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フィクションです。特定の学校や神社をモデルにしてはいません。よろしくお願いします。



 思いがけず真剣に聞かれて、私は笑い飛ばした。

「まさか、そんな。偶然か私の勘違いだよ~」

 神を祀るのが神主であるので、その家に育った私は神の存在を否定しないけど、いわゆるオカルト的な何かを期待されるのは別だ。

 幽霊なんていないと思うけど、存在しないという証明も出来ないから、「よく分からない」で通すというスタンス。予知なんてモノも全否定をしたいけど、虫の知らせなんていう言葉もあるので、やっぱり「よく分からない」もののくくりだ。薄墨の世界(グレーゾーン)でいい。


「酔っ払いに過度な期待をされても、困っちゃうよ?」

 何せ「痴女」なワタクシだからねぇ、お酒の席の戯言(タワゴト)に決まってるじゃない。


「……そうだよね。偶然が重なっただけ、よね?」

 若干怪訝ながらもそう言う環にこくこくと頷いて、あさっての方を指差す。

「買うもの買って、家に行こう。黒崎君、疲れているみたいだから、早く休んだ方がいいよ」

 あまり顔色が良くない。爆睡していた私が言うのもなんだけど、雑魚寝では寝心地も悪かったろうし、疲れも取れにくいでしょう。それにプラスして心労だもの。

 移動を促すと、黒崎君は今一つ納得はしていないようだったが「……そうだね」と呟いた。



「二泊の予定なら、月曜までに結果が出るな」と続けた和泉君の声は、私には聞こえなかった。





 環と駅で別れた後、コンビニで下着を買ってから家に戻った。

 いくらたっぷり寝た後でも、慣れた道であっても、朝一番での階段登りはそれなりにきつい。そして、朝帰りに身内に出迎えられると、酔っ払ったことを除いて疚しい所はなくても、なんとなく身の置き所がない。

 朝もはよから境内の掃除って、休みの日はいつもゆっくりしているくせに、今日に限ってなんでいるの。

 階段を登りきったところで白衣に袴姿の兄に迎えられて、つい恨みがましい目つきになっていたらしい。

「午後から和泉の相手をしてやろうと思っていたから、やるべき事をさっさと済ますところだ」

「心を読むな」

 苦笑を浮かべる兄にすっぱりと言い切る。やたら勘が良いのは昔からなので、腹立ちは半分くらいだけど楽しくはない。

 私は典型的な文科系で運動も得意ではないが、兄は和泉君とさほど変わらない背格好をしている。一見して、似ていない兄妹だねと言われるのはいつものことだ。兄は怜悧そうに見えるらしい。外面だけだと思うけど。


「で、そっちは?」

 和泉君はともかく、黒崎君と兄は初対面だ。

「大学で同じクラスの黒崎君。土砂崩れで家に帰れなくなっちゃったから、連れてきた。お母さんには了承を貰ってる。二人とも今日泊まるから」

「すみません、お世話になります」

 ぺこりと頭を下げる黒崎君に、黙して一礼する和泉君。

「ああ、朝のニュースの」

 腑に落ちたみたいな顔をした後、兄はふっと私の方を見た。ただ、何も言わない。

 ……なにその視線は?


「あの、お兄さんは神主目指しているんですよね?」

 見つめ合いたくもないのに兄妹でにらめっこをしていると、黒崎君が聞いてきた。

「今は見習いだけど、一応跡取りだよ」

「この神社って、何を祀っているんですか?」

 兄は片方の眉を吊り上げたあと、淡々と説明した。


「色々合祀されてはいるが、大本は水神だ。水森は水守、水神である竜に嫁いだ娘の子孫ってことになっている。言い伝えでは、雨を降らせたり、井戸を掘り当てたりしてることになっているよ。ああ、因みに境内の中にある井戸が掘り当てたやつで、どんなに日照りの時でも枯れる事がなかったんだと」

 まあ、伝説だね。今は危ないので塞いでしまっているけど、割と最近まで使っていた。

「……そうですか。つまり、ご先祖は託宣の巫女ってことですか?」

「男の場合は(げき)というが、昔は神降しの巫覡(ふげき)がいたんだろう。現在で言う巫女は神職に含まれない」

 現在の巫女は、神職を補佐するだけの存在で資格が不要だから、いわば全員がなんちゃって巫女。アルバイトOKなのはその辺が理由で、実は奉納舞の舞手も神職じゃない。神職は神主だけで、資格を取らないと神主になれないのはお坊さんと同じだ。

「なるほど」

 そこで何で私を見るのかな、3人して。


「やっぱり、お前、何かやらかしたな?」

 確信を持ったような兄の言葉に脊髄反射的に「何かって、なに?」と答える。

 酔っぱらったよ。怒られるから言わないけど。


 口を開かない私の代わりに、二人が夕べのことを懇切丁寧に説明してしまった。いや、黒崎君も和泉君も、いい加減に「痴女」から離れてくれないかな。大臀筋のくだりまで告げ口しなくたっていいじゃない。

 上から落ちてきた怒気を孕んだ視線を見ないふりして、二人に「恨むぞ」と念を込めた。

「酒の量に関しては、もう少し免疫を付けさせるか悩み所だったんだが、やっぱり弊害が出たかな?」

「いひゃいいひゃい」

 頬をつねりながらしみじみ言われたって、意味不明なんですけど!


