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30-20 : 旧き盟約

 ちょう鱗粉りんぷんのように光の粒を舞わせていた、黒竜たちの羽。漆黒のうろことは対照的に、ふわりと柔らかくけがれを知らない純白のそれは、天の使いのごとく。


 これまでの時点で、既にこの世のものとは思えない美しさであった羽が、実体を自らの意思で分解して光へと変容していく。


「物質」から「現象」へ。「実在」から「概念」への昇華。


 あらゆる束縛から解放されたそれが、どこまでも広がって空を包み込んでゆく。


 “イヅの騎兵隊”が展開した、“光の翼”。立体的な編隊でぴたりと滞空する105騎のそれが互いに絡まり、溶け合って、天に途方もなく壮大な紋様を描きだす。


 真理に最も近いその種族が伝える、唯一無二、最古にして純粋の、神代の言語でつづられた術式。


 天と地が開かれた最初の日。そこに混ざり込んだ影が“原初の闇”であるならば、これはその影を最初に「影」たらしめた明かり。



『……』



 ゴーダとベルクトの傍らへ、一体の黒竜が身を寄せてきて2人をのぞき込んだ。澄んだ瞳は虹彩こうさいが二重に渦を巻いていて、どこまでも見通せそうなその目を見れば、彼がたかの目の騎士であることは一目瞭然。


 ベルクトと同じくしゃべれるはずの口を噤んだまま、ただ一度だけ目を閉じて深くこうべを垂れてみせると、たかの目の騎士はゴーダたちの眼前で“光の翼”を展開させて、神代の術式に最後の一画を描き足した。


 その翼の、何と幻想的なことか。



「ホロホロホロ……」



 “黄昏たそがれの魔”も、はるか下方の雲の上で、濁りの混じった6枚の翼をいっぱいに広げた。


 “改竄剣かいざんけんリザリア”の下僕たる魔の翼に包まれた空間がねじれ、裏返り、くら淵闇ふちやみにじみ出てくる。


 “石の種”――人間がそう呼ぶそれは、数千年に一度だけ仮死状態で実る「竜」の幼生。鉱物にのみ根を張り、永い時をかけて形を成していくという本来のことわりを外れて……「人間」の身に宿り、その果てに“黄昏たそがれの魔”として醜くゆがんだ姿となった同胞はらからたちの、声が聞こえる。


かえらせて』と。



『『『…………』』』



 同族にだけ聞こえるその声へ向け、迎え入れるように、祈りをささげるように、手向けの想いを渡すように、黒竜たちは透き通る声でいた。


 原始の歌が響き合い、星の海にまで届いていく。


 蒼穹そうきゅうを埋め尽くした神代の術式が太陽のように輝いて、回り始める。


 まわる。


 まわる。


 まわる。



「ホロホロホロォ……」



 ゾンッ。と、“黄昏たそがれの魔”のゆがめた空間から、闇が放たれ――。


 ……。


 ……。


 ……。


 ベルクトが、となえる。



『――“  :光あれ”』



 始まりの光が、世界を満たした。


 ……。


 ……。


 ……。



『『『おかえり』』』



 ……。


 ……。


 ……。


 始まりの光に包まれて、“黄昏たそがれの魔”が消えていく瞬間。“改竄剣かいざんけんリザリア”からも人間の巡らせた想いからも解き放たれて、生まれることのできなかった竜の仔たちの、穏やかで幼い声が聞こえた。



『ありが……とう……――』



 ……。


 ……。


 ……。


 あふれる輝きの中を、“光の翼”を広げたベルクトが飛んでいく。


 その背に主を――ゴーダを乗せて。


 視界の限りを真っ白に照らす始まりの光の向こう側に浮かび上がるのは、純然たる闇。


 純粋悪――“改竄剣かいざんけんリザリア”。


 “黄昏たそがれの魔”が始まりの光の中へかえった後にも、それだけが空に漂っている。



 ――欲シイ……“運命剣”……。



 “改竄剣かいざんけん”の柄にギョロリと開く、どこまでもくらい瞳。



 ――欲シイ、欲シイ、欲シイ……シカシ、手ニ入ラナイ……。



 その向こう側から、“原初の闇”がい出してくる。



 ――“次元ノ海”ガ、“未来”ガ……。黒イ騎士、オ前ガ邪魔ヲスルカラダ……。



 その闇は過去の改変など、もう望まない。



 ――手ニ入ラヌト、イウナラバ……。



 それが望むものは――。



 ――消エ去レ。“運命剣”ゴト、コノ世界カラ。



 闇が。くらくらい闇が。


 ベルクトごと。


 “運命剣リーム”ごと。


 ゴーダを消滅の闇で、握り潰す。


 歴史の上から、ことごとく。そもそもの始まりから、彼らが存在しなかった世界へと、暗転していく。


 ……。


 ……。


 ……。



「返さねばならん、ものがある」



「待たせている、奴らがいる」



「破る訳にいかん、約束がある」



「果たさねばならん、役目がある」



 ……。


 ……。


 ……。



『「私たちの家路を、邪魔するな」』



 ……。


 ……。


 ……。


 “封魔盾フリィカ”が、闇の中を淡く照らした。


 それまでベルクトたちの飛翔ひしょうについていくために生やしていた魔力の翼を、折り畳む。


 中心にスッと細い筋が入り、封魔の盾が二つに折れた。


 何度も何度も折れ曲がり、膨張し、伸縮し、その魔導器は己の形状を変えていく。


 “封魔盾フリィカ”――想いに応じて形を変える、“魔族から人間へと託されたもう1つの古代魔導器”が、最初の形へと戻る。


 否。


 ふるき盟約によって託された魔導器は、“たった1つ”。


 それは「武具」に在らず。


 戦うためのものではない。


 傷つけるためのものでもない。


 ゆえに。


 “それが抜かれぬこと”こそが、人間ひとと魔族の、盟約のあかし。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――カチンッ。


 ……。


 ……。


 ……。


 最初の形――“さや”の形へと戻った“封魔盾フリィカ”へ、“運命剣リーム”が収められる。


 “運命剣リーム”を縛り付けていた拘束術式が、解放されていく。


 シェルミアが自らの壊れた魔力によってこじ開けた、“綻び”などではなく。


 完全な形で、それ本来の権能が、解き放たれる。


 ……。


 それは、「武具」に在らず。


 ……。


 それが取る形は――「願い」そのもの。


 ……。


 ……。


 ……。



「――“  かい  びゃく  けん  ”」



 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。



 ――アア……。



 ……。



 ――“次元ノ海”ガ……“消エテイク”……。



 ……。



 ――アレハ……始祖ノ光……。



 ……。



 ――創造ノ……灯火……。



 ……。



 ――オオォォォ……。



 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 闇が晴れ。


 ……。


 ……。


 ……。


 そして全てが、真っ白に塗り潰れた。


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