18-13 : 強襲
足下の大地には、亡者たちの蠢く不気味な音が満ち満ちている。それとは正反対に、鬣の赤騎士が突き立てた投擲槍を伝って移動砦の上部へと登っていくにつれ、周囲は沈黙で覆われていく。
時折、地上から剣戟の激しい衝突音が聞こえてくるのが今は救いだった――まだ彼らが戦っている……まだ、みんな生きている……私は、独りじゃない。
そして移動砦に打ち込まれた最後の投擲槍の上に登ったエレンローズが、深く息を吸い込んだ。
――勝負は一瞬。初動の反応も、反撃の隙も与えない……全力の初撃を、止めの一撃にするのよ、エレンローズ……。
女騎士が、自分自身に言い聞かせる。四大主――魔族最高位の4人の戦人。その気配を移動砦の頂上に感じて、手が震えないはずがなかった。
――私は……独りで戦うのが怖い……昔も、今も、ずっとずっと……。
――私は……ロランみたいに我慢強くもないし、シェルミア様みたいに堂々と振る舞うこともできない……。
――それでも私が、“右座の剣”なんて二つ名で呼ばれるまでになれたのは……。
――ロランが、一緒にいてくれたからだよ……。
――シェルミア様が、私の進む道を照らしてくれたからです……。
――だから今度は、私の番。
――シェルミア様……。……ロランと私が、貴女を、必ず……!
エレンローズがもう一度、深く深く、息を吸い込んだ。
――それに、無茶をする後輩を、この戦場から連れて帰らないと、“右座の剣”の名が泣くわ……!
そして――。
呼吸を完全に鎮め、感覚全てを研ぎ澄まし、最後の1歩を踏み出す覚悟を固めたエレンローズが、跳躍した。
双剣を抜いた女騎士の身体が、移動砦の頂の縁を飛び越える。
そしてエレンローズのその視界に、永い年月の風雨を受けた石の皇座に深く腰を下ろす、1体の骸骨の姿が映った。
金糸の刺繍が縫い込まれた真っ赤な法衣を纏い、頭部には縦に長い祭儀用の帽子を被り、巨大な宝玉を頂く杖を片手に突いた、渇いた骸骨。
北の四大主、“渇きの教皇リンゲルト”が、そこにいた。
移動砦の頂上に着地すると同時に、エレンローズが呼吸を止め、全力で前に踏み込む。
「カッカッカッ……カッカッカッカッ!!」
――問答無用。
「カカカッ! よくぞここまで辿り着いた――」
―― 一撃で――。
「こむす――」
――決める!
「――メっ」
ガギンっ。
リンゲルトが言葉を発し終えない内に、エレンローズが右手に持った“運命剣リーム”で、骸骨の顎部を貫いた。
「アガッ……?!」
頭骨部の一部を鋭い刺突で砕き割られ、皇座に釘付けになったリンゲルトが息を呑む。
「……っ」
エレンローズは一切の呼吸を止めて全身の瞬発力を限界まで高めたまま、動きを封じたリンゲルトの上にのし掛かる。そして左手の長剣を素早く逆手に持ち替えて、真っ赤な法衣を貫いて、その胸部に追撃をかけた。
ベキリッ。
リンゲルトの胸部に刺さった長剣の先端が、骸骨亡者の弱点である背骨に届いた感触があった。
「ムッ……!?」
2本の剣に貫かれたリンゲルトの骨の身体が、ぴくりと痙攣する。
「……っ……っ! ……っ!!」
リンゲルトに馬乗りになったまま、エレンローズが有らん限りの力を腕に込めた。
メキッ……ミシッ……ベキッ。
教皇の頭骨に亀裂が走り、長剣が背骨にめり込んでいく音がする。
「……っ! ぁぁぁぁ……っ!!」
エレンローズが灰色の目を大きく見開いて、猟犬のように歯を食いしばった。
――砕けろ……っ!
……。
……。
……。
……ボキリッ。
エレンローズの左手に、リンゲルトの背骨が砕け折れる確かな手応えが伝わった。
それと同時に、教皇の全身から力が抜けて、骨の身体がだらりと伸びる。
しかし、エレンローズは呼吸を止めたままでいた。
――まだよ……っ!
女騎士の右腕に嵌められた“雷刃の腕輪”に、これまでとは比べものにならない強い光が宿り、空中に巨大な魔方陣が幾層にも渡って浮かび上がった。
移動砦の直上に真っ黒な雷雲が渦巻いて、その直下に位置するエレンローズとの間の空間に、パチリと小さな稲妻の火花が走る。
「――“雷刃:大雷”……!」
……。
……。
……。
パチリッ。
……。
……。
……。
ピカッ
……。
……。
……。
雷雲から、紫電の刃が落ち――。
……。
……。
……。
!!!!!!!!!!!!!!!
……。
……。
……。
目を灼く強烈な発光から一拍遅れて、爆音を超えた衝撃波が、大地と大気を揺さぶった。
その凄まじい雷撃の一撃は、移動砦の壁面の一部をごっそりと吹き飛ばし、瞬間的な超高温に曝された石材からは煙が上がった。
……。
……。
……。
バチッ。バチバチッ。
エレンローズの甲冑の表面と、リンゲルトに突き立てた二振りの剣に、紫電の残り火が跳ねていた。
巨大な雷の直撃を受けたリンゲルトの法衣は燃え破れ、骨の身体は黒く焼け焦げていた。頭骨の左半分は雷撃の衝撃で弾け飛び、砕かれた背骨の周囲は落雷時の高温によって消し炭と化している。
「……っ……」
そこまできてようやく、皇座に座したままボロボロになって沈黙したリンゲルトに馬乗りになったまま、エレンローズは肺の中に閉じこめていた空気を吐き出した。
「……はぁっ……はぁっ……!」
女騎士の息遣いだけが、しんと静まりかえった皇座に漂っていた。
……。
……。
……。
――“右座の剣エレンローズ”、北方戦役に於いて、“ネクロサスの墓所”の中心を強襲。
……。
……。
……。
――北の四大主、“渇きの教皇リンゲルト”――
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
「……カカッ」
――未だ、健在。




