12-4 : “烈血のニールヴェルト”
残り17体となった“獣”たちが、ニールヴェルトを円形に囲い込む。
「あーららぁ、こりゃぁ、窮地だねぇ」
ニールヴェルトが周囲一帯に素早く目をやる。頬には一筋の汗が流れていた。
カースが地面に四つん這いになり、再び強烈な跳躍の構えをとった。
「前方、後方、左右、上方……逃げ場はない。終わりだ……人間」
カースが口笛を鳴らし、全身の筋肉をしならせて目にも止まらない速さで跳躍した。跳躍先に枝を張った大木の幹を逆さまの姿勢で蹴って、ニールヴェルトの頭上に急速降下する。
カースのその動きに連動して、17体の“道具を持った獣たち”も一斉にニールヴェルトに飛びかかった。
「ほぉんと、これはずっりぃわ。避けれっこねぇ……」
ニールヴェルトが観念したように斧槍の柄の先を地面に立てた。そして、血塗れの左手を、腰にぶら下げた皮袋の中におもむろに突っ込んだ。
「手段なんて選ばねぇ……最後に勝てばそれでよし、かぁ……その通りだなぁ!」
パリンっ。
ニールヴェルトの血塗れの手の中で、小さな瓶が割れた。
そして次の瞬間、カースと“獣”たちの刃がニールヴェルトに届き――。
――そして周囲一帯に、紫色の血が飛び散った。
ドサドサと複数の倒れる音が聞こえ、一瞬の内に10体の“道具を持った獣たち”が息絶えた。
「……人間……」
地面に着地したカースが、ニールヴェルトを睨みつけた。
「……人間……貴様、何をした……」
カースのショートソードが、1体の“獣”の胸を刺し貫いていた。
同様の光景――“道具を持った獣”たちの同士討ちが、ニールヴェルトの周囲で起きていた。
何体かの“獣”に至っては、ニールヴェルトを庇うような構えを見せて絶命しているものさえいた。カースの前に立ち塞がって死んだ“獣”も、その内の1体である。
「さすがにさっきのは詰んでたからなぁ。“ズル”させてもらったぜぇ」
ニールヴェルトが1歩、前に歩み出た。
「俺もさぁ、あんたと同じだよぉ、カース様ぁ」
突如として無抵抗になった“道具を持った獣”の生き残りに、ニールヴェルトが容赦なく斧槍を振った。
残り、6体。
ニールヴェルトが、更に1歩、前に歩く。
「騎士ってやつはぁ、殺し合いの過程に意味を持たせたがるんだよなぁ。正々堂々、誇りをかけて、潔く、ってなぁ。……全っ然、面白くねぇ……」
1歩ずつ、ゆっくりと近づいてくるニールヴェルトを前にして、カースが“獣”たちに口笛を吹いた。
しかし、“獣”たちは身動きひとつせず、その場にじっと停止していた――いや、“ニールヴェルトに道を空けていた”。
その“獣”たちを、ニールヴェルトは1体ずつ、斧槍で斬り殺していく。
残り、5体。
「俺はぁ、そんなのどうっでもいいんだよぉ。作法をわきまえた殺し合いなんてぇ、前戯にもならねぇ」
ニールヴェルトが1歩進むごとに、“道具を持った獣”の数が減っていく。
残り、4体。
「勝ってぇ、打ち負かしてぇ、ぶっ殺してぇ、蹂躙する瞬間がぁ、最高にキマるんだよなぁ……」
残り、3体。
「生死の境界に立ったときのぉ、内蔵がねじくれて、頭がトびそうになる、あの限界スレスレの感覚がぁ、ずっと忘れられないんだよなぁ……」
残り、2体。
「俺は毎回、そこで勝つしぃ、生き残るんだけどぉ、最近思うんだよなぁ。もしかしたらぁ、そこで負けてぇ、死ぬ瞬間ってのもぉ、気持ちよかったりすんのかなぁってなぁ……」
残り、1体。
「今日ばっかりはぁ、それを覚悟したしぃ、ちょっと期待もしちゃったぜぇ、カース様ぁ……」
残り……ゼロ。
「でも、ざぁんねぇん。また、俺の勝ちだぁ」
ニールヴェルトが、カースの鼻先に斧槍の切っ先を当てた。
「動けねぇだろ? カース様ぁ」
「……何をしたのか、知らんが、このカースを、“森の民”を、甘く見るな、人間……」
ニールヴェルトが小さな瓶を割ってから、カースもうまく身体を動かすことができなくなっていた。途切れ途切れに口を開きながら、それでも目だけは未だ激しい闘争心で燃え上がっていた。
「あ、そ。なら、見せてみろよぉ、甘くないとこを、さぁ!」
ニールヴェルトが、斧槍を振り上げて、カースの頭部めがけて躊躇なく振り下ろした。
瞬間、カースが動きの鈍った身体を強引に跳躍させた。木々と家屋の壁を蹴り、ニールヴェルトを翻弄する。
