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 三年生になってから一発目の授業は、学部全体のオリエンテーションだった。


 学生の希望するゼミを決めるんだけど、担当教授によって勉強する内容も違う。同じ様な内容でも、人気教授のゼミは下手すると抽選になるので、意見をまとめつついかに定員に持って行くかが担当している助手さんの腕の見せ所らしい。抽選で漏れた人は自分の望む勉強の方向性如何に関わらず、自動的に空いているゼミに入れられるので、下手なところに入れられるよりは、多少妥協してもいいとかの意見調整をするんだって。


 他の学校では、第一希望から第四希望までの希望を出して調整後決定なんて所もあるらしいけど、学生自身の希望そっちのけで、教授同士で優秀な学生の取り合いをして大変だった時期があったらしく、ウチの学校は学生本人を集めて公正にやることにしていると言ってた。


 事前に言われていたので私も一応希望は決まっていたけど、「あんまり大変な所は嫌だなー」で選んだ私と違って、黒崎君は就職を考えて学校を変えようとしていたくらいだからしっかりと考えていたみたいだし、環は環で彼氏である黒崎君の影響を受けたのか、就職の事を考えてこのゼミにすると言って、二人して厳しいので有名な教授のゼミに希望を出すみたい。


 確かに二人が希望するゼミの教授は業界でそれなりに名が通っているらしくて、教授のゼミの生徒なら是非当社に欲しいです、なんていう企業もあると聞いた。

 けど、その分卒論がえらく大変だって噂で、就職活動と卒論の両立が大きなハードルになるみたい。就職活動がうまく行ったとしても、卒論が上手く行かない可能性だってあるってことで……つまり、卒論が終わらないと卒業延期なんてこともあるかもしれない。

 それぐらい厳しい教授なんだってさ、って言うのを兄経由で聞いたので、私は最初に選択肢から除外したんだけど、二人とも凄いよ。……あれだ。意識高い系?


 という訳で、助手さんの健闘の結果、割とあっさりクラスが決定した。黒崎君と環とは離れてしまったけど、その代り──と言っては悪いけど、谷さんが同じゼミだって分かってちょっと安心だった。


 元々私が経済学部を選んだ理由は家業を手伝えればいいっていうのだったし、それは両親や兄も承知している。今でも手が足りないのを、氏子さんやらアルバイトの人やらで賄っているのだし、兄と同じ様に就職先には困ることはないのだから、

「まあ、のんびりマイペースでいいよね~」

 と気楽に構えていた。




 ……家に帰って、予想外の事を聞くまでは。







「晶さんとの付き合いを反対された?」

 家に帰ってからご飯を作るの手伝ってと言われ、その手伝いの最中に、家族の事だから隠さないで話すわね、と母から前置きをされた内容に私が思わず大きな声を上げると、母からすかさず窘められた。

「声が大きい!」

「ごめんなさい」

 兄が部屋に居るから、静かにするようにと言われていたんだった。

「……でも、なんで? どうして反対されているの?」


 兄と晶さんは学校を無事卒業したし、就職も決まり──兄は最初から選択肢なしだけど、将来の展望もある程度見越して、それぞれの家に挨拶に行った。所謂、結婚を前提にお付き合いをさせていただいています、ってやつだ。……それは晶さんが家に挨拶に来たから勿論知ってるんだけど、向こうのご両親に反対される理由がいまいち分からなかった。


 兄は割と外面がいいので、人によっては威圧感を感じる風体を、猫を被ることで和らげている。特にスーツを着ると威圧感が増すので、猫は必須だと思う。十二単じゅうにひとえくらい? もっとかな? 

 ……って、まあそれは置いといて。

 年上の氏子さん達とのやり取りで敬語も使い慣れているし、所作や姿勢も儀礼式典やら弓道やらで鍛えられているから、綺麗な方だと思う。一見して好青年と見られる事の方が圧倒的に多いのに、なんで付き合いを反対されたのか分からない。

 因みに、うちは両親含めて私も諸手を挙げての大賛成だった。綺麗だし、出来る女の人って感じで、反対する様な所が見当たらなかったからだ。


「家業が気に入らないんですって」

「はあ? なんで? 晶さんのお家ってお寺さんだったよね」

 神社とお寺。祀るものは違っても、神職であることは変わらないでしょ。何がいけないの?

「サラリーマンの家庭に育ったお譲さんがお嫁に来るんだったら、慣れるまで大変でしょうけどね。どうも、収入の差のことを言っているみたい」

 確かにお寺さんの方が入って来るものが多いので、一般的に裕福なことが多い。檀家が少なくなって苦しいところもあるなんて聞くので、一概には言えないらしいけど、有名な所やしっかりした地盤がある所は別として、一般的に神社の方が収入は少ない。それは確かだろう。


「まあ、それは表向きの理由だと思うわ。多分、結婚相手をもう見繕っていたか、晶さんを外に出す気がないんじゃないかしら? ……これも、後から知ったら余計にショックだと思うから今伝えるけど、あちらのお家は千尋の身辺調査をしたみたいでね」

