25-9 : 歴史と未来
ザクリ。と、4人の分身体となったゴーダが、4本の剣を一斉に地面に突き刺した。
リンゲルトを取り囲むようにして、魔剣によって空間そのものが切り開かれ、そこに次元を跳び越える扉が開かれた。
前方の空間は後方の空間と繋がり、左の空間は右の空間へと連なり、上下の判別は最早つかなくなっていた。
「ぬぅっ……!」
前方を見やるリンゲルトの意識が、己自身の背中を見ている気色の悪い感覚があった。右に眼をやれば、自分の左側面が間近に見える。
そんな光景が、何重、何万重と連なり、“魔剣のゴーダ”によって切り取られたその空間は、無限に続く合わせ鏡の世界と化していた。
そしてその合わせ鏡の空間が、少しずつその中心に向かって狭まってきているのを目にして、リンゲルトは怒りと呪いの声を上げた。
「させぬ……させぬぞ! ゴーダぁあ!!」
実体化したリンゲルトが、“無色の灰”を操って数え切れない武器を喚び出し、四方八方に向けてそれを暴れ振る。
「貴様に……貴様なんぞに! 貴様のような若造に!! 我らの歴史をやらせはさせぬぞォオオ!!!!」
暗い光を眼窩に宿して、外套をばさばさと振り乱すリンゲルトの姿は、怨念に塗れた幽鬼そのものだった。
「――“遡行召還:帝国歴”! やらせはせぬ! やらせはさせぬ!! やらせてなるものかァアアアアア!!!!」
閉じた空間の中に、“渇きの教皇”を祀り上げた亡国の歴史たちが爆発した。
「「「「「オォ゛ォ゛オオオオォ゛ォ゛ォ゛オオオオオ!!!」」」」」
何十万もの“鉄器の骸骨兵団”が暴れ回り、出口をこじ開けようと怨念の声を無数に轟かせた。
……。
……。
……。
『無駄だ……』
4人のゴーダが冷たく言い放ち、地面に突き立てた4本の剣を、今度はゆっくりと引き抜き始める。それに連動して、合わせ鏡となった閉鎖空間が、速度を増して見る見るうちに収縮していった。
『墓所から這い出た死者が歩き回っていいほど、この世界は広くはない。ここは、生者たちの為の場所だ』
……。
……。
……。
「やめよ……やめよ……!!」
……。
……。
……。
『未来の邪魔をするな……歴史に縛られた亡霊よ……』
……。
……。
……。
「――やめろぉぉおおおおおぉぉぉおおおおおっ!!!」
……。
……。
……。
……。
……。
……。
4本の剣が大地から抜かれると同時に、合わせ鏡となった空間の歪みが1点にかち合い、無限の薄さに収縮して……やがて、何も見えなくなった。
かつて魔族の地に存在した国、“ネクロサス”――そう呼ばれていた亡国の歴史は、そうして“不毛の門”と呼ばれた地に溢れ、今はどこにもその姿を残してはいなかった。
……。
……。
……。
「…………」
いつの間にか1人の姿に戻っていたゴーダが、よろりと体勢を崩して岩場に背を預け、深手を負って力の入らない両脚をずるずると滑らせてその場に座り込んだ。
「……はぁ……はぁ……っ……少々、無理が過ぎたな……ごほっ」
喉に詰まった血の塊を吐き出しながら、ゴーダが荒い音を立てて呼吸を繰り返した。“不毛の門”に吹き抜ける乾いた風が喉を灼き、肺の中をカラカラにしていくようだった。
投げ出した両脚に目をやって、改めてそこに負った傷の具合を確かめたゴーダが舌打ちを漏らす。
「……チッ……この脚では、ろくに歩けんな……。参ったな、崖の上にお姫様を置いてきたきりだ……」
そう独り言を漏らしながら、暗黒騎士は自分のやられようを不甲斐ないと鼻で笑った。
「……さすがに、今回ばかりは、堪えた……はぁ……はぁ……」
脱力したゴーダが、兜を被ったまま顔を俯かせて、しばしの間目を瞑った。全身の激しい痛みと著しい疲労感に苛まれながら、暗黒騎士は乱心したリンゲルトへの怒りと、北の四大主の“明けの国”への侵攻を食い止めた達成感を噛み締めていた。
「……ふうぅ……いつまでも、こうしてはおれん……事後処理が、まだ、残って……――」
石のようになった身体に鞭を打ち、ゴーダが重たい瞼を開ける。
……。
……。
……。
目を開けた先、“不毛の門”の大地に、夜と見紛うほどの濃い影が落ちていた。
「…………」
不審に思ったゴーダが、ゆっくりと、顔を天上へと向けた。
突如、天に現れた日食の影が、陽の光を遮って、地上には届かない暗い光で空を照らしていた。
「…………」
ザクリと剣を杖のように地に突き刺して、思うように動かない身体を引き起こしながら、ゴーダが困憊した大きな大きな吐息を漏らした。
「……全く……悪い、冗談だな……」
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
「――“遡行召還……――」
……。
……。
……。
「――:神話歴”」
……。
……。
……。
カラカラカラ。と、骨の波打つ音が聞こえた。
……。
……。
……。
「……死を、畏れよ……」
巨大な鎌を振り上げて、“渇きの教皇リンゲルト”が、死神のように呟いた。