「うひょぉ! “発掘物”の効果もすげぇが、あんたもすげぇよ、カース様ぁ!」
カースが、ニールヴェルトの死角に入り込み、一気に距離を詰め、心臓めがけてショートソードを突き出した。
「でもぉ、駄目なんだなぁ……もう、お前は俺に、ぜぇったい、勝てねぇ」
ピタッ。
「……っ!?」
ニールヴェルトの背中を目前にして、カースの身体が本人の意思に反して停止した。
そして、ニールヴェルトが、ゆっくりと振り返る。
「……よぉ、また後ろ、とられちまったなぁ、カース様ぁ。ようこそ……殺されに来てくれましたぁ……」
ニールヴェルトのその顔は、確定した勝利の悦で、これ以上ないほどの歪な嗤い顔になっていた。
――ゾクッ。
カースは、自分がその狂騎士に対して恐怖したことを自覚した。
最後の力で強引に身体を後ろに跳躍させ、カースが取り乱した声を上げる。
「貴様……貴様っ……貴様! 貴様あぁぁ! 何をした……! 何をしたあぁぁ!」
「……うるせぇよ。黙れ」
ドスッ。
右肩に重い衝撃を感じて、その反動でカースの身体が半回転した。
ニールヴェルトの放った太矢が、カースの右肩を貫いたのだった。
「うぐ……っ!」
「そういえばぁ。お前、言ってたなぁ。俺の殺意は、お前には届かないってよぉ」
ドスッ。
カースの右脚に、太矢が刺さる。たまらずカースは、地に膝を突いた。
「今なら、どうかなぁ? 俺の矢は、お前に届いたなぁ」
ドスッ。
太矢を抜こうとしたカースの左肩に、更に別の太矢が突き立つ。
「はぁっ……はぁっ……!」
力の入らなくなった両手をダラリと垂らして、動かなくなった脚を地面に横たえて、カースは目の前に立ったニールヴェルトを見上げた。
グサリッ。
ニールヴェルトの斧槍の切っ先がカースの腹を刺し、四大主の身体を宙に突き浮かべた。
「がはっ……!」
持ち上げられた斧槍の先端で、カースの身体がボロ切れのように吊られる。
「俺の槍も、お前に届いたなぁ……」
口元を三日月形に吊り上げているニールヴェルトが、斧槍ごとカースを地面に叩きつけて、追い打ちをかける。突き立った槍で地面に釘付けにされたカースは、それでもまだ息があった。
「人……間……後悔……するぞ……」
ザクッ。
震える手に握っていたショートソードをカースが持ち上げると、その腕にニールヴェルトが3本目のダガーを投げ刺した。筋を断たれたカースの手が自然と開いて、ショートソードが地面に転がる。
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
太矢と槍で全身を刺し貫かれて無防備に倒れているカースに、ニールヴェルトが馬乗りになって、最後の4本目のダガーでめった刺しにした。
「俺の剣もぉ、お前に届いたぜぇ……! 全部、ぜぇんぶ、届いたぜぇ! カースうぅぅ! はははっ! あーはははははぁっ!」
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
執拗に、徹底的に、猟奇的にダガーを突き立てるニールヴェルトは、鼻息を荒らげて、顔を紅潮させていた。
「四大……主……を……殺める……こと……淵王……陛下に……たてつく……こと……永遠に……悔やみ続けろ……人……間……」
めった刺しにされながら、ヒューヒューと息の漏れる音に混じって、カースが呪いのような言葉を呟く。
その言葉を意に介すことなく、ニールヴェルトはカースの髪を掴んで、瀕死の四大主を引きずり立たせた。
「“蝕みのカース”よぉ、さっきも言ったがよぉ、俺にも名前ぐらいあるんだぜぇ?」
狂騎士が、曇りきった四大主の目を覗き込みながら言った。
「俺の名は、ニールヴェルト。“烈血のニールヴェルト”だ。先に逝ってる犬どもに、ちゃぁんと、伝えとけ」
……。
……。
……ザグッ。
最後にニールヴェルトが、カースの心臓を貫いた。南の四大主に止めを差したのは、自身の武器であるショートソードだった。
瞳孔の開いた目をゆっくりと閉じながら、カースが最期の言葉を遺す。
「お赦し……くだ……さい……“カース”……さ……ま……」
カースの全身から、一切の力が抜け、命が零れていった。
――“烈血のニールヴェルト”、南の四大主“蝕みのカース”、及び、“道具をもった獣たち”30体、惨殺。




