バレンタインチョコレートを作ろう ─ 後編 ─
面白くなくて何度か書き直しているうちに遅くなってしまいました。
チョコレートとブランデーが混ざって均一になったら、ホットケーキミックスを入れて……「さっくり混ぜ合わせる」と書いてある部分で私の手が止まった。
「さっくりってどういうこと?」
「粘り気が出ちゃダメってこと。だから、そこから混ぜる時は泡だて器じゃなくてへらを使ってー……こう、手首を返すように」
「あーこんな感じ?」
「そうそう」
環は溶かしたバターとチョコレートを合わせた後、ふるった薄力粉と卵を入れて混ぜている。粉の量が私の作っている物に比べると、圧倒的に少ない。
フォンダンショコラのあのとろっとした食感はそのせいかと、作り方見て納得したよ。まあ、砂糖とかバターとかチョコレートの使用量からして、カロリーもすごいことになりそうだってのも工程を見て分かったことなんだけど、そのせいか環が用意した型はかなり小さめだ。
私の方は、炊飯器の内釜にバターを塗ってから生地を半分入れた。カットして渡すよりは、円形のままの方が見栄えがするだろうって思っていたので、味見用と手渡し用に分けて作るのだ。勿論、最初から材料は二倍にしてある。
本当はこれも怒られたんだよね。失敗したら材料が大量に無駄になるって。でも、一度目が成功したからって二度目もうまく行くとは限らないのが私クオリティなので、環がいる間に完成させておかないといけない。今の所は順調だけど、最後の最後で失敗するかもしれないから、気を抜かないでおこう。……っても、とんとんって何度か机に落として生地を落ち着かせたら、スイッチを入れるだけなんだけどね。
「ぽちっとな」
環はオーブンからフォンダンショコラを入れています。一体いくつ作ったんだろう?結構みっしり並べてある。
これでお互い焼き上がり待ちになったので、引き続き、二人でトリュフチョコの作成に入った。
こっちは友チョコも兼ねているので、使用するのはミルクチョコレートだ。環も同じ作業を隣でしているので非常に心強いです。一応、お互いに作ったものをプレゼントしようって事になったんだけど、これって材料が同じなんだから、純粋に腕の勝負って事で……私すごく不利じゃない?
いいや、開き直ろう。不器用な自覚はあるんだから、これ以上卑下するのは止す。
生クリームを鍋に入れて火にかけて、沸騰しないように気をつけながら割ったチョコを溶かし、チョコが溶けたら火を止めてブランデーを入れるんだけど、ここで環が抵抗した。
私がブランデーはあったから買わなくていいよと言ったせいで、用意していなかったんだけど、どう見ても高級品を入れるのは気が引けるというのだ。
「でも、分量的にはほんの少しじゃない」
「ほんの少しでも使うと共犯になっちゃうから、私はいい。入れないでおく」
「……そう」
ブランデーケーキが焼きあがったら、外側にたっぷりブランデーを塗って、ラップをして半日以上寝かせて完成なので、確かにもう少し使用するけど、元々半分くらい飲んであったみたいだから分かんないと思うけどなぁ。
環は入れないまま、冷やすために鍋を氷水の入ったボウルにあてた。私はそれを横目にブランデーを計量スプーンで量ろうとしたら、瓶を傾けすぎてだばだばっと入ってしまい、環から怒られる羽目になった。
誓って言う。今回はわざとじゃないです。不器用だからですー!