 兄が言われた事を要約、意訳すると、弱小神社の跡取りに可愛い娘を嫁にはやらん。ってことらしい。おまけに。


「大まかに言うと、舅姑がお嫁さんと一緒に暮らすわけでしょう? そこに更に小姑もいる。小姑もこのまま就職しないで居座りそうだ。外から入る嫁は究極のアウェーで、苦労するのが目に見えているから反対。そう言ってるみたいなのよ。……一緒に暮らす辺りはお寺さんだって同じだと思うけど、それこそ嫁ぎ先を考えているんだったら分かる話しよね?」

 兄がどうこうじゃなくて、向こうのご両親が決めた人以外は全部却下なら、確かに分かる。自分の事棚上げ方式だと思うけどね! それに、見ず知らずの人に弱小神社って言われる筋合いはない。自分の所がどんだけ大きなお寺なんだとしても、ウチは神さま、あちらは仏さま。比べる様なものじゃないでしょ。


「二人とも今すぐ結婚したいとまでは思っていないみたいだから、諦めずに努力していこうって事にしたみたいよ。結婚って嫌でも相手のご家族と付き合わないといけないでしょう? 自分たちだけ了承していればいいって訳に行かないから、時間をかけて説得するつもりみたい」

「そうなんだ。でも、なんか凄く上から目線で嫌な感じ」

 話を聞く限り、親戚になるかも知れない人達への私の心象は最悪だった。晶さん本人の気持ちはどうなるの? 蔑ろにして平気なんだろうか。


 それには母も笑うだけで何も言わなかった。

 なんで? って聞いたら、向こうのご両親の気持ちも分からないではないから、だって。

「親としては、自分の子供が不幸になりそうだったら止めるでしょう。……あちらのご両親がどんな方か分からないから、独りよがりな考えをしていないって前提だけど。でも、相互理解はこれからの二人の努力次第。こちらは静観するだけよ。結果として二人が別れても、仕方がないわね」

「えー……」

 うーん、なんか母が達観しすぎてて、ちょっと冷たくない?って思っちゃう。

 ……あ、思い出した。そうか。それこそ母は、サラリーマンの家庭で育っているから、ある程度は自分が通ってきた道なのか。


「……お母さんがお嫁に来た時、やっぱり大変だった?」

 母はふわりと笑った。


「そりゃあ大変だったわよ。普通のお嫁さんなら旦那さんと自分の身の回りの事だけ考えていればいいんでしょうけど、義父さん義母さんと同居の他に、神事に必要なものを準備したり、主だった氏子さんの名前を覚えておもてなしをしたり、お休みの日でも朝早くから誰か来るか分からないから、いつも綺麗な格好でいなきゃいけないし、同じ様にどこに入られてもいいように綺麗にしていないといけないでしょう。……ロボット掃除機が売られ始めた時は感激したわよ。これで延々掃除しないで済むって。すぐに何台も買ってもらっちゃったわ」

「あー」

 心当たりがありすぎた。


 私は土日なんかのお休みの日は、部屋でゆっくり寝ている。……それができるけど、母はお休みだろうとなんだろうと毎日遅くとも六時には起きている。家の中に家族以外の人がいるのも普通によくあるから、だらしない格好なんて見たことがないし、神社の境内はもちろん社殿も綺麗に保たなきゃならない。広いから到底一人じゃ維持できないけど、母が重要な労働力であることは間違いないだろう。


「それでも、結婚したくて結婚した相手だから努力をして来たけど、そういう事を知っているからこそ、やらせたくないと思っても仕方ないでしょ」

「……うん。まあ、分かった」

 私は今の状態が普通だと思っているからそんなに感じないけど、人には好き嫌いと向き不向きはある訳で、晶さんがどうとか以前に、可愛い娘に苦労をさせたくない的な親心の成せる発言じゃないか? って言うのは分かった。

 けど。


 私は普通に家を手伝うつもりでいたけど、これって寄生パラサイトなのかな? 一般的に、いつまでも実家に居座って家業に手を出す小姑っていうのは、邪魔者だよね。社会人になっても実家にお金を入れずに、自分だけにお金をかける人のことをパラサイトシングルって言うのは知ってるけど、私はそもそも外に就職する気がない訳だから、傍から見るともっと酷い??


「あの、私卒業したらそのまま手伝うつもりだったのは前にも話したと思うけど、一般的にそれっておかしいの?」

「自営業の人が家業を手伝うのはよくある話しだと思うから、別におかしくはないでしょうけど……」

「けど?」

「手伝いしてくれるのは凄くありがたいけど、うちは特に特殊で狭い世界だからね。……これは私の考えだけど、折角大学まで出たなら外の社会に触れてみるのは悪くないと思ったわよ。……ただ、和歌子は色々な意味で心配だから、目が離せないわねぇ」

 え。なにそれ。色々な意味で心配って。ついでに目が離せないって。

「言葉通りの意味よ。……一応言っておくけど、神社としての予算は潤沢だから、本当に余計な心配はいらないからね」


 さらっと言い切られて、ついでに釘なんかも指されて、私は返す言葉がなかったのだけど……そう言えば、家の手伝い以外、アルバイトすらやったことがないことに初めて気が付いたのだった。


 





ライト文芸賞2ARに応募しているので、4/30までに連載を終える予定で書き始めましたが、予定外が重なりまして終わりそうもありません。

ですが、せっかく書きましたし、締め切りになってしまいますので、投下します。

とりあえず、明日は確実に更新します。よろしくお願いいたします。

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