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一応抵抗した。悩んでいる真っ最中の事をちくちくいじられたくないから、無難に
「急に人数が増えるとお店側も対応できないでしょうから……」
と逃げようとしたけど、おっとり美人な人が素早くお店に連絡し、二名増えることを知らせてお店の承諾を得て、私と環は他のメンバーに周りを囲まれて退路を塞がれ……流石に連携がいいですね、じゃなくて。
「私がお酒のつまみ決定なの?」
「諦めろ」
実の兄とも思えない無情な台詞が、笑いながら返って来た。
「何かあったんだったら、今のうちに吐き出しといた方がいいぞ」
だからそのつもりで環と飲みに行くんだって。それにこの面子で飲んだら、私はともかく環は完全にアウェーだ。居心地が悪いんじゃないだろうか?
そう思って断ろうとしたら、当の環がごくあっさり返してきた。
「私は構わないよ。正直言うと、あんたが何かやらかしたら一人で対応できるか心配だった」
「酷い、私を売ったな~」
また人を酒乱みたいに言うし!
「決まりね!じゃあ行きましょう」
「楽しみねー」
にっこりと笑う美人さん二人。
抗議空しく、がしっと両腕を拘束されて連れて来られたのは、落ち着いた雰囲気の和風居酒屋だった。元々人数が多少前後してもいいように個室を予約してあったんだって。
あれよあれよという間にその個室の真ん中の席に座らされる。 一階はテーブルとカウンター席、二階は個室のみになっていて、外通りに面した窓があるから、八人で座っても息苦しくない程度に広い部屋だった。
気を使ってくれたのか、私の右隣は環だけど、左隣はショートカットの美人さんでその向こうが兄、環の隣におっとり美人さん。その他男子三人が続いている。けど、なぜ私を中心に据えるかな。
「改めて、私は桜木晶」
「私は恩田椿といいます」
ショートカットの美人さんとおっとり美人さんがそれぞれ名乗ってくれた。男子も順番に伊藤、桑原、辻、と簡単に自己紹介してくれる。
本日の飲み会の趣旨は、就職活動中の慰労と気晴らしで、特に内定貰っていない人は藁にも縋る思いで晶さんに相談したいって事だったらしい。
晶さんに相談って何よ?それにうちの兄の就職先は自宅に決まっているじゃないと内心で突っ込んだら、名目は何でもいいから、みんなで騒ごうっていうのも一つなので、暇な人間が集まったというのが正解みたい。
まずビールで乾杯……をしないで、最初から皆好きな飲み物……焼酎お湯割り(梅干し入り)とか、生レモン絞りサワーとかを頼んでいるようなので、私も安心して白ワインをデキャンタで貰って乾杯をした。飲み放題メニューの中の一品なので高級な物ではないけど、これでも十分だ。私も酔って騒ぎたかっただけだし、酔っぱらっちゃえば突っ込まれないだろう。眠くなったら身内がいるし、問題なしだなと開き直った。……そうせざるを得なかったとも言う。少なくともここに私の味方はいない。
遠慮しないでぐいぐいグラスを重ねながら、「晶さんに相談ってどういうことなんですか?」
と気になっていたことを先に聞いてみた。コネでも持ってる大企業の社長令嬢とか、マンガみたいな設定の人なんだろうか?
