18-15 : 彼の二つ名で
……。
……。
……。
ガシッ。
“運命剣リーム”を鞘に収めたエレンローズが、左肩を貫いた骨の槍を右手で掴んだ。
「……ほお」
リンゲルトが、未熟な駒運びをする対局相手の足掻きを面白がるように、鼻で笑った。
「女騎士というものは、もっと優雅な剣舞を見せてくれると思っておったが、そういうものでもないようじゃのう」
「お生憎様……私はそういうサービスは、しないわ……」
左肩の傷口から赤い血が溢れ、感覚がなくなり動かなくなった左の指先に流れたそれが、滴となって滴り落ちた。
筋肉を傷つけられた左足は、自分の体重を支えているだけで激痛に脂汗が噴き出した。
「ならば、せめて小鳥のように鳴いてみせよ……」
骨の槍がグリグリと回転して、傷口を掻き回す。
「……っ!」
苦痛に顔を歪めながらも、しかし女騎士は呻き声ひとつ漏らさなかった。
「……残、念……だっ、たわね……そういうのも、お断りよ……!」
食いしばって剥き出しになった歯と鋭い眼光には、まだ猟犬のような強い意志が燃えたぎっていた。
「……“雷……刃”……!!」
“雷刃の腕輪”に魔方陣が浮かび上がり、エレンローズの全身を雷が舐める。それは周囲にも伝播して、稲妻がもたらす高温と衝撃に骨の槍がパンッ、パンッと軽快な音を立てて破裂していった。
「まだ、よ……まだ……!」
稲妻の層は肥大を続け、床から突き出た無数の骨の槍を次々に破裂させながら、やがてリンゲルトにまで達した雷が、再びその骨の身体を焼き始める。
「……フン……つまらん」
その身を焦がす雷に不快感を露わにしたリンゲルトが、まとわりつく虫を散らすように右腕を払った。
リンゲルトのその意志に呼応した骨の槍の破片が束になり、無秩序な形状のただの骨の塊となったそれが、エレンローズを殴打した。
メシリ。
人の背丈ほどの大きさに集合した骨の塊の殴打に、エレンローズの身体は枯れ木を蹴飛ばすように容易く吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられた衝撃で全身の軋む音が耳の内側から聞こえた。
「ぐっ……かは……っ!」
全身を強打した衝撃で肺から一切の空気が抜け、肉体が酸素を必死に求め、視界がゆらゆらと揺れた。
「……。不愉快じゃ……我らが闘争の悲願に……蹂躙の愉悦に……生者への渇望に……水を差すでない、小娘……」
苛立ちの声音を含ませて、リンゲルトがその虚ろな眼窩で床に倒れ込んでいるエレンローズを見やる。それに合わせて、新たに生えてきた骨の槍の先端が、女騎士の方へギラリと向いた。
……。
……。
……。
――ああ……すっごく痛い……苦しい……。
……。
……。
……。
――やっぱり……シェルミア様の剣を勝手に持ち出した、罰が当たったのかな……。
……。
……。
……。
――でも……それはいいの……。罰が当たるのは、構わないの……。
……。
……。
……。
――これが……“最善の選択”なんだから。
……。
……。
……。
魔導器“運命剣リーム”の内部機構は、全くの未解明である。どのようにして未来を観測し、どのようにして運命を人の意志によって選択可能とさせているのか、全てが謎に包まれている。
唯一分かっていること。それは“運命剣リーム”が選択する未来の形は絶対であるということと、“観測可能な未来の長さが、使用環境によって増減するということだけだった”。
骨の槍に手傷を負った際、エレンローズが生命の危機を感じながら見た可能性の万華鏡。それは彼女が“運命剣リーム”の力を解放した中で、最も長い“数分先の未来の形”までを観測していた。
この状況は全て、彼女が自らの意志で選択した未来の、絶対の形だった。
エレンローズが見やる先、リンゲルトの真後ろ、その砦の縁に、万華鏡の中に確かに見た“最善の選択”の陰が揺れるのを見て、女騎士は腹の底で闘志に再び火が灯るのを感じた。
――ズドンッ。
背後から放たれたそれが、“渇きの教皇”の肋骨を粉砕した。
「ぐむっ……!?」
そこに突き立つは、真紅に染まる投擲槍。
移動砦の頂に到達し、仁王立ちになった鬣の赤騎士の姿が、そこにあった。
「カカッ……威勢のよいのがまた1人増えよった……! 生者とは全く、往生際の悪いものよ……!」
