30 ケントの選択
「ケントちゃんは、どうしたいのです?」
私は率直に、ケントちゃんに質問しました。
「俺は……とりあえず、この男の嫁になるつもりなど断じて無い!」
きっぱりと言い切りますが、少しだけ考えるような間がありました。
やはり、脈アリなのかもしれません。
考えてみれば、私は女体化の先輩とも言えます。
転生して女の子になった、大先輩です。
ここは大先輩として、後輩の背中を押してあげるのが良いのかもしれません。
「ケント君が拒絶しているのであれば、仕方ないだろう。我々が連れて帰るということで構わないだろう? ライゼンシュタイン伯爵よ」
リリーナ先生が、会話に割り込んでケントちゃんを連れ帰ろうと画策します。
けれど、おそらくそれは失敗します。
「フン、それは断る!」
ケントちゃんは、やはりリリーナ先生の提案を蹴りました。
「お前たちはこの俺を連れ帰るに相応しくない。そうだな……この俺を敬い、大切にし、よく理解する人間を連れてきたならば、王都に戻ってやらんこともない」
「な、何を言っているんだケント君!」
リリーナ先生は驚いているようですが、私には少しだけ、ケントちゃんの気持ちが理解できます。
きっと、ケントちゃんはその性格の悪さから、誰からも褒められず、大切にされず、求められずに育ってきたのでしょう。
そんなある日、突然自分を無条件に受け入れて、求めて、肯定してくれる人が現れたなら。
元の生活に戻りたいと、思うでしょうか?
私なら……どんなに大変そうでも、どんなに他人に否定されても、自分を肯定してくれる人のところに居たいと思います。
「このライゼン以上に俺を敬い、大切にする者を連れてこいそうでなければ、俺は帰ってやらん!」
ケントちゃんは、考えようによっては告白したようにも聞こえる言葉を言い放ち、リリーナ先生をきっぱり拒絶しました。
その宣言を聞いて、あらまあ、と口を隠して驚くリグ。苦笑いをするお姉さまと、なんにも分かっていなさそうにくびをかしげるアンネちゃん。そして、悔しそうに歯を噛みしめるリリーナ先生。
一方で、ライゼンさんは興奮の極みにありました。
「お、おぉ……ケントよ、ついに吾輩の伴侶となることを決めてくれたかぁッ!!」
「なっ!? ち、違う! 今のは単に、俺のプライドの問題の話であって! そもそも俺が、お前のような男を好きになるわけないだろうが!!!」
顔を真っ赤にしながら否定するケントちゃん。
いやもうこれ、清々しいほど態度で自白しちゃってますね。
ケントちゃんは、とっくに変態のライゼンさんにメロメロのようです。
「……そうか。ケントよ、吾輩が男でなければよいのだな?」
「なにぃ?」
ふと、ライゼンさんはなにかに納得したように頷きながら言い、そして指をぱちん、と鳴らしました。
次の瞬間、ライゼンさんの体を真っ黒な闇の魔力が包み込みます。
「らっ、ライゼン!?」
突然のことに、ケントちゃんが慌てます。
ですが、そんなケントちゃんの心配は杞憂に終わりました。
「よし――これで問題なかろう?」
そう言って、闇の中から姿を表したのは――黒髪黒目の、ほっそりした体格の美少女でした。




