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宵の国戦記(■旧題:最強の暗黒騎士は定時で帰りたい! )  作者: 長月東葭
第3部 : 「黄昏」編 ―侵攻戦線(前編)―
139/323

19-13 : 人の特性

「ニールヴェルト総隊長」



 集落の中で何隊かに分かれて個別に行動を取っていた“明けの国”の騎士たちが、次第に静まっていく周囲の気配に状況が終わりつつあることを感じ取って、集結を始めていた。それに一足遅れて、騎士団総隊長“烈血のニールヴェルト”が、その集団に合流する。



「よぉ。調子はどぉだぁ? “増え”はしてもぉ、まさか“減って”はねぇよなぁ?」



「損害無しとは参りませんでしたが、それを補って余りある増強となりました」



「あぁ、そぉ。いいんじゃねぇのぉ?」



 集結した騎士たちの顔ぶれを見渡しながら、ニールヴェルトが間延びした声で言った。



「ひぃ、ふぅ、みぃ……あぁららぁ。だぁいぶ、編成が変わったなぁ、ははっ」



 騎士たち1人1人を指さしてその数を数えながら、ニールヴェルトが面白がるように続けた。



「銀色いのが、また減ったなぁ。あかいのばっかり増えやがる、ははっ」



 “明けの国騎士団”総隊長の前に整列している騎士たちの内訳は、“明けの国”正規兵のあかしである銀の甲冑かっちゅうまとった騎士が15名。そして宰相直下の独立部隊として騎士団に編入された“特務騎馬隊”の象徴である真紅の甲冑かっちゅうまとった騎士が、“120名”だった。



「これじゃあ“暴蝕ぼうしょくの森”に入る前とぉ、立場逆転だなぁ。なぁ、もう俺ぇ、総隊長やめてもいいんじゃねぇのぉ?」



「御冗談を」



「あぁ、やっぱ駄目かねぇ? 割と俺、本気で言ってんだけどなぁ、ははっ」



 ニールヴェルトの冗談とも本気ともとれない言葉に、銀の騎士たちが笑う気配があった。その銀色の集団を囲うようにして整列するくれないの騎士たちは、これまでもそうだったように一言も口を開かず、息をする音も立てずに沈黙している。



「さぁてとぉ、それじゃあそろそろ、うちの殿下をお迎えに上がるとしますかねぇ……」



 銀とくれないの騎士たちを従えて、“烈血のニールヴェルト”が集落の中心へと歩き出す。


 主君に、次代の王に、血塗られた力を求めた者に、奉ずるために。



 ***





「……ほぉ」



 近づいてくる気配と足音に振り返った“王子アランゲイル”が、落ち着き払った声で、珍しいものを見るように声をこぼした。


 アランゲイルの視線の先では、夜の影に半ば溶け込むようにして、およそ30名の魔族軍の兵士たちが、武器を手にして戦闘の構えを取っていた。



「貴様等が、“宵の国”の正規兵たちか……」



 多勢に無勢の状況の中、王子が動じぬ声音で魔族兵たちに語りかける。



「……“淵王えんおう”陛下の地を侵す者の問いに、返す言葉など持たぬ」



 統率役と見られる巨躯きょくの魔族兵が、兜越しに低い声で言った。その集団は特定の種族で構成されているようで、どの兵もその体躯たいくが人間よりも二回りほど大きななりをしており、立ち姿だけで相当な威圧感を放っていた。



「ふん、まぁそんなことは、此方こちらとしてもどうでもよい……自警団であろうが、魔族軍であろうが……」



「……」



 巨躯きょくの魔族兵たちが、その体格に見合った巨大なつちや戦斧を構え、アランゲイルににじり寄っていく。


 およそ30人の巨体を誇る魔族兵の殺意を一斉に向けられると、壁そのものが迫ってくるような威圧感をびりびりと感じた。その圧迫感は情け容赦のない戦場の空気そのもので、王城の中に籠もりがちであった時分の王子であれば、耐えかねて助けを呼び叫んでいても不思議ではない重圧だった。



「……。ふむ……」



 しかし、それはあくまで“当時のアランゲイルであったなら”という仮定にすぎない。



「さすがに、それ相応の訓練と実践を積んだ兵の放つ闘気というものは違うな。“暴蝕ぼうしょくの森”でも何度か殺されかかったが、獣が放つ気配と兵士のそれとでは、なるほど殺意の有りようが異なるらしい……」



 “宵の国”の南のまもり、“むしばみのカース”を前に幾度かの死線と死地を越えた王子もまた、人の子である。その“成長の早さ”こそが、人間の持つ特性の真骨頂だった。



「辞世の句はそれか? “人間”よ……」



 じりじりと、しかし確実に近づいてくる魔族兵の巨体が、王子の視界を埋めていく。恐らく巨人の類いに属する巨躯きょくの魔族兵が、小さなアランゲイルを見下ろして言った。その体格差から生じる力の差は覆しがたく、武器など持たずとも片手だけで王子の四肢をバラバラにできようことは容易に想像できた。



「……辞世の句だと? 笑わせる」



 顔を上げて巨躯きょくの魔族兵と目を合わせたアランゲイルが、冷たいまな差しと言葉を投げ、自身に向けられた殺意と威圧を鼻で笑い飛ばした。



「我が名はアランゲイル。騎士団を率いるちょうにして、“明けの国”の王位を継ぐ者である。力を持つ者は、死に場所を自ら決める。“そしてここは、私の死に場所ではない”。……しかと聞け、“宵の国”の兵よ――」



 そして王子が口にした言葉は、命乞いでもなく、交換条件でもなく、威嚇でも、虚勢でもなく――。



「――我が軍門に下れ」



 ――有無を言わさぬ、“命令”だった。



「……」



 最早もはや語る言葉もなく、巨躯きょくの魔族兵たちが武器を振り上げる。



「愚かな“人間”よ……死をもってその罪を償え」



 巨大な戦斧が振り下ろされ、ゴウと風が押しのけられる音がした。


 ……。


 ……。


 ……。



「……ぬっ?!」



 しかし、戦斧の刃がアランゲイルに届くことはなかった。巨躯きょくの魔族兵の腕に“それ”が絡みつき、戦斧の一撃を止め、力を拮抗きっこうさせ、そして少しずつ押し返していく。


 “それ”は、液体とも粘土とも言えない無形の存在だった。自在に形を変える“それ”が無数の蛇の尾のように伸び、巨躯きょくの魔族兵の腕に絡みついたのだ。一見すると、力を込めれば簡単に引きちぎれるように見えるその無形の物体は、しかし驚くべき弾力性と強靱きょうじん性を持っていて、魔族兵の腕力でさえどうすることもできない代物だった。



「……ふん」



 ――ボキッ。


 無形の物体に腕を封じられた魔族兵を見やりながら、王子が鼻で笑うと同時に、骨がへし折れる鈍い音がした。



「ぐあぁぁ……っ!」



 絡みついた無形の物体の信じられない力によって両腕の骨を砕き折られた魔族兵の口から、苦悶くもんの声が漏れる。


 1度締め上がり出した“それ”は、巨躯きょくの魔族兵の腕を折った後も力を緩めず、みるみる内に細く堅く凝縮していく。それに伴って、手甲がへこむベコンという音があって、鉄の砕けるバキリという音が続き、肉がすりつぶされるミチミチという音と、魔族兵の苦痛に満ちた声が上がった。



「聞いていなかったのか? 私は尋ねたのではない、“命じた”のだ」



 動きを封じられた巨躯きょくの魔族兵の甲冑かっちゅう越しにその目をのぞき込みながら、アランゲイルが冷徹な声で言った。


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