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「和泉君が、服装の乱れた元カノと部屋にいた?」
前回とまるっきり立場を入れ替えて、今度は環が驚きの声を上げる。……要約するとそう言うことなんだけど、そこまで略すと、本当に浮気現場に鉢合わせしちゃったとしか聞こえないよ。
「うーんとね。押しかけられたっていうか、無理やり侵入されたのは本当だと思う。和泉君って無表情の事が多いけど、口ではちゃんと言ってくれるし、無表情ながらもなんとなくどう思っているのか分かってきたから」
環に話している間に段々頭が冷えてきたので、冷静に思い出すことが出来てきた。追い返していた態度もかなり邪険だったし、元カノとはいえ未練みたいなのはないと思う。
ただ、元カノの方はどうだか分かんない。「なにかうまくいかない事」って言うのが、「今の彼氏とうまくいかない事があると」の略だったら、元々浮気性な人なのかもしれないけど、はた迷惑なのは変わりないし、何人かお付き合いした内の誰かでも良さそうなのに、和泉君に二回来ているあたり、それなりに未練はあるんだと思う。見下されたし、ムカつく。
「問題は、和泉君が自分の事を棚上げして逆ギレしてきたって事」
俺を信じられないのかと非難するような感情は、本当だったと思うんだよ。そこまでされると、逆に考えもしなかった疾しい事でも実は隠しているんじゃないかって思ったから、私も余計に腹が立った。
「そこは誠心誠意謝罪する所でしょう、何で逆に怒られないといけないの!で、ぷちんと来ちゃって、余計なことを言いそうになった時に環の電話が来たから、逃げてきた」
未だに和泉君からは電話もメールもなし。向こうも頭を冷やしている最中なのか、愛想を尽かされたかは不明だ。そう思っても、私は悪くないって思ってるから強気でいられた。黒い感情で一杯だったけど、今は落ち付いていられる。
「説明義務は果たしてもらったから、まだマシかな?」
「──一つ確認するけど、和泉君って、振った方?振られた方?」
環に訊かれて首を傾げた。
「……どっちだろう?聞かなかった」
信じる、信じない、の方で頭に血が登ってたし、その時は元カノの存在自体に反発してたから、確認してなかった。
「もし……、もしも和泉君が振られた方なら未練があるかもしれないけど、振った方なら復縁はしないだろうし、何より和泉君本人が元カノの悪い癖を分かっているって事は、今回と言わず、前にも迷惑かけられているかもしれないよね?」
……言われてみれば、そうかもしれない。性格的に、一度目は迷惑かけても許してくれるかもしれないけど、二度目になったら情状酌量の余地は一切なしって切り捨てる気がする。
今回が二回目だったら、正に切り捨ててる真っ最中の場面に出くわした……のかな?
「脇の甘さに付け込まれたんだろうから、和泉君も悪かったと思う。でも、もう一度ちゃんと話し合いした方がいいよ。確かに男は良くて、女はダメっていう典型的男性上位主義みたいなところも感じるし、棚上げしてるって私も思うけど、言わなかったことも沢山ありそう」
「……うん」
前に温泉に行った時以来、言葉を惜しむとろくな事にならないと思ったみたいで、割と態度だけじゃなくて言ってくれるようになったけど、言いたくないことは相変わらず頑ななんで、隠している所で色々あったかもしれない。……言ってくれた方がいいのに。
私は溜息を付いて、笑った。
「お互いに面倒くさい人が彼氏になったねー。黒崎君って、優しそうだけど、同時にすっごい頑固者っぽいから、今回の事もなんか変に自分の中で『こうする』って決めていて、その通りに行動しているかもしれないね」
会いに来ないでなんて、面と向かって言えないよ、普通。本当に分かれるつもりだったら、先にはっきり言いそうな性格だと思う。ただ、やっぱり黒崎君の株が絶賛ダダ下がり中なのは変わらないけどさ。
「……そうね」
環もなにか思い浮かぶことがあったみたいで、深々と溜息を付きつつ頷いた。
ザクザクと学校の校内を歩きながら、私達はしばらくお互いの彼氏の愚痴を話しながら歩いたのだった。
「そう言えば、この後二人で飲むつもりだったんだよ。それなのにこんな事になっちゃってさ」
当然お泊まりの予定だったんだよね。付き合いに関しては大歓迎されてるから、飲みがメインだとしても泊まりに文句は言われなかった。このまま帰るのも業腹なので、何処かで遊んでからにしようかなーなんて思いながら言うと、環も似た様な事を考えていたようだった。