「まあいい、説教はどうせお袋がやるだろう。客をさっさと家に案内してやれ」

 え゛。もしかして、電話で怒られなかったのって、顔を見て叱るためだったの?


 帰りたくないとぷるぷる首を横に振った私に、兄は「自業自得だ」とものすごく意地悪そうな笑いを浮かべ……私は玄関で出迎えてくれた母親に、二人を引き合わせて客間に案内した後、それこそ半泣きになるまで叱られたのだった。

 



 その後、環から「泊まれない」という連絡があり、二人にも報告した。「残念だったね」と言われたが、お家の方でだめって言われたんだったら仕方がない。

 黒崎君はしばらく休んだ後、ニュースを見たりお参りついでに境内を散策したりしていた。和泉君は言わずもがな、兄と一緒にひたすら弓を引いていたようだ。


 日曜日の朝に行方不明者が発見された。その後は順調に撤去作業が進んだらしく、開通は月曜の昼過ぎだと黒崎君の自宅から連絡があって、日曜日の夜もお泊りが決定。黒崎君はともかく和泉君も折角だからと日曜日まで泊まって、泊まりはしなかったけど環が来たので一緒に遊び、月曜日には三人で仲良く一緒に大学へ行った。


 学校では事故の話をする人もいたが、大学に通う人間が巻き込まれていないので大騒ぎするほどではなく、黒崎君も聞かれれば「普段使っているバスなんだよ」くらいは話していた様だったが、乗るはずが乗らなかった話は一切していなかった。



 そして、放課後。

 私はなぜか谷さんからお礼を言われた。


 飲み会の帰り道に痴漢に追いかけられたのだが、丁字路を右に曲がったらお巡りさんと出くわして、痴漢を逮捕してくれたのだそうだ。左に曲がると自宅まで100M。普段だったら左に曲がって家まで走って逃げたと思う、というのが理由だった。

「何もなくて良かったね~。そんな偶然もあるんだ。お礼なんていらないよ。こっちが酔っ払って絡んだお詫びをしなきゃいけないのに」

 私は心から彼女の無事を喜んだけど、隣で話を聞いていた環から激しく呆れた視線を貰い、谷さんがいなくなって二人きりになった途端、

「これも偶然だって言うの?」

 と、ものすごく不思議そうに言われた。


「言うよ?だって丁字路でしょ。右か左しかないのなら、確率二分の一じゃない」

「……そうだけど」

「それに、結果論でもある。左に曲がったって、家まで走って逃げられたかもしれないじゃない。逮捕はされてよかったと思うけど」

 IFのもう一つを試す為に時間を戻せるか?といえば出来ないのだから、ここで語っても無意味だ。

「なんか、ヘンに頑なよねー」

 納得行かないみたいな顔をする環に「普通だよー」と私はひらひらと手を振った。

「それこそ、3人で2泊するっていう伝言は間違っていたわけだし、勘違い決定でしょ?」

 君たちは本当に、酔っ払いに何を求めているの。


「それよりも、佐々木君に直接会って謝った方がいいと思う?」

「……下手に会うと『この子俺に気があるのかも』って誤解されるような気もする。黒崎君に伝言を頼むくらいで良いんじゃない?あとは偶然でも何でも、直接会ったときにお詫びすれば」

「そっかぁ。じゃあ、そうする」

 

 用事があるという環と別れた家への帰り道、黒崎君にメールを打った。うちに泊まっている間に交換したアドレスに、佐々木君に私が謝っていたと伝えてもらえないかという旨を記して送る。


 なんか怒涛の週末だったなー。月曜から疲れたし、今日はゆっくりお風呂に入って、早く寝よう。

 心に決めて、予定通りに早めに寝床に着いた。普段の週末よりも活動的だったせいか、眠りはすぐに訪れた。





 ───そして、私は夢を見た。



 夢にありがちな天井あたりから俯瞰(ふかん)する位置に私はいて、下を見ると黒板と並んだ机と椅子が見える。どこか見覚えのあるそこは、大学の空き教室の一つみたいだった。


 誰も居ないその教室の椅子に座った環が、私が谷さんからお礼を言われたけど、偶然だと言い切った話を黒崎君にしている。

 これは、今日の事?何だろう、ヘンな夢。


『その事だけど、お兄さんから釘を刺された』

『お兄さんって、和歌子のお兄さん?』

『そう。本人の居る前ではしゃべりにくそうだったんで、時間を見て会いに行ったら言われた。偶然が重なっただけ(・・・・・・・・・)だけど、当事者からすれば気持ちのいい話じゃないから、本人には教えていないって』


 話の内容を知られたくないから、水森さんに黙って来てくれるかな?ってお願いしたんだよ、と黒崎君は続けた。








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