはあまりにも問題だよ。王家の正当性というものを揺るがしかねない。王家に強く影響されている貴族は確実に反発する。それ以外でも反発は起こるはずだ。ダズエル家の権力集中を良く思っていないもの。より権力を欲している者。ダズエル家の力を危険視する者。様々な思惑が、国の中にはうごめいている。それら全てを、一度に刺激してしまうことになる。強い反発……いや、内乱が起こると言っても過言じゃない」
内乱。言葉で言えば単純ですが、それはつまり兵士が、市民が死ぬということです。
民を治める貴族の娘という立場が、何より私の個人的良心がそんなことは許せません。
「もしもファーリとリグレット様が結婚すれば、確実に同様のことが起こる。これだけ言えば、もう分かるだろう? ファーリ。君がリグレット様と結婚するのは、内乱の火種になる。大勢の民を殺すことになるかもしれないんだよ」
お姉さまの言いたいことが、ようやく私にも理解できます。
「つまりお姉さまは……私がよく理解もしないで、ノーテンキにリグのことを好きでいることを注意してくれたのですね」
「注意、ってほどじゃあないさ。ただ、このままじゃ二人とも不幸になる。そう思ったから、口出しさせてもらったんだよ。理解できたみたいで何よりだ」
お姉さまは、安心したように微笑みます。
突然ですが、今回から投稿時間が一時間早くなります。
毎朝7時の投稿です!




