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 突然のことに顔色を変える私と環。いつも乗っていた路線なら、ご近所の人とか顔見知りの人とかが乗っているかもしれない。

 でも、見知らぬ人を心配する権利がないような気がして、とりあえず今の無事を喜んだ。


「お家が大丈夫なら、ひと安心だね。だけど地震なんてあったんだ?」

「あんたは爆睡中だったでしょ」

「まあ、そうなんだけど。でも、震度4で土砂崩れって……」

 確かにちょっと大きめの地震だけど、それだけで崩れるかな?

「雨のせいだな。一日の降水量は大したことないが、もう一週間ぐらいずっと降っているだろう」

 和泉君がそう呟くように言った。

 そうか、降り始めからの降水量で危険度判定するんだっけ、土砂災害って。

 降ったり止んだりはしてたし、強く降ってた訳じゃないけど、静かに長く降っていた。


「それにしても、運が良かったね、黒崎君」

 環がそう声をかけると、じっとテレビを見ていた黒崎君が顔を上げた。

「うん。良かったよ。どう計算してもこれに乗ってたと思うし。……問題は、この道を通らないと家に帰れないんだよね。反対側にも道はあるけど、凄い遠回りになるし、片道いくらかかるか分からない。家に帰ったら帰ったで、月曜までに道が通れるようにならないと学校に来れないし」

 埋まってしまっていると思われる行方不明者を探しているのだろう、ヘリコプターからの映像が映っているけど、見つかるまでは大々的に重機を入れて土砂を撤去することが出来ないから、復旧予定がいつかなんて予測は立て様もない。

 見つかったとしても崩れた崖の修復の他に、二次災害が起きないように一通り危険個所が他にないか調べるだろうし、今日の天気如何(いかん)では工事を一時切り上げることもある。一刻も早く見つかることを祈るばかりだ。


「まあ家も家族も無事だから、今更慌てたって仕方がないんだけど」

 はー、と脱力しながら巨大な溜息をつく黒崎君は、とても疲れているように見えた。


「あ、じゃあ、家に来る?泊まるところは一杯あるよ」

 もう少し経てばまた新しい報道をするだろうし、生活道路として利用している家には優先的に情報が入るかもしれない。状況がはっきりするまで、一泊や二泊するぐらい何ともない。お祭りの時とかにお手伝いの氏子さんが泊まっていくこともあるから、布団もばっちり完備している。

「家の了承を取らないといけないけど、多分大丈夫。朝ご飯食べた後にでも連絡してみるよ。お休みの日でも6時過ぎれば誰かしら起きてるから」

 ここを出て朝ご飯食べて、下着とかはさすがに買ってもらって。そんなことをしていれば、すぐに時間は過ぎる。

「もしよければ和泉君もどう?」

 心象的には多分「痴女」な私が心配なら、家族がいるから大丈夫なはずだけど、と思いながらも和泉君の方にも声を掛けた。行き先は同じだ。夕べ同様、一人よりも二人の方が心強いだろう。

「……そうだな。家の方がいいと言えば、そうさせてもらおうか。俺は一人暮らしだし」

 よし、道連れゲットしました。和泉君が頷くと、黒崎君も「迷惑じゃなければ……」と頭を下げてくる。やっぱり、一人じゃ腰が引けてたよね。


「環は?」

「え?」

 きょとんとした顔をしてこちらを見る環に笑ってみせる。

「折角だから、皆でお泊まり会」

「……どっちにしろ一回家に帰らないと。着替えたいし、荷物もない。泊まった昨日の今日だから、親が駄目って言うかも。確約は出来ないな」

「分かった。じゃあ、一応、3人泊まりたいって言っておくから、連絡くれる?」

「了解」

 


 男子二人も洗面所を使ってくださいとなって、二人が身支度をしに消えた後。

「なんで私を誘ったの?」

 後は二人を待つばかりで、ニュースを見ていた私に環が聞いた。

「え?だって環と黒崎君って、仲がいいんじゃないの?」

 昨日の合コンの幹事は環だった。黒崎君は男子全員「さん」付けなしの苗字呼びしてたから、男子側の幹事って黒崎君だったんじゃないかな、と思ったんだけど。黒崎君の性格上、知り合いじゃなきゃ呼び捨てにしないでしょうし、和泉君と黒崎君は飲み会の席で同じ高校出身と聞いていたので「和泉」呼びも納得していたし。