「ああ、私、趣味で人相占いやっているの。特別に勉強しているわけじゃないんだけど、たまたま当たった人がいて、大げさに騒いだだけなんだ」
「へー、人相占い」
基本的に私は良いことを言われたら信じてみる、悪いことを言われたら信じない、のタイプなのでのめり込む方ではないんだけど、ここで食いついたのは環だった。
「あ、それなら私もお願いします!」
「……当たるも八卦、当たらぬも八卦だよ?」
「もちろん分かってます。皆さんもそうなんじゃないですか?ちょっと悩んでいることに対して、気持ちの切り替え方法を聞きたいって感じで」
「ああ、それなら分かる」
特に、男の人が占いに傾倒するのって少数派だと思ってたから、余計にその感覚は分かった。全く関係ない第三者に話を聞いて貰った方が、悪いところとかも遠慮なく指摘してくれるかもしれないもんね。
「ふふ、もしよかったら、和歌子ちゃんも見てあげるわよ?」
「イエ、ケッコウデス。あーっと、ほら……約束をしていた方を優先した方がいいかと思いますし」
酒の肴になるにしても、もうちょっと酔っぱらった方が色々な意味で躱しやすい気がして、正規随伴者で断った後にそれっぽい言い訳を付け加えると、くすくすと晶さんは笑いだして、
「じゃあ、済ませてくるから後でね」
と席を立って伊藤と名乗った男の人の隣に移動して行った。
空いた席に代わりに座ったのは椿さんだ。目をキラキラさせてこちらを見ている。
「一度会いたいと思っていたのよー。千尋君の妹で、和泉君の彼女っていうのは聞いていたから」
あー、一難去ってまた一難。こういう時は、先に訊きたかったことを聞いてしまえと、ワインを一口飲んでから尋ねた。
「晶さんと椿さんは、ウチの兄と仲がいいみたいですけど、きっかけは何だったんですか?」
「千尋君を含めて、私たち三人、名前不憫仲間なのよ」
「名前不憫?」
キラキラネームでもないお名前だと思うけど?いや、兄の不憫さは良く知ってるけどね。
「私の場合は、冬生まれだし、親が好きな花だったからそう名付けられたのだけど、縁起が悪いとか首がもげるとか、散々に言われたわ」
と、椿さん。名は体を表すで、お似合いの名前だと思うけど、そんなこと言う人がいるんだ。
因みに椿は平安時代から愛された花だそうで、縁起の悪い花っていう俗説が広まったのは江戸時代末期の頃から。椿の花がまだ綺麗に咲いているのにぽとんと落ちるから、武士が嫌がったということらしいけど、実ははっきりとした根拠がないようだ、と椿さんは教えてくれた。
安土桃山時代あたりの時代劇で、椿の花が落ちて不吉だって言っていたのを見たことがある気がするけど、それは時代考証がおかしかったって事か。
兄の場合は言わずもがな「千尋ちゃん?まあ、女の子じゃなくて男の子なの?」だろう。
千尋って、意味を考えると別段女の子っぽい感じでもないけど、響きは完全に女の子向けだからね。まだ真澄とか薫とか、光とかの方が──良くないか。イメージが違いすぎて全く似合わない。
「あと、晶は響きが男みたいでしょ。小さな頃、男に間違えられれたり、男女って言われたらしいわよ」
「なるほどー」
「それでお互い名前呼びを敢えてしているの」
椿さんがそう言ってにっこり笑った。ああ、ここへ来る前の、私の問いへの答えかと思って相槌を打とうとしたら、
「あと、晶と千尋君はお付き合いしている仲だし」
──爆弾が投下された。
「やっぱり?」
思わず叫んだら、環とハモって思わず顔を見合わせた。
「あんなに綺麗な人と……なんかずるいよね」
「なんとなく分かる」
うんうん、と頷き合う。
「ずるいって、なんでだ」
と、今まで黙っていた兄が参戦して来た。
「そりゃあ……」
環も私も彼氏と絶賛トラブル中だからだけど、どうやって晶さんを引っかけたのかってことが気になる。それに、椿さんは?
