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 件名を見ても文字が変わらないことをもう一度確認した後、起きぬけの今の心理状態で見るにはきついと思って、先に他のメールを確認する事にした。元カノからのメールの他は環からのメールが二件、同じく和泉君からも二件入っていたけど、当然和泉君のメールを後回し。まずは環のメールを開いた。


 一件目は、私がお店を出た後くらいの時間みたい。


『今日はお互い辛い一日だったね。何か出来ることがあったら遠慮なく言ってね』


 ごく短く簡単な内容だけど、こちらを気遣ってくれる内容で──余裕がなくて環すら置いて帰っちゃったのに、それに関して一切触れてない。環だって黒崎君の事で大変だったのに……後でちゃんとフォローのメール送ろう。


 もう一件は今日の朝、時間的には一限目の授業が始まった辺りだった。


『具合はどうですか?昨夜あれだけ飲んでいたから、具合が悪くても仕方ないと思う。

 あんたが見ているかどうか分からないけど、昨日の和泉君の元カノからメールが送られてきた?知らなかったけど、元カノって同じ学校だったんだね。

 どうも、元カノのアドレスに載っていた人、全員に一斉送信したっぽくて、そのせいで噂が尾ひれを付けてものすごい勢いで出回ってるよ。これも一種のリベンジ・ポルノ?』


 リベンジ・ポルノってあれだよね。付き合っていた人と別れた後に、腹いせで相手の恥ずかしい画像を不特定多数の人が見る様な掲示板や動画サイトなんかにアップロードする、ってやつ。大本を削除したとしても、一度ネットに出ちゃうと拡散先までの削除は難しくて、対応に苦慮してるってニュースで読んだことがある。

 ……って事は。


 元カノからのメールの内容がなんとなく見当がついて、益々見たくなくなってきた。食欲はあまりないけど、メールを見たら食べる気自体がなくなる気がする。


「先に食事をしようかな」

 独り言を言って部屋を出た。今打たれ弱くなってるから、もうちょっと元気になってからにじゃないと色々無理。……自分では、図太いと思っていたんだけどなぁ。

 兄が母になんて言ってあるのかっていうのがちょっと心配だったけど、さすがに昨日の出来事を目の前で見ていたんだから、傷口に塩を塗り込んでさらに唐辛子を振りかけるような真似はするまい。……多分。


 一応恐る恐るキッチンの方へ向かうと、なぜかダイニングの椅子に兄が堂々と座って、スマホをいじりながらお茶を飲んでいた。


「今日、平日……」

 思わずそう漏らすと、兄は驚きもしないでスマホから顔を上げた。

「俺は元からこの曜日は休みにしてるぞ」

「え?そうだった?」

 確かに一二年で単位を落とさないでみっしりと授業を入れていれば、三年からは選択科目が多くなって、うまくすれば土日の他にもお休み取れるくらいの日程にできるだろうけど、とんと記憶がない。


「次の日休みだから、慰労飲み会を企画したんだろうが。……お前もよく平日に飲もうなんて思い立ったよな」

 環と憂さ晴らしは理由があってのことだけど、最初の約束は和泉君との部屋飲みだったから、反論は出来ないかもしれない。和泉くん()は学校の近くだから、いつもより一時間以上ゆっくり寝ていられる──そんな予定だったんだよね。流れ流れて今みたいな状況になるとは思ってもいなかったんだよ。

「…………」 

 私が黙っていると、兄はキッチンのコンロの上に置いてある鍋を示してきた。


「お袋には具合が悪いって言ってあるから、とりあえず味噌汁を飲め」

「……そうする」

 お味噌汁はしじみ汁だった。……これ、わざとなのかな?

 しじみ汁は肝臓によろしい成分が入っていて、酒飲みに優しい。二日酔いにも結構効くらしくて、父や兄が飲みすぎた時にしじみが旬の時は本物が、そうじゃない時はインスタントが食卓に上がる。これを母が作ったのだったら、微妙に酒飲みを責められているような気がするし、具合が悪いことの半分の理由を見抜かれているって事だ。

 これも深く考えても怖い考えにしか行かないので、無言で鍋を温めてお椀によそった。


「何やってんの」

 ゆっくりお味噌汁を飲んでいると、どうしても目の前にいる兄の事が気になる。昨日の事を訊かれるかと思えばそうでもないし、スマホは物を調べるツールにしているようだけど、あまり長時間いじっているのは見たことがなかったのに、ずーっとメールを打っている。

 ……もしかして、兄の所にも巡り巡って和泉君の元カノのメールが行ってるとか?


