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13-1 : 鎖の重み

「……」



 ――明けの国、王都、王城。



「……これは……」



 ――特別法廷。



「…… 一体、何の真似まねですか」



 目をキッととがらせたシェルミアが、1歩前へと片足を踏み出した。


 ジャラリ。


 鎖が、地面を引きずる音がした。



「外しなさい……これを、今すぐに」



 シェルミアが、胸の高さに両手を上げる。


 ジャラリと再び鎖の引きずられる音がして、両手を縛る手枷てかせを持ち上げた分だけ、シェルミアの腕がずしりと重くなった。



「……そういうわけにも参りませぬ、シェルミア殿下……」



 頭上、右前方から声がした。


 身体の前側で両手に手枷てかせめられたシェルミアを、司法官たちが高い壇上から見下ろしていた。


 シェルミアは、円形の広い空間の中央に1人立っている。シェルミアを取り囲むようにして、壁沿いにぐるりと2階部分の構造が連なっている。2階部分の構造は、一見するとテラスのような、1階部分を見下ろすような作りになっていて、シェルミアがここまで通ってきた通路からは、2階部分には上れない作りになっていた。


 2階部分からは、数人の人影がシェルミアを見下ろしている。左右後方に2人。同じく左右前方に2人。そして、正面に1人。計5人の法をつかさどる者たちが、シェルミアをとがめるように、威圧するように、押し潰すように、じっと視線をそそいでいた。


 それが、特別法廷の光景である。



貴女あなた様には、嫌疑がかけられております、シェルミア殿下。無礼とは存じまするが、御容赦くださいますよう」



 左後方の壇上から、別の司法官が言った。



「……嫌疑? 何の話をしているのですか。一方的に、通告もなしに特別法廷に連行する権限など、誰にもないでしょう」



 2階部分からこちらを見下ろす司法官たちに向かって、シェルミアが叱責するように強い口調で言った。



「法をつかさど貴方あなたたちが、その法をないがしろにするような――」



「それは、少々御理解に誤りがございます、シェルミア殿下」



 特別法廷1階部分、シェルミアが通されたのとは別の通路から、声が聞こえた。



「法で定められている通告義務を省略し、強制出廷させることができる権限と条件が、この明けの国の法には存在いたします。まあ、殿下が御存じでないのも無理なきことではあります。司法官すら存在を忘れるほど、古い古い法典に記されている条文ですからな」



 コツコツと石床を歩く音が近づいてきて、法廷内を照らす明かりの下に、声の主が姿を現す。



「……ボルキノフ……?」



 手枷てかせめられたシェルミアと数メートルの距離を置いた位置に、明けの国の宰相ボルキノフの姿があった。



「その権限とは、王族と宰相のみに与えられているものです。そしてその条件とは――」



 息を吸い込み、胸をらせたボルキノフが、シェルミアを見下ろす角度で視線を向けた。



「――特級反逆罪……明けの国に対して、騎士団が謀反を画策した場合にのみ開廷される、特別弾劾裁判への強制出廷。これには通告なしの強制力が認められているのですよ、シェルミア殿下」



 宰相ボルキノフの言葉の意味を理解するまでに、騎士団団長シェルミアは、しばらくの時間を要した。


 初めの数秒間、シェルミアはボルキノフの言っていることの意味が分からず、目を丸くしていた。


 次の数秒で、シェルミアはこの法廷で何が行われようとしているのかを理解して、唖然あぜんとなって口を開けた。


 そして今この瞬間、手枷てかせめられたシェルミアの手は、爪が手の平に突き刺さるほどに強く握り締められ、その顔には屈辱と怒りの感情が浮き上がっていた。



「馬鹿な! 反逆罪? 謀反? 私が? 何を馬鹿なことを言っているのですか!」



「“被告人”は不要な発言をお控え願います、シェルミア騎士団長」



 声を荒らげたシェルミアを、ボルキノフが有無を言わさぬ冷徹な声音で威圧した。


 特別法廷内に、重く冷たい空気が満ちる。


 2階部分に座す司法官たちの無言の視線が、被告人席に立つシェルミアを鋭く射抜いた。



「……こんなことが……どうして……」



 ショックを受けたシェルミアの顔から、血の気が引いた。足下が定まらずふらつくと、それに併せて手枷てかせつながれた鎖がジャラリと音を立てた。



「どうして……どういうことなのです、これは……」



 何もかも納得のいかないシェルミアが、激情に肩を震わせる。



「順を追って説明いたしましょう、シェルミア騎士団長」



 ボルキノフがシェルミアの周囲をゆっくりと歩き回りながら、口を開いた。先ほどからボルキノフは、意識してシェルミアのことを“殿下”ではなく“騎士団長”と呼んでいた。その言い回しに潜んでいるであろう複数の意味を考えるだけで、シェルミアは胃の辺りがムカムカとした。



「先ほど申し上げました通り、シェルミア騎士団長、貴女あなたには特級反逆罪の嫌疑がかけられております。具体的には、先日発生した、南部への魔物の侵攻事件。その侵攻の手引きに、貴女あなたが関わったという嫌疑です」



 シェルミアの神経を逆撫さかなでするように、ボルキノフがシェルミアの前をゆっくり行ったり来たりしながら言った。



「ボルキノフ……? 血迷ったのですか……?」



 混乱している頭を理性でどうにかつなぎ止めながら、シェルミアが可能な限り冷静な口調で言った。



「一体、何を根拠にそんなことを――」



「シェルミア騎士団長、貴女あなたはひとつ勘違いをされております。貴女あなたに対して、特級反逆罪の嫌疑をかけたのは私ではありません。その権限を行使なされたのは――」



「私だよ、シェルミア。お前にその嫌疑をかけたのは、私だ」



 ボルキノフが現れたのと同じ道を歩いて、もう1人の人影が特別法廷内に姿を現した。


 現れた人影を見て、シェルミアの瞳が動揺に揺れた。



「……兄、上……」



 ボルキノフの横に並んで、明けの国王位継承第2位、兄王子アランゲイルがそこに立っていた。


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