「三人とも実は学部が違うの。部活が一緒になったことが切っ掛けだったと思うけど、晶の家が寺なんで、そういう意味でも話が合ったからって言ってたわ」
さらに椿さんは、
「私は社会人の彼氏がいるんだけど、晶や千尋君と一緒にいると余計なのが寄って来なくていいのよ。カップルの間に入るのは心苦しいんだけど、居心地が良いの」
と非常に分かりやすい理由を教えてくれた。
「へー。このサトリみたいなのの近くで、居心地がいいんですか?」
「サトリって、あの心を読んで思い浮かべる事がなくなると食べちゃうって、化け物のこと?」
そうそう、それそれ。良く知ってますね、椿さん。
「あんた、仮にもお兄さんでしょ」
「そうそう、サトリじゃなくて敏いって言ってあげてよ」
環と椿さんのフォローに兄が乗っかった。
「そうだぞー。顔見りゃ考えてる事がわかる、単純構造を何とかした方がいい」
「やかましい。素直と言ってよ」
ごっくんと、大きく一口ワインを飲む。……ああ、なくなっちゃった。またデキャンタで頼んじゃおう。
「……そういえば、晶も結構似た様な所があるかな?『それ止めた方がいいよ』って言われた事が何回かあるけど、大体当たってるんだよね」
へー。似た者カップルなのかと思いながら、まだまだ相談を受けている晶さんの方を見た。伊藤さんの顔は見えないけど、晶さんは真剣に話を聞いてあげているみたい。
「──あ、分かった。ねえ、伊藤さん!」
唐突に気が付いたことがあって、是非とも訊いてみたくなったのでお話し中ごめんなさいねーと言いながら声をかけた。
「伊藤さんって、実はロン毛だったでしょ?」
「──え?あ、ああ。そうだよ。なんで分かったんだ?」
「だって、耳の後ろから首のあたり、真っ白だもん。日に焼けてないから元ロン毛ってバレて、硬い職場なんかはチャラ男って敬遠されちゃったんじゃない?もうちょっと日焼けするか、自由な気風の職場を希望するかどっちかにした方がいいよ。それから、はいはい言ってないで、否定するべきことは否定する事。強気でゴーだ!」
「お、おお。ゴー!か」
私が右手の拳を握って上に突き上げると、微妙な顔をした伊藤さんがそれでも付き合い良く同じ動作をしてくれた。
「……て、あれ?なんで見てるの、皆??」
それなりに雑談して騒がしかったのに、静まり返って全員がこっちを見てる。ちょっとびっくりしたみたいな感じで。
「お前、もう酔っぱらったのか」
「いけない?」
兄の指摘に、胸を張って言う。ワインのデキャンタが……あれ?さっき追加頼んだと思ってたけど、またなくなってる。そんなに飲んでないと思ってたけど、結構飲んでたのかなー?ま、いいか。飲み放題だし!また追加しよう。
追加のワインを頼んで、来るのを待っている間に、辻さんが手を上げた。
「水森妹!俺はどうしたらいいと思う?」
「どうしたらって?」
分からなくて首を傾げると、辻さんは「就職で、何か気が付いたこと」と言う。
「──ん?んーーー分かんないけど……二が良いと思う」
なんとなく。根拠はない。
「ニ?数字の二か?二番目ってことか?」
「多分?」
「多分て、頼りないなぁ」
笑いながらそんなことを言われたけど、兄が「酔っ払いの言う事だから」と間に入ってくれたので、それ以上追及されることはなかった。
その時、なぜかは分からない。誰かに呼ばれたとかそんなこともなかったんだけど、なんとなく外を見たくなって、窓ににじり寄って外を見下ろした。
個室からは表通りの道路が見下ろせて、まだ夜更けというほどの時間でもないから車も人も、結構行き交っているのが見えた。お店の前だから、煌々と灯りが付いていてかなり明るい。
──その人影の中に、和泉君がいた。
一人じゃない。今日会ったばかりの、元カノと一緒に歩いている。……腕を組んで。
ゆっくり息を吸って、吐いた。瞬きをして、じっと二人を見る。ライトに照らされて、横顔が見える。
間違いなく、和泉君で、元カノだった。
……さっきの、今で。
信じてくれって言った舌の根も乾かないうちに、この仕打ちなの。
心の奥底で何かが凍りついたように固くなっていくのを感じていた。




