17-19 ： 一瞬より、遙か永く……
――。
――宵の国、東方。“イヅの大平原”。
東方戦役終結後の、殺気立った城塞内の通路を歩いていた東の四大主“魔剣のゴーダ”が、ふとその歩みを止めた。
「……？」
なぜ足を止めたのか、ゴーダ自身にも、分からなかった。
「如何なさいましたか、ゴーダ様？」
付き添って歩いていた漆黒の騎士ベルクトも歩を止めて、頭1つ分背の高いゴーダの顔を見上げて問いかけた。
「いや……何でもない」
「……左様ですか。私は回収物の整理がありますので、先に行っております」
「……ああ、そうしてくれ」
ベルクトが立ち去り、その場に1人残ったゴーダが、特に理由もなく、城塞の窓越しに西の方角へと目をやった。
「……ローマリア……？」
＊＊＊
――嗚呼……。
ナイフが、左手の中から弾けて飛んでいくのが見えた。
――これが、人間の、覚悟……。
その盾に、すべての魔法の業が掻き消される感覚があった。
――これが、人間の、執念……。
残った左腕が、その盾の一撃でへし折れたのが分かった。
――これが、人間の、想いの強さ……。
胸元に、その盾の冷たさを感じた。シールドバッシュの衝撃が体内を駆けめぐり、内蔵が破裂したのが分かる。
そして、身体にめり込んだ“封魔盾フリィカ”によって転位魔法をさえ封じられ、自身の身体が宙に投げ出されたことを、ローマリアは知覚した。
霞んで焦点の合わなくなった左目の視界の目前に、魔女とともに宙に身を投げ出したロランの姿が見えた。
――それだけの覚悟と、執念と、想いの強さを持って、貴方は、どうするおつもりなのですか？
ローマリアとロランが、揉み合ったまま、落下していく。
「……“風陣――」
大螺旋の遙か下方、地面に向けて自由落下していく中で、ロランが魔導器“風陣の腕輪”に光を灯す。
「――：神風”！」
“封魔盾フリィカ”に巨大な風の塊が渦巻いて、それは激しい気流となり、落下速度を急激に加速させた。
――わたくしと、心中でもなさるおつもりですか？
……。
――いいえ……違いますわね……。
……。
地面に届くまでの、その一瞬の時間が、とてもとても、永かった。
――盾の騎士のお方……貴方は、そんなことを考えるような人間では、ありませんわ。
ローマリアを押さえつけ、地面に急速落下していく“封魔盾フリィカ”を手放して、風に乗って宙に浮くロランの姿が、魔女の目にはっきりと映り込んだ。
――ええ、そうですわ……。盾の騎士のお方……貴方なら、どんなときでも、生き残ることを選ぶでしょう……。分かります……よく、分かりますわ……。
意識が、思考が、とても穏やかに、ゆっくりと流れる時間があった。
――もう1度、逢いたい人が、いますものね？ ええ……わたくしにも、そんな人が、おりましたわ……。
……。
……。
……。
――お見事でしたわ……人の子よ……。
……。
……。
……。
――ロラン様、と仰いましたか……？ このローマリア、貴方のそのお名前、心に刻んでおきますわ……。
……。
……。
……。
――嗚呼、ゴーダ……。
……。
……。
……。
――こんなときにまで、貴方との日々のことを、思い出してしまいます……。
……。
……。
……。
――ゴーダ……わたくしの、実験台……。わたくしの、お節介者……。わたくしの、自慢の、弟子……。
……。
……。
……。
――わたくしの……愛しい、人……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
――嗚呼……わたくしったら……本当に……素直になれない、女ですわ……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
――……ふふっ……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……………………グシャッ。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
西の四大主、“三つ瞳の魔女ローマリア”……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……西方戦役に於いて……死亡。
