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 今回の騒ぎで、思わぬ余波を受けたのは黒崎君だった。


 経済学部な私達、経理の勉強しておけば家の神社をお手伝いするにしても、どこかの会社に就職するにしてもいいだろうという程度の私と違って、黒崎君はMBA(経営学修士)を取ってバリバリ働きたいって野望があったんだって。

 学校で勉強しているうちに取りたいと思う様になったらしいから、あったというよりも「出来た」と言うのかもしれない。


 ところがうちの学部のカリキュラムだと、MBAは取れないんだよね。最初から分かっていればそれを見越した進路にしたんだろうけど、勉強したからより興味のある方向へ行きたいっていうのは良くある話だと思うし。ただ、今回は少々難しかっただけで。


 で、諦めきれない黒崎君は、色々取得の方法を調べてみたらしい。まあ、就職してから取得することもできるんだけど、黒崎君の目的は就職に有利な様に取得したいって事だから。狙っている会社は外資系で、持っているのと持っていないのとじゃ、スタートラインから収入に差が出てくるらしいよ。


 いや、私なんかに比べれば勉強できるから、取れなかったとしても十分就職戦線に勝ち抜いていけるんじゃないのって思うんだけど、志の高い人は目指すところも高い。


 結果、足りない講義をMBA取得可能な大学で受ける、もしくは取得可能な学校に入り直すという二つの方法があることが分かった。

 つまり、受験をし直して文字通り一年生からやり直しするか、学力が一定の水準に達していると見なしてくれる学校の学部に転課という形で編入する……つまり、転校すること。


 学校としてのランクが高いところで貰った方が、学位の価値が高くなるのは当たり前なので、本当に勉強したいのなら受験からやり直しするのが一番良かったんだけど、お金の問題が絡む。ただでさえ大学院まで出ないと貰えない学位なのに、一年生からやり直しだと入学金そのほか諸々かかる他、二年浪人したのと同じだけ足踏みした事になるので、編入できそうな学校をとりあえず探すことにしたみたい。


 それで見つけたのが、(くだん)の准教授が教鞭を持つ他の学校だった。その道ではかなり有名で、人気があったんだって。

 そんな時、谷さんのお姉さんが、黒崎君が候補に挙げた学校に通っていると知った。経済学部に通っている彼氏がいるというのも教えて貰った。


 環が見た場面って、「彼氏さんを紹介して貰えないか」ってお願いして、その打ち合わせの時だったんだって。


 ……そりゃあ確かに進路の問題で、環には言えないよ。

 本格的に勉強すると決まったら、転校は決定で忙しくなるわけでしょう。今までみたいに簡単に会えなくなるのは確実で、環境も人間関係も変わるから、その先どうなるか分からないんだもの。


「俺の進路で俺が決めなきゃいけない事だから、環には関係ない」


 黒崎君の言葉の意味は、そんな訳だった。



 今回の騒ぎが起こって慌てたのは黒崎君だけじゃなかった。


 学校側としては学生と不倫していた男を講師として雇ったままにはできない。処分せざるを得ないけど、ぽっかり空いてしまう講義を担当してくれる先生なんてそう簡単に見つかる訳もなく、とりあえずレポートとか、とりあえず特別講師で一回だけとか誤魔化しているようだ。


 そんな中で黒崎君は、谷さんの姉彼氏に話しを聞いた。


「外資系企業はMBAを取得していると優遇されるのは確かだけど、米国で取得したものに比べればどうしたって落ちるよ。留学するんじゃなければ、大学院まで行って勉強する必要があるか、正直微妙だと思う」

「外資系以外の企業は、特にMBAを持っていても重視していないようだ」

「行きたい会社があるのは結構だけど、わざわざ選択の幅を狭くするのはどうなのか?それこそ就職してからだって取得出来るのだし、院で勉強する事と実際にビジネスに触れて現場で勉強する事のどちらがいいのか、もう一度良く考えた方がいい」


 そんなことを言われて、悩みに悩んで、最終的にはこのまま今の学校で勉強を続けようと決めたみたい。


 後悔しないくらいちゃんと考えて、決定した黒崎君的にはすっきりかもしれないけど、なんていうか、随分自分勝手だと私は思った。一番に怒るべきは環だから、何も言わないけどさ。