そう抗議したら、そもそもやり方が間違ってるって怒られた。
液体物を量る時は、入れる先の鍋の上でやっちゃだめなんだって。今まさにやっちゃったように、入れすぎる事があるから、下に別の受け皿を用意しておいて量るものなんだって。……勉強になりました。
で、スプーンに残ったブランデーよりも入っちゃった方の量が多いので、スプーンから瓶に戻す訳にも行かない、困った……と思っていたら、ちょうどよく炊飯器がピーピー鳴ったので、そのまま仕上がりに塗る方に回すことにした。
思いのほか上手に仕上がっているのにびっくりしつつも、たっぷりと外側にブランデーを塗って完成。ホットケーキミックス使用だから、失敗する余地が少ないんだろう。そうじゃなければこんなに綺麗に仕上がらないと思う。
環も焼き上がったみたいなので、焼きの二周目に入るみたい。私も取っておいた残りの種を同じようにセットして炊飯器のスイッチを入れた。
さて、トリュフチョコの方に戻ると、氷で冷やしていたので大分硬くなって来ていた。中身をかき混ぜながら更に鍋を冷やして、形成が出来るくらい硬くなってきたら、均等な大きさにそろえつつ手の上でころころと転がしながら球にするのだけど、手の熱でどんどん溶ける。慌ててもっと冷やすと、今度は硬すぎで綺麗な球体にならないと言う悪循環になった。案外難しい。
いびつながらも何とか出来上がった私に対して、環のは綺麗な球形。こういうところで器用な人とそうじゃない人の差が出るんだね。
きゃあきゃあ言いながらトッピングして、更にラッピングして、片づけをして。そのうちに残りのものが焼きあがったのでそれも引き続きラッピングして。
母との約束通りにきっちり後片付けをして、環は出来上がったものを持って帰って行った。試食する時間が無くなったのが返す返すも残念だ。一応、ちょびっとだけお互いの出来上がったものを交換したので、後で味見させてもらおう。
……で。後はあのブランデーを元に戻せば完了なんだけど、どうしても試したいことができたので、私はまた見つからないところに隠しておくことにした。
再び取り出したのは夕食後だ。買い置きしてあったバニラアイスクリームを深めの器に盛って、自分の部屋に戻る。
「環の話を聞いた後から、これをやってみたくて堪らなくなっちゃったんだよねー」
隠しておいたブランデーを振りかけて待つことしばし。
フランベ?そんな勿体ないことなんてしないよ。すぐに溶けて食べごろになるかもしれないけど、その分アルコールが飛んじゃうじゃない。
ひたひたになる位にかけたブランデーの良い香りを楽しみ、アイスクリームで半分凍ったブランデーのシャリシャリとした食感を堪能しつつ、物足りなくなると更に追加して……コーヒーフロートならぬブランデーフロートになっていた様な気もする。さらに後半は、ブランデーだけになっていた様な気もするけど、気のせい気のせい。
環が言っていた通りにアルコール度数が高いので、ゆっくり飲んでいても酩酊感が深い。環が散々高いお酒だと言っていたけど、納得した。
これはお酒の名前を確認せねばなるまいと、スマホを取り出した……所までは覚えているんだけど、気付いた時には朝になっていた。
ちゃんと寝床に入っていて、パジャマに着替えているのが不思議だけど、傍らには空のブランデーの瓶があるのでよくある夢オチではない。汚れた器はそのままになっているから、多分、飲んで眠くなっちゃったので無意識に布団に潜り込んだんだと思う。
着替えた覚えも、飲みほした覚えもないんだけど……。どうしよう、この空き瓶。
こそこそすると、かえってばれるよね?と思って努めていつも通りふるまったのだけど、異常に勘のいい兄にバレ、芋づる式に両親に見つかり、
「女の子が晩酌なんて……!それも、父親のお酒を黙って飲むなんて……」
と、しこたま怒られる羽目になった。
女の限定って言うのは男尊女卑じゃないの?と心の中で思ったけど、それを口にすると余計に怒られるので、ひたすら謝った。家飲み禁止ってルールは私だけに適用らしく、ものすごく理不尽なんだけど、当の父が私の事を庇ってくれたので比較的早めに説教地獄から救われました。父に感謝です。
勝手に飲んじゃってごめんなさい。お詫びに何か買って来よう。あ、先にバレンタインのチョコをお裾分けか。
良かったことは、和泉君に出来上がったブランデーケーキを渡したとき、物と私の顔を視線がうろうろと泳いだのに腹が立ったけど、概ね喜んでくれたし、おいしいと褒めてくれた事。
一度苦い手料理食べさせたことから、すっかり警戒心が強くなっているみたいだった。何度も「本当に手作りなのか?」と聞かれたので「環と一緒に作った」と言ったら、納得された。むかつく。
一口食べてすぐに使っているブランデーの名前を聞いて来たので、結局調べ忘れたって思いながら、
「えーっと、レミー?何とかで、真ん中にXOって書いてあったよ」
と言ったらすぐ分かったみたい。曰く、菓子に使うような酒じゃないそうだけど今更だし、確かに美味しかったし。
トリュフチョコもブランデーケーキも、私にしては極上の仕上がりと言っていいくらいだったので、半分くらいはお酒の力かもしれないねと言っておいた。これまた深く頷かれたのが腹立たしい。
その後の騒ぎを言うと、散々親から怒られたのにまた怒られるのが嫌だったので黙っていたんだけど、兄経由で発覚してまた怒られた。一つ失敗をして何で二回も三回も怒られなきゃいけないの、もう本当に反省したから。高い高い言われたから、逆に怖くなって価格も調べていないから、それ以上この話題に触れないでください。自業自得?
