11-4 : 狩るものと、狩られるもの
バキッ。グギッ。ボギッ。
強靱な顎によって、無理やりにへし折られ、噛み砕かれ、摩り潰される音が聞こえた。
「……はっ……はっ……!」
ブチブチッ。ズルッ。ビチャッ。
棘の生えた脚によって、容易く引きちぎられ、引きずり出され、まき散らされる音が聞こえた。
「……うっ、おえぇっ……!」
騎士の亡骸だったはずのものが、“暴蝕の森”の魔物たちによって食い散らかされていく。その様を間近で見た騎士が、恐怖と戦慄で思わず嘔吐した。騎士の甲冑には、南部駐屯部隊を示す刻印が施されている。
「にみぃー」
ニールヴェルトが“目玉喰らい”と呼んだ毛むくじゃらの猫のような魔物が、斃れた騎士と町の住民たちの眼球を抉り出して、グチグチと音を立てて咀嚼している。
「あ……ああぁぁ!」
“目玉喰らい”が死肉の眼球を貪る様だけでも酷い光景だったが、生きたまま喰われていく者が漏らす断末魔は、凄惨極まるものだった。
「目が……目が……!」
眼球を失い、空っぽになって血が流れ出ている眼窩を押さえてのた打ち回る住民に、“腸喰らい”がのしかかった。筋肉質の犬のような四肢で住民をその場に押さえつけ、鋭い嘴を下腹にぐさりと突き立てる。腹に差し込んだ嘴が上下左右にグチャグチャとこね回されると、それに合わせて人が発するとは思えない悲鳴が辺りに響いた。
そして“腸喰らい”が勢いよく住民の腹から嘴を引き抜くと、その先端で摘まれていた腸が、嘴で空けられた小さな穴からズルリと引きずり出された。
「ぎゃああぁぁぁっ!」
腸を引きずり出された住民が、“腸喰らい”の四肢の下でビクンビクンと痙攣した。想像を絶する恐怖と苦痛の中、それでも絶命することはおろか、気絶することさえできずに、断末魔の声を上げている住民。それを前に、戦意の折れた騎士は、死というものがどれだけ甘美で安息に満ちた救いなのだろうかと、祈るような思いで、その光景から目を離せずにいた。
もはや意味をなす言葉を発することも忘れて、悲鳴を上げることしかできなくなった住民に、大きな芋虫のような魔物がガサガサと素早い動きで這い寄っていく。
“腸喰らい”に生きたまま腸を喰われながら、住民の空っぽの眼窩に数匹の芋虫が押し寄せる。眼窩から覗いた尻尾がビチビチと住民の頬を叩き、そして眼窩の奥から、芋虫が骨にめり込むメキメキという音が聞こえてきた。
次の瞬間、地面にへたり込んでいる騎士が呆然と見ている目の前で、芋虫たちが住民の眼窩の奥にズルリと滑り込み、姿を消した。それと同時に、食い散らかされている住民が声を上げることも忘れて、ビンと弓反った。住民の頭蓋骨の内部から、ブチャブチャと怖気立つ音が聞こえる。芋虫――“脳味噌喰らい”が、住民の眼窩の底に空けた穴から内部に潜り込み、脳味噌を貪っている音だった。
そこまで来て、ようやく住民はバタリと脱力し、余りに遅くもたらされた死が、その恐怖と苦痛を取り除く。
後に待つのは、“骨喰らい”が住民の死体から肉と臓物を引きちぎってまき散らし、目当ての部位である骨を砕き喰らう破砕音だけであった。
「……にみぃー」
そうして、騎士は“目玉喰らい”がこちらを向いたことを認識する。
「……あ……あ……っ」
心の折れた騎士が、地面に落とした自らの剣に、震える手を伸ばす。その行為は、自分を奮い立たせるためのものではなく、魔物に一矢報いようとする執念から来るものでもなかった。
震えるその手が、再び剣を持つ理由は、たったひとつ。
「……は、は、早く……早く、し、死ななくちゃ……」
騎士が、ガタガタと震える剣の切っ先を、自らの喉元に向ける。
「……し、死ななくちゃ……い、嫌だ……あんな恐ろしいのは……生きたまま、く、喰われるなんて……どうせ死ぬなら……楽に、死なせてくれぇ……!」
「にみぃー」
騎士の懇願など意に介さず、“目玉喰らい”がピョンピョンと跳ね回りながら、騎士に近づいてくる。一見すると愛くるしくさえあるその容姿が、余計に恐怖を引き立てた。
「ひぃっ」
恐慌状態となった騎士が、自らを刺し殺すために、剣を自分に突き立てようと――。
――ビュオン!