 自分の人生だから、とりあえずしっかり決めてから説明しようと思っていたんだって。

「理解してくれるかどうか分からないけれど、先ずは自分が揺るがないようにしないと、決めた事に後悔しそうだったから」と黒崎君は言って、環を不安にさせた事は謝ったけど、話さなかったことに対しては謝らなかった。


 環も一応(・・)それで「分かった」って言ったみたい。……あくまで、心情は理解したって意味で。


「悩んでいる事がある事、内容を聞かないで待っていて欲しいって言ってくれれば大人しく待っていたのに」

  って怒って、黒崎君と環の立場を入れ替えて、どう思うか訊いたんだって。


 考えた黒崎君、自分がどれだけ傲慢な考え方をしていたか自覚したようだ。

 ……男の人って、どうして相手の立場になった時の事を考えないで行動しちゃうんだろう。 視野が狭くなっているだけかもしれないけど、振り回されるこっちの身になってよと言いたいです。


 反省しきりの黒崎君は、お詫びに環の言うことを何でも聞くと約束したみたいで、しばらくは環の尻に敷かれる黒崎君を見物できるみたい。環を泣かせた罪は重い、指差して笑ってやろう。

 想像してくすくすと笑っていたら、和泉君が慌てて私から目を逸らした。なぜだ。


 一応、元鞘に収まった私たちですが、男たち二人は己を顧みて少々挙動不審な様子が見られます。何時まで続くか分からないけどね。




 准教授は最終的に、大学は馘首、奥さんとも離婚。奥さんが暴走したあれこれでもしかしたら慰謝料は払わなくてもよくなったのかもしれないけど、多分無くした物の方が多い筈。

 元カノは、沢山居た彼氏達の方が保身に走ったらしくて、更にあることないこと彼女の酷い噂が蔓延して……あることあることなのかもしれないけど、すっかり学校に来なくなってしまったらしく、どうなったかも分からない。

  慰謝料請求しても学生だから払えないのは分かっているので、恐らくは両親に事情を説明して払わせる事になるだろうよ、と兄から聞いた。どこかに逃げるにしても、頼る人はいないから、最後は両親の所に帰るしかないからだそうだ。


  二人ともまだやり直せるのだから、心を入れ替えて真面目に生きればいいけど、その後の二人の噂はぷっつりと途切れた。




 騒ぎが少し落ち着いたある日、皆とカラオケに行くつもりで、学食で待ち合わせしていたら、向こうから和泉君と……あれ?この間飲み会が一緒になった先輩が連れ立って来た。

 就職活動中だから忙しいって言っていなかった?兄はいないけど、何人かは見覚えがある。伊藤さんと辻さん、であってる?


「どうしたの」

 和泉君に声をかけたら、本人が応える前に先輩のうちの一人が持っていた紙袋を見えるように掲げた。


「奉納」

「お礼参り」


 有名ブランドのロゴマークが印刷されている小さな紙袋を渡された。軽くて小さいものだと、ハンカチとかそんなもの?あ、でもハンカチにしてはかわいい包装がしてある箱が、小さくて嵩が高い。……これは、もっと違うものだ。アクセサリー、かな?

 中身も外と一致しているのなら、うちの神社に納めるには若干首を傾げたくなるようなものだけど、こういうのは気持ちだから、私もあまり突っ込まなかった。


「どうもありがとうございます。責任持って神社に奉納しますね」

 うちの兄の方が会う確率が高いだろうに、何で私?と思いながら受け取ると、先輩達は「違う違う」と手を振った。


「それ水森妹に捧げるものだから」

「はい?」

 訳が分からなくて首を傾げる。捧げるって……なんぞ?


「俺達、水森妹の言う通りにしたら、内定取れたんだよ~」

「そうそう、つらかった就職活動からようやく解放されたんだよ。すげーうれしー」

「で、アドバイス貰ったお礼だから」

 二人で金出し合って買ったんだよ、と言われるけど……そんな大したこと言っていないのに、お礼なんてもらっていいんだろうか?