……そんなこと、分かってるよ。
そんなこんなで、その騒ぎも半分忘れていたある日、なぜか私宛に小包が届いた。差出人は……私でも知っている国内有数の酒造メーカーから送ってきたことになっている。
買った覚えもなければ、プレゼントを貰う謂れもない。
もしかして詐欺だろうかと思ったけど、受け取っちゃったし、送りつけ詐欺は「使わない」「お金払わない」であればいいはずだからと思って、開けて中を見てみた。
いつぞやのこっそり飲みきったブランデー──当たり前だけど中身が入っている未開封新品と、封書が入っていて、中にはこんなことが書いてあった。
「この度は当社のキャンペーン『ブランデーのエピソードを語ろう』にご応募いただきまして、誠にありがとうございました。お客様の投稿したエピソードが優秀賞に輝きましたので、賞品を贈らせていただきました。事前にお知らせした通り、五月末までホームページ上で公開させていただきます。今後も弊社の商品をよろしくお願いいたします」
身に覚えのない内容に、首を傾げる。でもあて名は間違いなく私になっている。
「あ、ホームページを見ればいいのか」
スマホで検索してみると、最近まで本当にそのキャンペーンをやっていたことが分かって、そのページに飛んでみると、いくつかのお酒にまつわるエピソードが書いてあった。その中の一つに、M・Y二十歳というのがあって、思わず固まる。
内容が、バレンタインのチョコレートを作るのに、このブランデーを使ったことやすごくおいしくできた事、アイスを掛けた……じゃなくて、アイスにかけておいしく飲んだことなどなどが面白おかしく書いてあって、最後に。
「残り半分を飲み干して凄く怒られた。若造には勿体なさすぎるって言われたけど、チョコレートに使ってもアイスにかけても、そのまま飲んでもすごくおいしかった。このおいしさは大人が飲んで分かるものかもしれないけど、若造だからってハードルを高くしていたら、このお酒の良さはいつまでも広く伝わらない。学生には高価な物でも、それだけの価値がある。大体、大事に大事にしすぎて埃にまみれて忘れられているよりは、おいしく飲んであげた方がお酒もうれしい筈だ」
等々、このお酒に対する愛を叫んでいた。
「……私が?これを?書いた?」
首を盛大に捻るも、この内容は酔っぱらった私が飲みながら妄想してたことだとうーっすら覚えがある。酔っぱらいながらスマホをいじって、そのまま寝た??かも、しれない、と無理やり納得することにした。
だって、未来の事なんて分からないのに、見てきたように書いている内容はぴったり当たっているなんて、私の妄想にしては出来すぎてるもんね。
分からないことは分からないままにして、私はそっとお酒の瓶を持ち上げた。
「お父さんにプレゼントって事にして、ご相伴に与れば堂々と飲めるもんねー」
これには母も、兄も、文句は言えまい。そしてプレゼント主が私だから、父も無下にはしないだろうと予測を立てて、早速社務所にいる父のもとに行ったのだった。




