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遅くなりまして、大変申し訳ありません。

今後も不定期になると思います。

詳しくは活動報告へ。

 




 私のアルバイト先の不動産屋さんは、夏木不動産という名前だった。


 大手チェーン店とは違うので資本は弱いけど、昔からこの土地で営業をしている不動産屋だから信頼があり、大手よりもサービスがいい部分もあってそこそこ繁盛している、と社長の夏木さん本人が教えてくれた。

 こういうのって大抵謙遜して言うものだと思うから、「そこそこ繁盛」は「結構繁盛している」ってことなんだろう。


 親子三代でやっている不動産屋さんなんだけど、年度末って一番物件が動く時なので、帳簿付けるのがちょっと遅れてしまっているのだそうだ。


「だから、今回の私のアルバイトは渡りに船だったんだよ」


 無理にアルバイトをお願いしたんじゃないですよね? ってやんわり聞いてみた答えがこれだったので、ひとまず安心した。アルバイトを雇いたくても、お客さんの個人情報やらお金のやり取りやらと接するので、短期で雇いたくても中々難しかったんだって。


 お客さんとのやり取りを面白おかしくSNSに載せられたら、それだけでお店の信用は無くなるのに、不特定多数の人が見る場所に、個人情報を載せる事自体を「やってはいけない事だ」って認識をしていない学生が案外いるので……特に、アルバイトが終わったら関係ないやとばかりに内情を暴露されたら大変。禁止事項を盛り込んだ雇用契約を交わしたって、ネットに拡散しちゃったらどうしようもないことなので、やたらな人物は雇えなかったみたい。


 私はこの間の不倫騒ぎの顛末を知っているので、その辺りは重々承知しているけど、そう言う意味で信頼されるのは、神社の娘の看板があるからって事だよね。

 限定一カ月、もしくは二カ月って条件だったんだけど、ちゃんとおつとめしようと改めて(コブシ)を握った。



 私のお仕事は、雑用だ。


 インターネットの普及した昨今、データも全部ネット上で殆どの物件を検索できるので、自分の所で扱っているデータをいち早くネットにアップするのが不可欠で、私はこのデータの処理と、お客さんへのお茶出し、不動産屋さんの外に貼ってある、取扱物件の書いてあるアレ……の作成が言い渡された。

 お店の外に貼っている物件っていうのは、ネットに乗せるより早いし目玉商品だから目立つように貼ってあるってことだから、本当にいい部屋を探すならとにかく現地に行って不動産屋さんを梯子する方が良いよ、とは夏木さんの弁だ。

 まあ、私はあんまり用事がないけど、もし和泉君が今住んでいる所から引っ越すのならオススメしてみようかな。……ここでアルバイトしてるの、聞かれるまで黙っているつもりだから、機会があればって感じだけど。


 建築現場のアルバイトを知らなかった報復じゃないよ。保護者気質が抜けない和泉君に知られると、何言われるか分からないからね。

 …………うん、嘘だ。実はちょっと根に持ってる。

 別に私はそんなにマメじゃないから、電話やメールで年中連絡を取り合っていないと心配になるとか、構ってくれないなんて不満に思わないけどさ。アルバイト始めたんだよって、一言言ってくれれば良かったのにって思うのは普通だよね?

  だから、私も発覚するまでは言わない。向こうだってそうしたんだし。


 まあ、私が言う前に兄経由でばれるかもしれないけど、その時はその時だ。兄の紹介で決まったんだから、うまく言っておいてくれるだろう。……多分。




 早速仕事を始めた私が、物件の間取り図をスキャナで取り込んでいると、近くでパソコンに数字を入力していた夏木さんがぽつりと言った。

「私も先代も、こういう事がちょっと苦手なんだよね。やってやれないことはないけど、時間が掛かる」


 因みにここで言う「夏木さん」は今の社長さんで、「先代」は夏木さんのお父さん、現会長さんの事だ。夏木さんは五十代後半から六十代前半、先代さんのおじいちゃんは七十代くらいに見えるので、想像はつく。

 後もう一人、社長さんの息子さんの圭輔(けいすけ)さん──役職は専務──がいるんだけど、今はお客さんを連れて部屋を見に行っているのでここにはいない。


「和歌子ちゃんは手慣れた感じだね。やっぱり年代ってやつかな。圭輔も出来るけど、あいつはどうしても外周りが多いからな」

「あー、そうですね」

 専務さんは二十代後半くらいに見えたから、普通にパソコンに接してきた世代だと思うけど、お客さんを案内するのってあちこち歩き回るから、フットワークが軽くないと中々辛いだろう。立場的にも一番下だから、当然のように飛び回ることになっているみたいだ。


「和歌子ちゃんはやっぱり学校で習ったのかい?」

「勿論それもありますけど、うちでも結構使ってるんですよ」

「うちでもって、水森さんってことかい?」

 氏子さんはうちの神社のことを名前で呼ぶので頷くと、すごく驚かれた。神社でパソコンって、イメージが違うんだろうけど、普通に使ってますよ?


