15-3 : 紫炎の眼光
指揮官の早すぎる戦死に全く気づいていない最前線の騎士たちが、“イヅの城塞”へ向けて進撃を続ける。
それを迎え撃たんと、城塞を遥か後方にして、大平原のただ中に立つは、単騎で明けの国の陣形の中に飛び込んでいったベルクトを除いた、104人の“イヅの騎兵”たちである。
“イヅの騎兵”たちは、明けの国の8000の大波の前に、3列からなる細長い陣形を作っていた。大平原に押し寄せる人間兵の陣形の前には、それは余りに小さい存在に映った。
「そんな少人数で陣形を作ったところで何になる! 踏み砕いてくれるわ! 騎馬兵、続け!」
人間兵が巻き起こす地鳴りの中で、複数の騎馬のいななきが響き渡る。そして十数頭の騎馬が陣形の先頭に飛び出し、“イヅの騎兵”たちの小さな陣形を踏み潰さんと加速した。
「このまま串刺しになるがいい!」
前方の“イヅの騎兵”たちの陣形まで、残り数十メートル。強靱な脚力の騎馬の脚で、ものの数秒という距離にあって、槍を構えた明けの国の騎馬兵たちの士気は最高潮に達していた。
「……第1陣、迎撃戦始め」
“イヅの騎兵”の1人、鷹の目の黒騎士が号令をかけた。
『御意』
“イヅの騎兵”たちの陣形の、最前列を構成する騎兵の一団が、ぐっと脚を踏み込んで、前方に飛び出した。
ビュンッと風の切れる音がして、紫炎の眼光が長い残像を引いていく。
明けの国の騎馬兵たちが、人間には到底信じられない強大な脚力で疾走した“イヅの騎兵”の動きを捉えた頃には、騎馬兵たちの目の前に片刃剣の鈍い輝きがあった。
「……え――」
ガイィィン……と、鉄の震える振動音がして、目が追いつかないほどの疾走の勢いが乗った“イヅの騎兵”の一閃の前に、明けの国の銀の甲冑は紙切れのように両断される。守るはずの中身もろとも真っ二つになった甲冑が、同時に幾つもの放物線を描いて弾け飛んでいった。中には跨がっていた騎馬の首もろとも両断された者もいた。
先陣を切って陣形から飛び出した明けの国の騎馬兵の集団は、“イヅの騎兵隊”の第1陣と合間見えた瞬間に骸の山と化し、最前列を駆けてきた明けの国の歩兵の行く手を塞ぐ。
前方で展開されるその有様を目にした歩兵たちが一瞬動揺する頃には、後方に向かって再び疾走した“イヅの騎兵”の第1陣が、元の陣の中に戻って整列していた。
「ここより先へは通れぬぞ、人間の兵よ……」
まるで瞬間移動だった……しかし、それは“魔剣のゴーダ”や“三つ瞳の魔女ローマリア”が使う転位魔法などではなかった。それはただただ、魔族の強靱な肉体による“疾走”であった。甲冑がギシギシと軋むほどの踏み込みから繰り出される“疾走”は、人間の目では捉えきれない速度に達している。明けの国の騎士たちがその目で追うことのできるのは、“イヅの騎兵”の目に灯った紫炎の残像だけだった。
「……第3陣、前進始め」
鷹の目の黒騎士の号令に合わせ、“イヅの騎兵”たちの陣形の3列目に構える騎馬隊が前に飛び出した。
全身に漆黒の装甲鎧を着けた黒馬が、バカラッ、バカラッと重い蹄の音を立てて駆ける。その動きは騎兵たちの“疾走”に比べると酷く鈍重で、黒馬の“遅さ”は“騎兵隊”の脚を引っ張っているようにさえ見えた。
「ひ、怯むな! 槍隊、構え!」
前進を続ける明けの国の前線歩兵の背後から、槍兵の構える長槍が突き出され、鈍重な黒馬に乗って突っ込んでくる“イヅの騎兵隊”を迎え撃つ。
――グシャッ。メキメキッ。
“イヅの騎兵隊”の騎馬たちと、明けの国の歩兵が衝突した前線に、鈍い音が響いた。
――バキバキッ。ベキャッ、ベキャッ。
鈍い音が、その後も続く。