騎士の耳元で、風が捻れる音がした。
「に゛み゛っ」
“目玉喰らい”が、真っ白だったフカフカの毛を赤く染めて、地面に串刺しになっていた。
“目玉喰らい”に一撃必殺の一矢を打ち込んだのは、太く長い太矢だった。
「前衛、第1陣、突撃ぃ」
号令の声に合わせて、茂みの中から10人前後の騎士たちが飛び出してきた。
心折れた騎士の横を素通りして、戦意に満ち溢れたかけ声を上げて、騎士たちが魔物の群れに切り込む。
動きの素早い“腸喰らい”に対しては、数人の騎士が息を合わせて包囲網を張り、逃げ場を塞いだ上で斬り倒していった。
カサカサと這いずり回る“脳味噌喰らい”を、槍を持った騎士たちが1匹ずつ狙いを澄まして冷静に刺し殺していった。
そして巨大な蜘蛛の姿をした“骨喰らい”に対しては――。
「第2射、行くぞぉ、どけ」
藪の中から、ビュオンと激しい風切り音を立てて、太矢が放たれた。
鋭く撃ち出された太矢は、“骨喰らい”の固い殻を容易く穿って、深く突き立つ。
「前衛、第2陣、前進開始ぃ。後衛、射撃用意ぃ。前衛第2陣会敵直前に、攻撃開始ぃ。味方に当てんなよぉ」
藪をガサガサと押し分けて、大弓を構え持ったニールヴェルトが姿を現した。
「……え……? 援、軍……?」
放心状態の南部の騎士が、へたり込んだまま、魔物を押し退けていく周囲の騎士たちをキョロキョロと見回して言った。
「おうよぉ。王都からの援軍ですよぉ、っとぉ」
南部の騎士の横に立って、ニールヴェルトが大弓の第3射を“骨喰らい”に叩き込んだ。太矢が突き立った箇所から、紫色の血が勢いよく噴き出す。
「キイイィィィ」
“骨喰らい”が金属の擦れるような鳴き声を上げて、ニールヴェルトの方へと向かってきた。棘の生えた長い脚を振り上げて、怒りに任せてそれを振り回してくる。
「そぉんな適当なのが届くわけねぇだろうがぁ、馬ぁ鹿」
脚を伸ばしてくる“骨喰らい”を前に、ニールヴェルトが武器を入れ替える。流れるような素早い動作で大弓の弦を肩に掛けて背中に回し、腕を戻す動作の過程で背負っていた斧槍を持ち出した。
ブオンっと、長い柄の斧槍が強大な遠心力を纏って空気を裂く音がした。それに続いて、切断された“骨喰らい”の脚が地面に落ちる、ドサっという音。
「キイイィィィ!」
脚を2本落とされた“骨喰らい”が、金切り声を上げながら後ろに引こうとする。騎士たちがそれを見逃すはずはなく、数人の騎士が逃げようとする“骨喰らい”の横腹に剣を突き立て、その場に押さえ込んだ。
「よぉし、そのまま押さえとけぇ」
ニールヴェルトが斧槍を肩に乗せて、“骨喰らい”の正面に歩き立つ。そして斧槍の先端で、“骨喰らい”の複眼のついた頭部をつついた。
「強い奴はぁ、自分よりも弱い奴を狩って喰うぅ。1番単純でぇ、1番基本のぉ、自然のルールだなぁ。それならお前らより強い俺らがぁ、お前らを狩るのもぉ、単純で基本的で自然なことだよなぁ」
ニールヴェルトが斧槍を振り上げて、“骨喰らい”の頭部に向かってそれを振り下ろした。
バカっと軽快な音がして、“骨喰らい”の頭部が真っ二つに割れ、巨大な蜘蛛の姿をした魔物は絶命した。
「――まぁ、お前らと違うのはぁ、俺らはお前らを狩るだけでぇ、喰ったりはしないってとこだなぁ。ほら、俺、ゲテモノ料理とか無理だから」