「まず、神社のホームページはウチの兄が妙に気合いを入れたので、作るのを手伝いました」

 神事や行事の日程のお知らせや、季節折々の景色、行事の様子なんかの写真を兄と交代でアップロードしている。あと、一番多いのが印刷物関係だ。

 行事のお知らせやらお祭りの進行表やらといったものもあるけど、印刷する元データも入っているのだ。

「お守りの中に入っているお(ふだ)とか、お祭りの奉賛金の返礼に配るお札とかは印刷ですから、そのデータがパソコンの中に入ってます」

 一番高いお札は滝で汲んだ水で墨を()って手書きしているけど、その他諸々は全部機械任せ。印刷会社に任せているのも多いので、データはあくまでも保存用だけど、昔よりパソコンの性能も、プリンタの性能も上がっているので、自作しているものもある。


「ああ、そうか。うちにあるお札は手書きだったから、そっちに頭が行かなかったよ」

 あれが印刷だったらがっかりだよね~と笑う夏木さんの視線の先には、神棚があった。ああ、あそこにお札が安置されてるね──って、……あれ?

 なんか、お札がいっぱいあるような??


 遠目で見ても分かる。格の高い神社からお札を貰って来たとかじゃなくて、全部うちのお札だ。クリアホルダーに入ったまま、同じものが沢山重ねられているのがさらに「なんで?」って感じ。ちゃんと安置されているのもあるので、作法を知らないってことはなさそうだ。


「未使用でもやたらなところに置いておくのは、罰当たりのような気がしてね。ああやって置いておくのも本当はどうかと思ったけど、苦肉の策ってやつだよ」

「未使用って……」

 ナニ?

 いや、あれが魔除けのお札ってことは知ってるよ。うちの神社のお札の中で、あんまり出ない高級品って事も知ってる。でも、あの手書きの奴って、確か一枚五千円する筈。それがなんでこんなに一杯あるの??


 そう言いたかった私の声なき声に、夏木さんは笑った。

「ほら、不動産屋やってると、色々あるからね。何かあったらとりあえず貼ってみて様子を見るんだよ。流石に霊験あらたかで、おかげでわざわざ現場まで来てもらう事は殆どなくて済んでるよ」

「はい?」

 夏木さんは、私が当然事情を知ってるって前提で話をしているみたいだけど、さっっっぱり分かりません。

 色々あるってナニ?


「あれ、和歌子ちゃんは分からないか」


 意外そうな顔をして夏木さんは説明してくれたんだけど……聞かなきゃよかった。いや、家と懇意だからこのアルバイトを紹介されたのは分かっていたけど、こういう繋がり方だとは全く予想していなかったから。


「物件によって、すぐ近くにお墓があったり、ごく稀だけど借りていた人が死んじゃったり、なんてことがあるんだよ。そういう時にあれを貼っておく」

「…………あ~……はは」


 近くに墓場があるのは実際に物件を見に行けば分かるけど、前住んでいた人に何かあった云々は言われなければ分からない。そういうのは事故物件というらしく、事情が事情なので家賃が安く設定されていることが多いらしい。

 お金に困っている人や、そんなの気にしないよ、という物好きな人が借りてくれることがあるけれど、借りる人には前に何があったのかを説明する告知義務が発生するのだとか。

 そして、ある一定期間誰かがそこに住んだという実績があれば、その部屋に幽霊が出るだのと噂があったとしても、その部屋でかつて誰かが死んでいようとも、次に入居する人に告知義務はないらしい。

 大家は勿論、不動産屋も人に部屋を貸してその不随に発生する手数料モロモロで生計を立てているのだから、物件が空いているのはそのまま収入の減少につながる。

 だから。

 いつ何が起こってもいいように、 気休めでもなんでも、あれだけのお札を用意しているという事みたいだった。


 ある一定の期間っていうのが具体的にどれくらいなのか知らないけど、ちょびっとの間でも、それでごまかしがきくようにって事だよね。

 幽霊云々は信じないけど、例えば、地方から学校に通うために初めて一人暮らしをする子が、夜一人で心細くなった時に隣室や上の階の人が立てる物音とか、家鳴りにギクッとするのは心情的に想像がつく。環境が変わって、人間関係が変わればストレスも溜まるだろうから、ちょっとしたことが気になるのも分かるし。

 で、実際にあのお札が部屋のどこかに貼ってあったら、絶対借りないと思うけどな。押入れとか見つかりにくい所に貼ってあったとしても、見つけた瞬間に心情的に気持ちが悪くて出て行くと思うけどな。

 いや、借りていた本人が勝手に出て行くって事になれば、礼金丸儲けになる。それを狙っての、実は真っ黒い腹積もり……なんてことは、ない、よね?


 私はそれ以上のコメントを控えて、取り込み終わった物件データの確認をするためにパソコンに向かうと、社長さんも結構長く雑談していたのに気が付いたみたいで、続きをやり始めた。

 

 雨だれみたいにぽつぽつとキーボードをたたく音が、かわいかった。






 引っ越ししようと物件を探していた時に、広さや間取りの割に妙に安いところがありました。駅からも近いし、南向き。

 興味をもって実際に見に行ってみると、屋根のない外階段のみでエレベーターのないアパート(名前だけはマンションw)の3階で、ベランダからの景色が一面の墓地、というのでした。

 アパートの方が高台にあったので、墓地全体が見渡せる感じ。行ったのは昼間でしたけど、お墓参りする時期でもなかったのに線香の匂いが漂っていて、これは確実に洗濯物が抹香臭くなる!と思ったものでした。

 安いと思った物件でしたが、逆に、広さを武器にした強気の値段設定だったって訳ですね。

 案内してくれた不動産屋さんに、

「これはお奨めできませんね~。やめた方がいいですよ、ここ」

なんて言われましたが、こんなこと言われたのは最初で最後でしたw。


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