「ぐわあぁぁぁ……!」
明けの国の陣形の中腹を形成する騎士たちが、前線で上がった断末魔を聞いた。
そして、前線で何が起きているのか気づくより先に、陣形の中腹に、“イヅの騎兵隊”の騎馬の集団が現れた。
バギンッ。ガギッ。ズシャッ。
前線で聞こえたのと同じ鈍い音が、陣形の中腹でも響く。
装甲鎧で身を固めた鈍重な黒馬が、目の前の障害物をなぎ倒し、踏み砕き、それらをかき分けて突き進んでくる音だった。
黒馬は凄まじい馬力で、最初と同じ鈍重な速度を一切落とすことなく、明けの国の陣形の中を強引に突き進んでいく。明けの国の槍兵の長槍も、メイスも弓矢も、黒馬の分厚い装甲鎧を突き通せない。陣形をかき乱す黒馬を止めようと躍起になる明けの国の騎士たちの頭上から、長大な太刀を抜いた漆黒の騎士たちの大振りの一撃が放たれ、何人もの銀の騎士たちがその重い斬撃に巻き込まれていった。
重い蹄の音を響かせながら、“イヅの騎兵隊”の騎馬隊が明けの国の陣形を切り崩していく。34騎の騎馬が1列になり明けの国の陣形に切り込む様は、銀の薄紙を黒い櫛で引き裂く光景に似ていた。
銀色に輝く長方形の陣形の先頭に、34本の黒い亀裂が入り、それがどんどん陣の内部に向けて浸食し、陣形がバラバラに寸断されていく。
「と、止まらない! どうやっても勢いが落ちない……! どうなってるんだ! あの黒い騎馬は……! ぎゃっ」
“イヅの騎兵”たちの駆る黒馬は、まるで重機のように目の前の障害物を粉砕し、前へ前へと突き進んでいく。その馬上に座した騎兵の豪腕から繰り出される太刀は、わずか一振りで一気に10人近くの明けの国の騎士の首を飛ばした。
背の高い黒馬の上に跨がってもなお、その太刀は地面に刃先が届く長さを誇る。“疾走”の勢いを借りずとも、その太刀は一振りで鋼の鎧を切り裂く研ぎ澄まされた刃を持つ。“イヅの騎兵”が全力で振り回しても、その太刀は傷1つ入らない硬さとしなりの強さを宿す。
“イヅの城塞”専属鍛冶師、“火の粉のガラン”の打ち鍛えたその太刀は、“銘無し”でありながら、人間の鍛冶師では再現不可能な完成度を誇っていた。魔族の永い人生のほぼすべてを、“鍛冶”というたったひとつの道に捧げたガランにしか生み出せない業物であった。
「――陣形が保たん……! た、隊長! 隊長は何処におられる!?」
「――指揮系統はどうなっているのだ?! 早く陣形を立て直させろ! このままでは防戦一方……! 相手はわずか100匹の魔族だぞ……!」
「――隊長が戦死?! 馬鹿な!」
「――副隊長はどうした!」
「――小隊長たちがどこにもいない……まさか我らを置いて……!?」
「――後方で情報が錯綜しています! 指揮を執る者がどこにもおりません! 何が起きている……?!」
乱れに乱れた陣形の中で、明けの国の軍勢は統率力を失いつつあった。隊長の戦死が、事実を伴わない噂話のように伝播し、部隊に混乱が生じる。それを鎮めて士気を盛り返させるはずの副隊長の号令は、どこからも聞こえない。副隊長の権限を代行する序列に当たる小隊長たちの姿も、気づけば大半が戦場から消えていた。
「ええい! これだけの優位にありながら何たるざま! 旗を貸せ! 私が指揮を執る!」
業を煮やした歴戦の騎士と思しき小隊長が、明けの国騎士団の旗を掲げて、崩れた陣形の中で号令をかけた。
「明けの国の騎士たちよ! この旗の下に集え! 陣形を立て直せ!」
覇気のある太い声が周囲に響き、戦意を落としていた騎士たちが「おおっ」と立ち上がった。
「……お前が、次の指揮官か……」
歴戦の騎士の背後から、ベルクトの淡々とした声が聞こえた。




