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「私のせい?」

「いや、和泉の自業自得。もう一人の方は因果応報だな」

 兄はあっさりと言った。


「あれからすぐに俺達もお開きにして帰ることになったんだが、駅に行く途中で和泉達と出くわしたんだよ。……そう言えば、お前は見かけなかったのか?」


 兄たちよりも先に出た私が、その騒ぎをなぜ見ていないかと言えば。

「色々面倒くさくなって、タクシー拾っちゃったから……」

「それじゃあ良かったな、あれを見ないで済んで。駅前じゃなかったのがまだマシだったけど、その段階で結構騒ぎになっていたから」


 兄からその様子を聞いて、そりゃあそうだろうと思った。

 ヒステリックに叫んでいる派手な顔立ちをした女性と、その後ろに立つ青年。直ぐ近くには二十代後半の清楚な女性と高そうなスーツを着た壮年の男性がいて、二対二の様相を呈している。


 壮年の男は固い職業の人間なのだと一見して知れたらしく、少し叫んでいる内容を聞けば事情が分かるから、興味深げに立ち止まっているのも何人かいたようだ。つまり、完全に面白い見世物状態になっていたんだろう。


「奥さんは奥さんで、静かな気迫みたいなものっていうか、押し殺した殺気みたいなものが遠目にも伺えたからな。あそこでどっちかの怒りが臨界点を超えたら、手が出る羽目になっていただろうよ」


   和泉君は道義上見捨てることが出来ず、かといってそんな事態になったこと自体は本人のせいなので、かばう事もせず、ただそこにいたらしいんだけど、奥さんは奥さんで和泉君と元カノの関係を知りたがった。

 それこそ二股三股をしていたのは素行調査の結果から知っていたので、もしや調査から漏れた被害者なのかと考えたようだ。

 だけど、場所が悪い。これ以上見せ物になるのを避けてどこかに移動しようとした時に、兄と和泉君の視線がばっちり合ってしまった。


「流石に他人の振りをするのは哀れかと思って、声をかけたんだ」

 そこで完全に兄も巻き込まれたと。また、奥さんは兄が水森神社の関係者って覚えていたので、簡単に説明しただけで介入を許してくれた。


「お前も知ってるだろ、奥さんは、うちの近くにある葛西さん家のお嬢さんだ」

「あー、あの良くお酒を奉納してくれる社長さん家」


 葛西さんが経営している会社は、その業界では結構名が通っているらしく、中規模ながらも硬い経営をするという評判の会社だった。創業は江戸後期で、初代の頃から家の神社にお参りやら奉納やらしてくれていたらしく、我が家との付き合いも長い。その関係で私も一度社長さんに挨拶したことがあった。

 家の神社は水神様で商売の神様じゃないのに、初代はなぜ懇意にしてくださったんでしょうねと雑談がてら聞いてみたら、初代がとても信心深かったことと、今でも工場で沢山水を使うし、家の神社の神使(しんし)は犬ではなくて狐、つまり狛犬じゃなくて狛狐なので、強ち関係ないとは言えないでしょうと言われた覚えがある。


 そんな付き合いの長い間柄だから、問題の准教授もお宮参りに来た時に兄とメールアドレスを交換しようなんて気になったんだろう。その時に、奥さん側の両親が気を使って同居はしなくていい、跡も継がなくいいと好きにさせてくれているんだと言っていたようだ。学校側の評判も良く、いずれ教師を辞めて会社に入る話もあるが、学校側から引き止められているんだと、これまた本人談で自画自賛していたらしい。

 そのままを信じるなら、立ち回りもとても上手かったことになる。



 で、飲み会のメンバーとも解散、兄と和泉君と晶さんだけ残って近くの弁護士事務所まで行くことになった。

 晶さんは主に元カノの逃亡防止を期待されたからで、こういう時、身内以外の男性が引き止める役をやると、後から暴力を受けた、わいせつな行為をされた等とある事ないこと言う事が多いかららしいけど、晶さんが元カノにうまいこと言って話し合いに参加させたあたりを見るに、交渉能力の方を期待されての事だったんだろうと兄は言った。

 因みに環も心配していたんだけど事情が事情だったので、はっきりした事が分かるまでは内緒にするように言って帰ってもらったんだとか。……その割に、メールが出回っちゃったから台無しになっちゃったけどね。