「いやあ、身だしなみとか気を付けていたつもりだったんだけど、盲点だったよ。耳の後ろと、首の後ろが白いって。それに、営業みたいな積極性が必要な業種で、委縮していたらそりゃあ使えん奴って見られるわな」

「俺も、偶然かもしれないけど、ラッキーナンバーをあえて選んでいたら決まったんだよ」


 二人の先輩に次々と言われて、感謝の握手をされて。そういう訳だったら貰えないと固辞する前に、二人の先輩は、じゃ!と手を振って去って行った。……本当に何が何やら。


「えーっと……?」

 どうしようこれ、と和泉君の顔を見たけど、和泉君はあっさりと言った。

「本人がそう言っているんだから、貰っておけばいい」


「そうかなー?なんか騙し取ったような気がする」

「元々晶さんが相談に乗っていたんだろう?本人は占いって言ってたけど、ちゃんと勉強してアドバイスしているんだよ。やたらな事を言わないように……つまり、口に出したことの責任を感じるように、ほんの少しでも何かもらう事にしてるって言ってたから、先輩たちもそうしたんだろう。やたら占ってくれって言って、当たらなかったって文句を言ってくる奴等への牽制でもあるらしいから」

 顔見知りだからタダで占えって言ってくる人達は、何か貰うよって言えば「ケチ」と言って寄って来なくなるそうだ。

 ケチって……タダで占えって言う方が、ちゃんと勉強している人を馬鹿にしているよね?あなた、自分で自分の事を言っているでしょ、って感じ。


「でも、私の場合、誰でも分かりそうなことを言っただけだったんだけどなー?」

「……何を言ったか、はっきり覚えてるのか?」

「え?うん。酔ってはいたと思うけど、内容に関してははっきり覚えているよ?」

 少なくともふらふらとしていなかったし、呂律もちゃんと回っていたよ。

 ついでにどんなことを言ったか簡単に説明したら、和泉君の顔がどんどん険しくなっていく。……なぜ?変な事、別に言っていないよね。


「量が入っていないし、意識も朦朧としていないのに、託せ……いや、なんでもない」

 慌てて首を振る和泉君。……あからさまに挙動不審です。


「なに誤魔化してんの?」

「いや……それ、開けてみたらどうだ?」

 話題を逸らそうとしていると分かったけど、あまり高そうなものならばお返しをしなければならないので、追及するのは後回しにしてプレゼントを慎重に開ける。


 中から出て来たのは、淡いオレンジ色のリボンのついたシュシュだった。普段はお団子に髪を結っている私にちょうどいいと思ったんだろう。……すっごい可愛いけど、このブランドは──。


「……これ、高いと思う」

 アドバイスのお礼にしては、高すぎる。

「高くても、お礼で貰ったものを返すのは失礼だと思うぞ」

「そうだよね……」

 うーんと唸っていると、先輩に相談したらどうだ?と言われた。和泉君の言う先輩は、勿論兄の事だ。


「お礼の事もある。相談するなら早い方がいいから、今から行こう。今日は先輩部活に顔を出すって言っていたから、ちょうどいい」

「いやいやいや、なに当然のように行こうとしているの。約束があるでしょ?カラオケ!」

「……ああ、そうだったな」

 本当に忘れていたみたいでそんなことを言ったけど、さっきの話、忘れていないからね。


「だから、なにを誤魔化そうとしているの?」

「……」





 口を割らない和泉君との攻防は、環と黒崎君が来るまで続いたのだった。






引っ越しのせいで連載が一時中断し、ご迷惑をおかけしました。これにて完結です。待っていてくださった方、お待たせしてすみません。


四章の和泉君は、最初から劣化したとか、酷いとか言われるだろうなぁと思っていました。


 いや、こんな完璧な(に見える)彼氏、いないって!って思っていたのと、和歌子兄の千尋がどちらかというと完璧な兄なので(シスコンこじらせているところも含めてw)ちょっと抜けたところを見せてみました。


というのも、どちらかといえば主人公の和歌子の方を成長させたかったのですが、そのままの和泉君だと成長できないというのがありまして、和歌子の底上げとともに俺様なところをちょびっと修正した和泉君とで、これからも仲良く、和泉君は和歌子に振り回されてください、というお話を目指していました。


 託宣の能力が若干向上した和歌子を心配して、兄に相談に日参する生活がこれからも続きますw それ以前に、和歌子を泣かせたことで、相当しごかれたと思われますww 


 長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。

 




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