「幹事同士だったら連絡の取り合いくらいするでしょう?だったら私よりも、環がいた方がいいでしょう。人数が多い方が楽しいし」

 そんな風に説明したら、

「普段は鈍いくせに、変なところで鋭いのねー」

 と呆れたように溜息を付かれた。鈍いは余計です。




 ラブホテルを出ると、雨は止んでいた。

 ファミレスでゆっくり目に朝食を食べた後、家に連絡を入れようとスマホを出すと、した覚えのない発信履歴が残っていた。酔っ払っても、自宅に連絡入れるのは忘れなかったみたいだった。これまた記憶が飛んでいるけれど。

 朝帰りを怒られないといいな~と思いながら、家に電話をかけると、出たのは母親だった。

 

「おはようございます、お母様」

 普段おっとりとしていても怒らすと怖いのは母親の方で、ついそんなことを言ってしまったのだけど、意外にも普段通りの落ち着いた声の返答があった。

『おはよう、和歌子。引止め工作はうまくいったのね』

「は?」

『……もしかして、夕べの電話の内容を覚えていないの?』

 お酒を嫌う母親に、酔って記憶がありませんでしたなんて言おうものなら、まったりとした口調の罵詈雑言を聞かされる羽目になるので、なるべく知られたくはなかったのに、頭の中で空回りするだけで言葉が出ない。

「えーーーーと」

 どれもすぐ気付かれてものすごい怒られる!と、ぐるぐる言い訳を考えていると『まあ、いいでしょう』とあっさり言われたので、思わずスマホを見てしまった。うん、自宅に掛けているのは間違いがない。

『…歌子、和歌子、聞こえているの』

「は、はいっ」

『聞こえていなかったの?何か用事があったんでしょう。朝ご飯の支度をしなきゃいけないから、早めにね』

「はいっ。……夕べ、土砂崩れがあったの知ってる?飲み会に参加してた友達が、現場の近くに家があって、難を逃れたのはいいけど帰れなくなっちゃったんだって」

 だから家に泊めてもいいかな?と続けようとした台詞は、途中で止まった。母親が『ああ、そのこと』と至極あっさり言ったから。

『言われた通りに3人分、2泊の予定で支度は済んでいるから、いつでも連れていらっしゃい』

「……は?」

 言われた通りって……ナニ?

『だから、そういう電話を寄越したのよ。覚えてないみたいだけど』

「えーっと、私がそう言ったの?3人分、2泊の予定って?」

『正確には、引止め工作が成功したらって言ってたわ。まあ、他にも色々言っていたけど……朝ご飯は済ませて来るのよね?』

「え、う、うん。もう食べた。必要なものを買ってから帰るから、よろしくお願いします」

『気をつけていらっしゃい。下着はともかく、着替えは甚平ならあるって伝えてね』

「あ、うん。分かった」

 ぷつ、と切れる音がしても、なんとなくスマホを見ていた。

 思いついて発信履歴の時間を確認すると、昨日の8時半ちょっと過ぎに家に電話を掛けたことになってる。


 ……タイミング的には、皆が帰り支度をしてるところ?まだお泊りの約束もしていないのに、3人分で2泊?それも、甚平ってことは男性がいるって伝えたのかな、私が??



「どうかしたの?」

 皆がこっちを見てるのに、慌てて首を振った。お泊りが駄目って言われたんじゃないからね。

「……なんか、用意は出来てるから連れていらっしゃいって言われて、びっくりして……」

「え?何で知ってるの?」

「私が連絡したっぽい?」

 覚えてないけど。


「………電話かけたの何時?少なくとも、ホテルに入る前も、入った後も掛けてなかったよね。べろべろだったから、山名さんが代わりに連絡入れたとばかり思ってたけど」

 黒崎君が聞いてくる。やっぱり、そこ突っ込まれるよね。

「えーーーっと、発信履歴は夕べの8時半過ぎくらいになってる、んだけど……」

「3人分、2泊の予定って電話で言ってたのは、その時点で予告してたってことか?」

 和泉君も突っ込んできました。いや、本当に覚えていないんだけど。

「……着替えに、甚平ならあるって伝えてくれって」


 意味することを正確に受け取って、変な沈黙があたりを満たした。

 

 長い長い沈黙の後、黒崎君がぽつりと言った。




「もしかして、俺を引きとめたのって、何かあるって分かってたから?」






 


2話のあとがきで書きましたラブホテルの女子会ですが、

「いまはお泊り女子会で検索するとラブホ側からプランが出てたりします。

ちょっとお高いプランだったりしますが、綺麗で広くて食事ドリンクつきなど色々と出てたりします」

と教えていただきました。


 古い情報を書いてしまいまして、申し訳ありません。当時はそんなプランはありませんでしたので、持ち込みはタダ、騒いでも音が漏れないし広いしで、そういう使い方をしたらお客がくるんじゃ?なんて皆で話したものでした。


 教えていただいた方、重ねてお礼申し上げます。

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