「あ、じゃあさ。食事して飲んで行こうよ。私も家でぐだぐだ一人でくらーくなっているよりは、ぱーっと憂さ晴らししたい!」
「おー、いいねいいね。じゃあ、どこ行こうかー?」
「とりあえず、駅の方へ行こうよ。何かしらお店があるでしょ」
そんなことを言って、くさくさした気分を忘れようと空元気も元気!とばかりに駅の方に歩いて行ったら、思いがけない相手と鉢合わせした。
「げっ」
思わず呟いてしまったのは脊髄反射だったけど、聞こえる距離じゃなかったと思ったのに。
「──お前、大概失礼だな?実の兄に向って」
しっかりと聞こえたらしく、今日は友人と飲むと言っていた兄が、美女二人を連れて立っていた。
一人は猫っぽい吊りあがり気味の大きな目で、割と派手な顔立ちをしたショートカットの美人さんで、もう一人は長いストレートな黒髪といい、清楚な感じのワンピースといい、正統派日本美人みたいなおっとりとした雰囲気の美人さん。どちらも兄と同じくらいの年齢に見える。
もげろ!爆発しろ!と内心で叫んだのは私だけじゃなかったようで、兄は苦笑を浮かべると後ろを指差した。
「二人とも良く見ろ。後ろにまだ連れがいるんだぞ」
言われたとおりに後ろを見ると、確かに兄と似たり寄ったりの体格をした男の人があと三人ほどいて、そちらはそちらで話が盛り上がっているようだけど、女性二人が兄の周りを囲っているのを見るにつけ、自分の予想はそう外れていないように思える。
「千尋君、この子が噂の妹ちゃん?」
ショートカットの美人さんが、兄の名を呼んだ。下の名前で。そして、似ていない兄妹だと言われるのに、環ではなくてまっすぐ私の方を見ている。……それに。
「──ちひろくん、だって?」
男にもあることはあるけど一般的には女名な自分の名前を、兄が嫌っていたことは周知の事実で、子供の頃もお兄ちゃん呼びはOKだけど、ふざけてちー兄ちゃんとか言ったら、そりゃあもう酷い仕返しをされたこと数知れず。同級生の友人にも、苗字ではなく名前を呼ばれたら容赦なく鉄拳制裁していた兄が……千尋君呼びを許している??それも、私の顔を知ってるって事は、写真か何かを見せた?
思わずショートカットの美人さんの顔をじーっと見返してしまったら、気を悪くするどころか相手はクスッと笑いだした。
「やだ、本当に良く似てるわ」
けたけた笑われたけど、似ていない自覚はあるので首を傾げてしまう。
「この子が、妹さんなの?」
今度はもう一人のおっとり美人さんの方に尋ねられて、慌てて私は頭を下げた。
「初めまして、水森和歌子です。隣は友人の山名環さんです。いつも兄が──お世話になっているんですよね?」
疑問形なのは、多分付き合ってる人なんだろうな?と思ったからなんだけど、今まで家に連れてくる様な彼女が居なかったので、いまいち兄の好みが良く分からないと言うのもある。
まーさーか、両手に花じゃないんだろうけど、どうなのよ?としたから睨みあげると、上から見下ろしていた兄は、性格の悪さがにじみ出るような笑みを浮かべた。
「今日は和泉の所に遊びに行くんじゃなかったのか?」
「っ……」
動揺を隠せなかったのが悪かったらしい。兄も確信犯で和泉君の名前を出したのかもしれない。体格が似たり寄ったりってことは、似た様なスポーツをやっているって事だった様で、兄の後ろにいた三人も会話を止めて興味津々の顔をしてこっちを見ていた。
「え、水森妹、和泉の奴と付き合ってんの?」
「似てねえ。かわいーじゃん」
「水森妹、こんな可愛げのない奴と似てなくて良かったなー」
口々に色々言われて、何が何やら。
目を白黒させていると兄が説明してくれた。弓道部の同期の奴との飲み会で、当たり前だけど全員和泉君の先輩にあたるんだって。勿論美女二人も。
で、やっぱりあまり可愛げのない後輩、和泉君と付き合っている水野千尋の妹、というのですっかり興味を引いてしまったらしい。
何かあって飛び出してきたことを敏感に察して、あくまでも和泉君の弱みを握るために私から事情を訊きだす、と仲間内のアイコンタクトで決定したみたいで、環と二人、ほとんど有無を言わせずに飲み会に拉致られてしまったのだった。
今更ですが、主要登場人物の割に水森兄の名前を考えていなくて、戦国武将な感じの古臭い名前にしようかとも悩んだのですが、一回も口にしなかった理由がないとおかしいかと思ってかわいい系の名前にしました。
千尋と和歌子だとまるきり姉妹の名前ですが、そうやってからかわれた事多数に違いないと思いますw