 心の中で思っただけだったのに、兄は顔を上げて「違うぞ」と言った。


「違うって?何が違うの」

「昨日の乱入者のメールじゃないって事。……ただ、無関係でもない。まあ、どっちにしろ大騒ぎにはなってる」

 相変わらず心の中で聞こうと思った事がどうして分かるのか不思議なんだけど、それよりも私が気になったのはその内容の方だ。

「え、元カノからメールが来てる事も知ってるの?無関係じゃないって、何が?」

「……お前、問題のメールの内容をまだ見ていないんだろ?」

「うん……。朝からどろどろしたのを見るのはちょっと、と思って……。なんか一斉送信されたようだっていう環からのメールだけ読んだ」

「それじゃあ、とりあえず先に飯を食え。内容を読むとかなりうんざりするだろうから、覚悟した方がいい。……まあ、昨日の約束はほぼ果たせないだろうから、俺としては和泉を直接いじめてやる口実が出来てちょうどよかった」

 悪だくみをしてます的な笑みを浮かべる兄は、身内ながらドン引きするくらい悪人顔だ。……和泉君の事は本格的に距離を空けようと思っているから、どっちにしろ当分放置するつもりだったよ。

 喧嘩するにしても話し合うにしても気力がかなり必要だから、とにかく全部後回しだ。


「じゃあ、とにかくお味噌汁食べる」

「おう、そうしろ。あと、冷蔵庫の中に厚焼き玉子と納豆が入ってるが食うか?」

「あー。じゃあ、厚焼き玉子だけ食べようかな」

 自分で取りに行くつもりでそう言ったんだけど、兄は黙って厚焼き卵を私の前に置いてくれた。……昨日といい、今といい、親切すぎて気持ち悪い。それともあれか?メールの内容がアレ過ぎて、読むのにもエネルギーがいるから、少しでもお腹の中に物を入れておけとでも?

「…………」

 嫌な予感がしながら、お味噌汁と厚焼き卵を食べる。


 気分が悪かったのは若干二日酔い気味だったみたいで、温かいものをお腹に入れたら、大分良くなってきた。ご飯を食べないでお味噌汁とおかずだけでお腹いっぱいになったので、体が完全動き始めているわけじゃないみたいだけど、自分の分のお茶を入れるついでに兄のお代わりも淹れてやって、ようやくメールを開いてみた。……和泉君の物じゃない、元カノからのメールだ。


『私、若松香澄は恥知らずにも既婚者と不倫していました。相手は准教授の葛西大輔です。その他にも二人の彼と付き合って、三股していました。それでも男が足りなくて、更にもう一人探していたくらいの男狂いです。葛西大輔の妻に謝罪の意を込めて、私が知る全ての人に告白します。不倫もやめます。慰謝料払います。どうか許してください』


「うわぁ……」

 メールの本文の後、元カノと三十代後半くらいの男の人とのキスシーンの写真が添付してあって……これが准教授の人かな?良かった。もっとまずいシーンの写真かと思った。でも、プロの人が撮ったみたく二人の顔がばっちり写っているので、他人の空似とかの言い逃れは出来なさそうだ。


「この内容で一斉送信したら、そりゃあ大騒ぎになるだろうね」

 本人が送ったとも思えない内容だけど、アドレスは間違いなく昨夜アドレスを交換した物だ。

 メールが送られてきたのは午前三時半過ぎだから、和泉君に送られて駅まで行った後、何かがあったことになる。

 誰かがスマホを取り上げて操作したのかもしれないし、少なくとも昨夜の様子では想像もつかない文章だけど、事実か否かは別にして真実を追求する声が上がるだろう。


 学校関係者が知ったら……どうなるんだろう?不倫した場合の罰則なんて、うちの学校にあるかどうかよく分かんないけど、風紀紊乱罪ふうきびんらんざいとかにはなりそう。


「──実は俺の所にも、別方面からメールが来た」

 兄に来たメールは、差出人が葛西大輔からのもので内容はほぼ同じだけど「教育者にあるまじき行為」とか、「婿養子の分際で」とかが文面に入っている、と兄は言った。

 メールの最後は、「妻に誠心誠意謝罪し、慰謝料を払って離婚します」で結ばれているので、浮気相手と別れたからといって、奥さんと再構築する訳じゃないみたい。

「婿養子なのに浮気したのか。サイテーとしか言いようがないね」

 庇う点が全くないから、兄も頷くだけだ。

「……でも、また何でそんなメールが来るの?うちの学校の先生だから?」

「いや、奥さんの実家がうちの氏子なんだよ。子供が最近生まれたばかりで、この間夫婦とその両親とでお宮参りに来たばっか。で、その時に挨拶ついでに流れでアドレス交換する事になったんだ」

「え?子供がいるの?ってことは、妊娠中に浮気してたって事?サイテーここに極まれりって感じ。どうしようもない人だね、その准教授。──奥さんかわいそう」

「まあな……。それで、お前は和泉からのメールをまだ見てないんだな」

「うん。見たくなかったし、どうせこれの関連なんでしょ?」


 和泉君本人の意思はともかく、元カノは和泉君とよりを戻したがってたから、「そんなつもりはなかった」とか、「軽率な行動をしてすまない」とか、そんな内容なんじゃないの?

「──あれ?」

 そういえば、メールの本文になんか書いてあったような?


 気になって、もう一度メールを読む。


『それでも男が足りなくて、更にもう一人(・・・・)探していたくらいの男狂いです』


「もしかして、この一文って和泉君のこと!?」


「そうだ」

 否定してほしかったのに、間髪いれずに肯定が返ってくる。……おまけに。


「昨夜お前、ほとんど無理やりに二人を追い出しただろう?その時に、本当に偶然だったけど、今まさに不倫相手の女の所に行こうとしていた、奥さんと弁護士の二人連れとばったり出くわしたらしい。それに和泉は完全に巻き込まれた」


 そう告げられて、私は思わず頭を抱えた。






予定より長くなってしまったので、二つに分けています。

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