6-1 : 指輪
――シェルミアとの一騎打ちから5日後。
日時は13の刻、4つ分けの1(午後13時15分)。私は自室のソファに座り、先日のシェルミアとの戦闘で負傷した左肩の傷の手当をしていた。
一騎打ちの間は余りに集中していたため、痛みも何も感じなかったのだが、シェルミアの古剣に左肩の筋をざっくりとやられ、腕が全く動かなくなっていることに気づいたのは、城塞に引き上げてからのことだった。
これがもし人間の肉体であったら、剣士として再起不能になっていたかもしれないが、そこは魔族の肉体である。正直、自分でも不気味なほどの早さで傷は癒え、2日目で痛みがなくなり、4日目で腕が動くようになった。
「……おお、動く動く」
そして5日目の昼。傷口はほぼ塞がり、私は調子に乗って腕をぶんぶんと振り回していた。
「軽い軽い。もう全快したか……あ痛っ」
左肩に電流が走ったような痛み。いかん、調子に乗りすぎた。幾ら何でもそんなに早く治るはずがなかった。
「ゴーダ様、いらっしゃいますか」
傷口をさすっていると、扉の向こうからベルクトの声が聞こえてきた。私はソファから立ち上がり、私室の扉を開けて外に顔を出す。
「ああ、ベルクト。見つかっただろうか?」
私は開口一番、ベルクトにそう尋ねた。
「いえ、残念ですがまだ」
ベルクトが首を振って答える。
「宿舎、武器庫、食料庫……手の空いている者を動員して探していますが、何処にもそれらしきものは見当たらないようです」
「そうか……。私も執務室と私室を隈なく探してみたのだが……はて、何処にやってしまったものか……」
ここ数日、正確に言えばシェルミアとの一騎打ちに敗れてから、私は“ある物”を探し回っていた。それはかつて私が何度か使ったことのある魔導器で、今の私の目的にどうしても必要なものだった。
だが捜し物とは、よくある話で、そういうときに限って、どこにやったか分からなくなってしまうものである。
「ベルクト、まだ探していない場所はあるか?」
ベルクトが口元に指を当て、捜索状況を整理する。
「……あと1か所、探していない場所があります」
思い出したベルクトが、ぽんと手の平を叩いた。
「そうか。よし、私も探しに行こう。どこだ?」
私の問いかけに応えて、ベルクトが通路を指差した。
「ガラン殿の工房です」
***
「んー? 何じゃ? 何を探しとるって?」
場所はガランの工房。鉄鉱石が満載されている木箱を、ひょいと軽そうに片腕で担ぎ上げているガランが、きょとんとした顔で私とベルクトの方に振り向きながら言った。
「指輪だ。指輪を探している」
「指輪ぁ? はーん、あったかのう、そんなもん……」
ガランが「えーっと?」と首を傾げながら、辺りをうろつく。肩に担いでいる鉄鉱石の山が、ぐらぐらと危なっかしく揺れた。
「ちょっちょっ……ガラン、とりあえずそれを下ろせ。下敷きは勘弁だぞ」
私は慌ててガランに荷物を置くよう促す。それが落ちてきたら真面目に洒落にならない。
「ぶーっ……仕事の邪魔しに来た上に、注文の多い奴じゃのう、お主は」
ガランが不満たらたらといった様子で口を尖らせ、「どっこいせ」と、渋々鉄鉱石の山を床にどすんと下ろした。
「ふん、まあ勝手に探してくれて構わんのじゃが、“そこ”からそんなに小さなものを掘り出せるかのう」
ガランが親指を立てて、自分の背後をぐっと指差した。その指の差す先には、がらくたが無造作に突っ込まれた物置スペースが広がっていた。打ち損じた甲冑、柄の折れた工具、恐らく失敗作と思しき抜き身の刀……近づいただけで全身ぼろぼろになってしまいそうな、がらくたの山がそこには広がっていた。
「……ガラン……もう少し整理というものをだな……」
私はその混沌を前に、頭に手をやりながらうなり声を上げた。
「かーっ! うるさいやつじゃのう。そのうちまとめて溶かして使おうと思っとんじゃい。嫌なら探すでないわ」
ガランがぶーぶーと文句を垂れた。
そういうガランの作業スペースは、効率的に刀が打てるよう、恐ろしく綺麗に片づいている。自分の興味のあるものには没頭して愛情を注ぐ反面、興味のないものには全く無頓着なガランの性格が、ありありと現れていた。
「ベルクト……私はここにはないと思うぞ。いや、なくあってほしい。ないはずだ。あってはならない」
私は深いため息をつきながら、半ば自分の願望を口にした。
「では、他を当たるとしましょう、ゴーダ様」
ベルクトはただ淡々と、事務的に応えた。
「で? ベル公と連れ添って探しとる、その指輪が何なんじゃ?」
仕事の邪魔になる私とベルクトを、しっしと手で払いながら、それでもガランは気になるらしく、私が探している指輪について尋ねてきた。
「魔導器だ。昔何度か使ったことがあるのだが、何処にやったか忘れてしまってな」
私のその言葉を聞いて、ガランがジトっとした目を私に向けた。
「ゴーダよ……お主、阿呆か?」
ガランが呆れた声を出す。
「む。いきなり失礼な奴だな、ガラン。私が何かおかしなことを言ったか?」
「おかしいも何も、そんなもんがこの城塞にあるわけなかろう」
そしてガランが、びしっと私を指差して言葉を続けた。
「お主、この城塞に越してくる前に、魔導器の類はほとんど全部置いてきたんじゃろうが。魔女んとこに」
ガランのその言葉に、工房内の空気が一瞬固まった。
「……あ……」
すべてを思い出した私は、少々間抜けな声を漏らしてしまった。