投擲槍に貫かれたことで動きが止まったリンゲルトを正面に見据えて、エレンローズがボロボロになった身体に鞭打って立ち上がる。
左腕は、腱と神経をズタズタにされ、もう使い物にならなくなっていた。
残された右腕1本に“運命剣リーム”を握って、“右座の剣エレンローズ”が飛び出す。脚の傷の激痛に意識が揺れても、全身の骨が悲鳴を上げても、女騎士は力の限り地面を蹴って、前に走った。
「カカカカッ……カカカカカッ! よい! その愚かしさ、実に愉快!!」
何度痛めつけても立ち向かってくるエレンローズの姿に、“渇きの教皇リンゲルト”は宝玉の冠を頂いた頭骨に両手を当てて狂喜した。
ゴキリ。
そして、リンゲルトがその首を自らねじ折って、掲げ持つ。
「カカカカカッ! カカカカカッ!!」
骨の槍が周囲にわらわらと無数に生えて、リンゲルトの首を失った身体を呑み込み、その頭骨を頂点として、巨大な蛇のような形に変形していった。
ズドンッ。
背後から再び鬣の赤騎士が投擲槍を放ち、リンゲルトの骨蛇の身体の一部を粉砕する。
「新参者は黙っておれ……貴様の番はこの後じゃ。興の邪魔をするでない……」
投擲槍に破壊された部位を、骨の槍を継ぎ足して瞬く間に塞いだ骨蛇の姿のリンゲルトが、苛立たしげに鬣の赤騎士を振り返った。
教皇が骨蛇の尾をブンと振ると、そこから飛び出した骨の槍が床と天井に無秩序に突き刺さり、骨の格子となったそれが鬣の赤騎士のそれ以上の手出しを拒んだ。
「あああぁぁぁっ!」
正面を向き直った骨蛇のリンゲルトと、そこに飛び込むエレンローズが、真っ向から対峙する。
「――“雷刃”!」
バチリと空気が弾け、周囲に紫電の刃が舞った。
「効かぬっ」
無数の雷撃の直撃をものともせずに、リンゲルトが骨蛇の身体で突進する。
「はああぁぁぁっ!!!」
エレンローズがリンゲルトの頭部の冠に向けて、鋭い刺突を放った。
「無駄ぞっ」
骨蛇の身体が変形して、骨の束が古剣を殴りつけた。強烈な骨の殴打はエレンローズの刺突の勢いを殺し、“運命剣リーム”を弾き飛ばす。
潰れた左手は言わずもがな、右手にさえも武器を失ったエレンローズは、しかし尚も、リンゲルトに向かって手を伸ばす。
「ああああぁぁぁああぁぁぁあぁぁっっっ!!!!」
「カカカカッ! よい! よいぞ! その生者の雄叫び、断末魔の悲鳴と死の沈黙で彩ってみせよ!!」
リンゲルトの骨蛇の身体から数十本の骨の槍が生え、エレンローズに向けてそれらが一斉に突き出される。
……。
……。
……。
ドスッ
ドスッ、ドスッ。
ドスドスドスッ。
……。
……。
……。
「……ごぼっ……!」
真っ赤な血が骨の槍を伝い流れ、その渇いた表皮に吸い込まれていく。
「カカカカッ! カカカカカッ!」
“渇きの教皇リンゲルト”が勝ち誇った笑い声を上げ、膨れ上がった骨蛇の身体で“それ”をぐいと持ち上げた。
全身をめった突きにされた“右座の剣エレンローズ”の身体が、ボロ雑巾のように骨の槍の束にだらりとぶら下がっていた。
「カカカカカカカッ! 実に……実に! 実に!! 貴様の足掻き、実に愉快な見せ物であったぞ! 小娘ぇぇっ!」
……。
……。
……。
「そういうのはお断りって……言ってるでしょ……!」
“吊し上げられたエレンローズの骸の陰から、もう1人のエレンローズが飛び出した”。
「むっ?!」
リンゲルトが驚きの声を漏らす中、骨の槍で串刺しにした女騎士の亡骸がぐにゃりと揺れて、風に流れて消えていった。
――。
「――エレンローズさん!」
リンゲルトが敷いた骨の格子の外側、鬣の赤騎士の背中に護られ、術式巻物を広げた新米騎士がそこに立っていた。
――術式“霧の粘土”。一時的な実体を伴う、幻覚魔法。
「なんと……!」
リンゲルトが驚愕した声を上げ、骨蛇の身体から次の骨の槍を生やす。
「遅い!」
“渇きの教皇”が敷く盤上で、死にもの狂いの一手を出し続けたエレンローズが、執念と意地の一手を打ち続けた紅の騎士たちと新米騎士が、その一手をして、リンゲルトに“詰み手”を差す。
たとえ刃がへし折れようと、折れぬ意志を堅く宿したエレンローズの長剣の砕けた先端が、北の四大主に、届く。
それはまさに彼の女騎士の二つ名が具現したかのような、“右座の剣”、そのものであった。
……。
……。
……。
折れた長剣が突き刺さり、“渇きの教皇リンゲルト”が頂く冠の宝玉が、音もなく砕け散った。