 さらに兄が端折って話してくれたんだけど、その男の人は葛西社長の顧問弁護士で、昨日は慰謝料請求の内容証明を送って、その調停当日にもかかわらず本人が出頭しないので、このままだと裁判ですよと言う事を携帯の留守録に入れておいたのだが、そのうちに奥さんが元カノの自宅に行くだけ言ってみたいと言い出したため──もちろん止めたけど、止まりそうもなかったため、弁護士として付いて行くことにしたというのが事情だったようだ。こういう時、手を出したらアウトなのでそれを未然に防ぐ目的だったんだけど、出くわした時、人目を気にして止まってくれて良かったと言っていたと。


  元カノは准教授に「妻にバレたかもしれないから、少し距離を開けよう」って言われた矢先に、内容証明が届いたけど、放置していればいずれ踏み倒せると思って放置していたようだ。准教授に連絡が取れないので、思い出したのは和泉君の事。

 和泉君の両親のどちらかが法律関係の仕事をしていたと覚えていたからだって。最初はちょっと話を聞くだけで終わりにするつもりが、新しい彼女(私)と仲が良さそうなので引っ掻き回してやろうと思ったと。

 追い返されて一度家に帰ろうとした時に、留守電に入っていた「調停に出てこないなら、内容を認めたことになりますがいいですね、裁判になったら記録が残ります。踏み倒すことはできませんし、連絡を寄越さないのならあなたのご両親に話します」と入っていた事に動転して、再び和泉君の所に押しかけたようだ。


「ストーカーに付け回されている、逆に陥れられたって和泉に相談したようだ。で、脅しが効いたせいで本気で怯えてたから和泉の馬鹿は信じちまったってさ」

 それで怖いから駅まで送ってくれって言う元カノのお願いを聞いて、歩いている所を私たちが目撃した、と言う事のようだ。


 で、一応そこで元カノを置いて帰ってきたのでその後どうなったか知らん、と兄は言ったけど、

「二人にメールを送らせたのは、多分奥さんだろう」

 とぽつん、と付け足した。


「奥さんは資産家の娘だから、ある意味慰謝料なんか貰わなくたって生きていける。だから、慰謝料貰うより自分の溜飲が下がる方を選んだんじゃないかな」

 メールの内容は本人が書いたとはとても思えない。これだけ拡散してしまったら、内容が嘘でないだけに、もうどうにもならないだろうけど。

「でもこのメールって内容は本当だったとしても、名誉棄損とか、個人情報保護法違反とかに当たるんじゃないの?」

 少なくとも、弁護士さんが傍にいたらこんなことをしたら犯罪になりますからやめましょうって止められると思う。


「そりゃあそうだろう。これだって立派な犯罪だ。だけど、拡散した内容を取り消せるかって言えばとても無理だ」


 確かに。

 それに一般的に慰謝料といわれているものは、相場はあっても、実は言い値で請求金額を吊り上げようと思えばいくらでも吊り上げられるのだそうだ。請求しても支払い能力がなければ貰えないし、裁判まで持ち込めばそれなりの金額に落ち着くが、請求するだけならばどんな高額でも可能らしい。一千万円でも、一億でも。


 裁判まで持って行くと記録がはっきり残るので、有責がはっきりしている人間ほど将来の事を考えて示談にする人が多く、弁護士も示談金の金額で成功報酬が決まるから、この辺りをうまく交渉で高く吊り上げる傾向にある。

 だが、依頼人の方針で何かをすれば慰謝料を下げるという条件を付け加える場合もあるそうだ。


「メールを送らないと慰謝料を一億払ってもらいますみたいな示談書にサインしてたら、人生が終わったとしても訴えることは難しいんじゃないか」



 俺も法律に詳しくないからはっきりした事は分からんがな。


 そう兄は最後に付け足したけど、私から見ると十分詳しいと思うよ。逆に何でそんなに詳しいんだろうって、不思議に思う。

 私は内心でそう突っ込んだのだった。









法律関係の事を調べていたら遅くなりました。

調べが甘く、事実と違う箇所があるかもしれません。その場合はこっそり教えていただけるとありがたいです。

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