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宵の国戦記(■旧題:最強の暗黒騎士は定時で帰りたい! )  作者: 長月東葭
第3部 : 「黄昏」編 ―侵攻戦線(前編)―
135/323

19-9 : 次代の王

「ぐあぁぁああぁぁあああぁぁっ!」



「ぎゃあぁぁぁぁぁ……っ!!」



 肉の断ち切られる音と、血飛沫ちしぶきの飛び散る音に混じって、人の声とも獣の鳴き声ともつかない悲鳴が幾重にも重なって闇夜やみよに響く。



「ははは……」



「くくく……ふふふっ……」



 その血生臭さと死の気配を漂わせる狂騒に混じって、銀細工のように冷たく乾いたわらい声が重なった。



「……グルルル……」



「ギギャギャ……」



 そして、狂騒とわらい声のどちらよりも多い数で、真っ赤な“何か”のうごめく気配が周囲を満たしていた。



 ――殺せ。



 ――殺せ。



 ――殺せ。



 ――殺せ……殺せ殺せ殺せ。



 ――魔族を殺せ。



 ――“宵の国”の兵士を殺せ。



 ――紫血の流れる民を殺せ。



 ――“明けの国”の地を侵した、人ならざる者たちを殺せ。



 ――これは大義ある戦争だ。義の旗の下の抗争だ。正義のための闘争だ。



 ――“明けの国”の民にとって、最後の未開の地を……魔族ののさばる、忌まわしき地を……“淵王えんおう”の支配する、“宵の国”を……我ら人の手に解放するための、聖争だ。



 ――銀鉄のつるぎで“敵”を斬り裂き、我らの前に道をひらけ。



 ――真紅の槍で“魔”を穿うがち、我らの背中にしかばねを築け。



 ――忌まわしい紫血で大地を洗い、赤い血潮の種をけ。



 ――このアランゲイルに、人の力を示して見せろ。“明けの国騎士団”よ。



 ……。



『仰せのままに……我らが騎士団長……次代の王よ……』



 ……。


 ……。


 ……。



「……」



 “王子アランゲイル”が、銀とくれないの騎士たちによって開かれた道を、止まるでもなく、早足になるでもなく、ゆったりとした歩調で歩き、前に進む。


 道の両翼に積み上げられた魔族の死体には目もくれず、足下を小川のように流れる紫色の血の匂いにも眉1つ動かさず、兄はただ、前へ前へと歩み続けた。


 兄の視界の端々(はしばし)で、度重なる虐殺に猟奇のわらいを刻み込んだ銀の騎士たちが、まだ息のある魔族の男たちをむごたらしくなぶり殺していく。


 兄の耳元のすぐそばで、自らの本能に身を任せたかのようなくれないの騎士たちが、死体の血をすする音が通り過ぎる。



 ――シェルミアよ……我が妹よ……。



 兄の背中には、“裏切り”があった。



 ――お前はいつだって、私にはないものを持っていた……。



 兄の足下には、“死”があった。



 ――お前は、全てを持っていた……私よりも優れたものを……私がどれほどもがいても、決して届くことのない、才能と祝福を……。



 兄の眼前には、“争い”があった。



 ――お前は、私から全てを奪っていった……聡明そうめいさと慈愛と人徳でもって……何の悪気もなく、一切の下心なく、指先ほどの優越感さえ抱くことなく……その“明星”の名の下に、私のその醜さを、この目が潰れるほどに照らし出して……。



 そして、兄の見つめるその道の先には――。



 ――だから“これ”が、私に残った唯一のものだ……シェルミア、お前に全てを奪われた、アランゲイルという名の男の、けがただれたこの手に残った、“これ”が最後の、私の器だ……。



 ……。


 ……。


 ……。


 背後に、魔族の気配を感じた。


 鎧をまとい、武器を手にし、生まれ持った屈強な身体と、鍛え抜かれた技を携え、魔族兵の守備隊が、夜明けよりもはるかに早く、“人間”の前に現れる。


 アランゲイルの背後に詰め寄った魔族兵が武器を振り上げ、今まさにその鋭利な刃先を“人間”の王子に振り下ろす。


 ……。


 そこまで知っていながら、しかしアランゲイルは振り返ることも立ち止まることもしなかった。己の内に残された、たったひとつの器の中に執念の火をべ、王子はただ、同じ歩みで前に進み続けていた。


