16-14 : 彼の地の星と太陽と
「う……?」
パチパチと、篝火の弾ける音が聞こえた。
焦点の合わないぼやけた視界の中に、篝火の橙色の光と、周囲を囲む人間の輪郭が映った。
「……ようやく目を覚ましたか」
火の灯りの向こうから、声が聞こえた。声が頭の中で暴れ回っている感覚があり、それが酷い頭痛だということに気づくのに、しばらくの時間を要した。
頭に手を伸ばすと、頭部が包帯できつく縛られているのが分かった。
「……今は……夜か……? それとも……朝か……?」
声を発してみたが、自分の声も頭の中で乱反射して、グワングワンと耐え難い頭痛をもたらした。
「見ての通り、今は夜だ。そんなことも分からなくなったのか?」
霞んだ視界の向こうで、自分の発した声に、別の声が応える。頭が揺さぶられ、心臓の脈動に併せて、頭が割れるように痛んだ。
――うるせぇよ……黙れ……頭、痛ってぇ……。
「……俺ぁ、どうなったぁ……?」
包帯の巻かれた頭に手をやりながら、“烈血のニールヴェルト”が、忌々しそうに呟いた。
「お前が姿を消してすぐ、嵐が起きて、“森”が移動を始めた。私たちが、動き出した“森”とは反対方向に進んでいく途中で、頭を打って気絶しているお前を見つけた。それから1日中、目を覚まさないお前を背負って、ここまで運んでやったのだ」
アランゲイルが、ニールヴェルトに冷たい視線を送りながら、簡単に状況を説明してやる。
目の焦点がようやく合い始めたニールヴェルトが上空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。
「……星が見えるなぁ……」
「それはそうだ。ここにはもう、あの忌々しい巨木どもは生えていないからな」
アランゲイルの言葉と、その夜空の星々を目にして、ニールヴェルトはようやく状況を理解する。
「あぁ、そぉ……“暴蝕の森”を、抜けたのかぁ……」
ニールヴェルトが篝火の周囲に目をやると、そこにはアランゲイルと、30人にも満たない銀の騎士の生き残りたちが腰を下ろしていた。
アランゲイルが、干し肉を放り込んだだけの簡素なスープの盛られた皿をニールヴェルトに差し出した。
「食え。そしてさっさと体調を戻せ、“烈血のニールヴェルト”」
渡されたスープ皿を覗き込みながら、ニールヴェルトがくっくと自嘲気味に笑い出した。
「くくっ……ははっ……殿下よぉ……なぁんで、俺を助けたぁ? そのまま放っておけばぁ、俺は今頃何も残らず魔物どもの餌になってたろぉによぉ。あんた、俺のこと嫌いだろぉ?」
“暴蝕の森”の野営陣地のときと同じく、篝火を挟んでニールヴェルトと向かい合っているアランゲイルが、冷たい表情のまま、一言だけ口にする。
「貴様には、利用価値があるからな。貴様が死んでくれれば、さぞ気分がいいだろうが、今死なれては、その方が迷惑だ」
アランゲイルのその言葉を聞いて、顔を俯けたニールヴェルトが、小刻みに肩を震わせた。
「……ふふっ、くくくっ……ひははっ。あーぁ……はっきり言ってくれるじゃねぇかよぉ、殿下ぁ……あんたぁ、随分面白くなりやがったなぁ……」
嗤いで肩を震わせながら、ニールヴェルトがスープ皿を片手で持って、それをぐいっと口に付け、一息に中身を飲み干した。ふやけた干し肉を租借して、ゴクリと喉を鳴らして飲み込む。
篝火で照らし出されたその顔は、目元と口がニヤァっと半月型に歪んでいた。
「いいぜぇ……あんたのためにぃ、さっさと本調子に戻ってやるよぉ。ほら、俺、けなされると燃えるタチだからさぁ……くくくっ……」
そして、手近に座る銀の騎士に向かって、ニールヴェルトが空の皿をぐっと押しつけた。
「もっと食いもん、持ってこい……全然足りやしねぇ……これっぽっちじゃぁ、治る傷も、治らねぇよぉ」
***
――翌日。“宵の国”、南方領土内。
「さあってとぉ……それじゃあ、出発するとしよぉかぁ……」
朝陽を浴びて、ボキボキと音を鳴らして首を回し、ニールヴェルトが伸びをしながら言った。
残存兵力は、“明けの国騎士団”銀の騎士、25名。“特務騎馬隊”紅の騎士、2名。宵の国南方の護り、“暴蝕の森”を抜けることができた人間は、たったそれだけだった。
「これだけいれば、上出来だぁ。イチからやり直すってのはぁ、なかなか悪くないもんだぜぇ? 仲間集めから、始めよぉじゃねぇかぁ、なぁ? ……くくく……ひははは……」
宵の国の地に昇る太陽を見やりながら、ニールヴェルトが頭の包帯をほどいて、吹き抜けた風の中に、それを飛ばした。
――“烈血のニールヴェルト”、“新騎士団長アランゲイル”率いる27名の騎士、“暴蝕の森”、突破。宵の国中心部へ向け、北上、開始。
……。
南方戦役、終結。
……。
……。
……。
「……くくく……そぉいえばぁ、双子の奴らは、どぉなったかなぁ? ひははは……」
……。
……。
……。