 ……。


 ――ドゴッ


 ……。


 ……。



「むっ……!」



 魔族兵の、くぐもった声が聞こえた。


 ……。



「ああ……いいねぇ……ひははっ……」



 王子に振り下ろされた魔族兵の剣先を斧槍で受ける剣戟けんげきの音と、“烈血のニールヴェルト”のゆがみきったわらいが聞こえた。



「いいねぇ……あんたぁ、すごぉく、いいぜぇ……。暗くて冷たい、どす黒い火が見えるみたいだぁ……。それは人の王の子が持ってていいもんじゃあねぇ……」



「……不服か……? ニールヴェルト……」



「……とぉんでもない……」



 その背後で狂騎士がこれ以上ないほどに口角をり上げていることを、王子は振り返らずとも知っていた。



「殿下のような主君にお仕えいたしますこと、このニールヴェルト、長きにわたり、お待ち申し上げておりました……」



 ニールヴェルトが、突然その口調を改める。その声音は、主に忠義を誓う騎士の声、そのものだった。


 そして――。



「……ほら、俺……ずっと仲間が欲しかったからさあぁぁあああぁぁ! あーはははははぁぁぁあああぁぁぁっ!! ひははっ……ひはははははぁぁあああぁぁぁっ!!!」



 狂人の笑い声が、すべてを飲み込んだ。



「ならば、私にあだなす敵を討て。私の歩みを邪魔する者を打ち砕け。“烈血のニールヴェルト”」



 ただの1歩も歩みを止めず、真っぐに前に進み続けながら、アランゲイルはただそう命じた。



「お任せ下さい……アランゲイル様ぁぁあああぁぁああぁ! あははははぁっ!!」



 星の光だけに弱く照らし出される闇の中で、ニールヴェルトが歓喜に両手を広げ、狂喜に身体を反り返らせ、愉悦にその顔を悪夢のようにねじり上げ、どんな獣よりもおぞましい声でわらった。



「こやつら……! 狂っているか……!」



 殺戮さつりくの限りが尽くされる集落に駆けつけた魔族兵たちが、兜の下で喉を絞り上げるようにつぶやいた。



「あはははははぁああぁぁあっ! さあぁ……来いよ……俺と遊ぼうぜえぇ……ひははぁっ!」



 高揚の余りに血走った目を丸く見開いて、背中を丸めた狂騎士が誘うように口を開く。半開きになった口許くちもとからは舌がだらりとのぞき出て、その形相は魔物よりも邪悪だった。



「うっ……! 二手に分かれる! 1隊はあの狂人を。もう1隊は先に進んだ“人間”を追え……!」



 その場にいた20人弱の魔族兵たちが2つの集団に分かれ、1隊はニールヴェルトに突撃し、もう1隊はその脇を通り過ぎてアランゲイルの後を追った。



「……」



 背後の喧噪けんそうの一部始終を、アランゲイルは全て聞いていた。自警団とは段違いの戦力を持つ魔族軍の兵士がこの場に現れ、その内の幾らかが今正に自分を討とうと詰め寄ってくる気配をびりびりと感じた。



「……」



 しかし、それでも兄は、決して振り返ることも、歩みを止めることもしないのだった。



「……」



 ……何故なぜ、振り返らねばならぬ。何故なぜ、歩みを止めねばならぬ。


 ……これは、人の王の子が命じた言葉。


 ……“あだなす敵を討て。歩みを邪魔する者を打ち砕け”、と。


 ……そのめいは、既にそれを聞くべき者の耳に届いているのだ。


 ……ならば、次代の王は、その全てを背に置いて、前に進むのみ。


 ……。


 ……。


 ……。



「――“風陣:裂風れっぷう”」



 ――ザンッ。


 枯れ葉の厚みほどに圧縮された風の刃が地を走り、どんな刃先で切りつけるよりも鋭く、土と石を斬り裂いた。


 兄の背後に走り迫ってきていた魔族兵の足音は消え、キィィィィっという甲高い風切り音だけが沈黙をき乱していた。



「……良い働きぶりだ。よくやった、ニールヴェルト……」



 歩き続けるアランゲイルが、背後に立つ狂騎士に言葉だけを送る。



「お褒めに預かり、光栄ですぅ……アランゲイル様ぁ……」



 アランゲイルの背中に向かって、ニールヴェルトが深々と頭を垂れた。



「この場は貴様に任せる……大いに武勇を示して見せよ……」



 その一言と、砂利を踏みしめる足音だけをその場に残して、王子の姿が、闇の中に消えていった。



「かしこまりました……我が主よ……」



 アランゲイルを闇夜やみよの向こうに見送って、ニールヴェルトがくるりと身体を翻す。自身に向かってきた魔族兵の集団をたった一撃で葬り去り、続く2撃目で主君に近づいた魔族兵をも斬り伏せて、いまだ集落の外周部に潜む“獲物”の気配を嗅ぎ付けながら、狂騎士はニヤリと歯を剥いてわらった。


 その腕に、“左座の盾ロラン”の魔導器、“風陣の腕輪”を光らせながら。



「……ひははっ」



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